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その2/桜視点

あの時ーー。

誠司のことを、てるてる坊主みたいだって思った。だけど、だからってそれ以上の意味を考えないように、すぐに蓋を閉めた。そうじゃないと、誠司の顔がまともに見られないから。


手に触れられるとむずむずして、口から何か飛び出しそうで落ちつない。手をすぐに引っ込めてしまって、あいつが少し怒るのは無理もない事で……。

結婚前に仲を縮めなきゃって頭では分かってるのに、どうしてもできなかった。

隆太郎お兄ちゃんになら、頭を撫でられるのも、触れられることは嬉しいのに、どうして誠司だと拒んでしまうのか、自分でもよくわからない。



それでも変わらずに誠司は、あたしを懲りずに誘う。迎えに来た誠司は今日、「俺の幼馴染が、お前に会いたがってる」って言われて、分からないまま誠司の近所である喫茶店まで連れて行かれた。


だけどあたしの家を出て少ししたあと、離れた所に近所の人とおしゃべりをしていた隆太郎お兄ちゃんが見えた。この前、本人の前で泣いてしまったから直接会うのは気まずくて避けてたけど、遠くからなら隆太郎お兄ちゃんの事を見つめることができるから、少しほっとした。今度は、ちゃんと話さなきゃ……。

それで、つい足を止めてしまった。


足を止めていたことに気づいたのは、頬に何かが触れた感覚がしたから。人差し指一本。ちょんっと突っつかれて、横を向くと「ほら、行くぞ」と誠司は歩きだす。それだけで、身体が火傷したみたいに熱くなった。

そんなあたしに知らん顔で早足で先に行くもんだから、道もわからないから見失うわけにも行かなくてやっとの思いで追いかけた。


歩きながら左右に揺れていたあたしの手と、あいつの手が触れてその流れに沿うように握ろうとしたのが分かった。触れられたくなくて、怖くて、むずむずして、思わず手を自分の胸元に大事に引っ込める。


あ……。

今のは、あからさまな態度だったと思う。またやってしまったと何度目かの後悔して、誠司と顔を合わせられないまま地面の砂利を見つめていると上から、声がした。


「そんなに俺がやなら、分かった。今日はもう近づかないから安心しろよ」

「……っ」


自分から拒否しといて、がっかりされると辛くなって、この空気の重たさに逃げ出したいなんて、そんなの……ずるい。



お互いに喋らないまま距離を取りつつ歩き続け、誠司はふと足を止めた。

中に入ると、お客さんはまだ居ないお店の中で一人の女の人が立っている。


「梅原多喜子です。桜ちゃんだよね」

「こ、こんにちは」


三つは年上なのかな。綺麗に整った髪に、着物と白いエプロンを見に纏い、意図も簡単に突飛切りの笑顔を向ける。他意もなく、好感を示してくれるほどに。あたしは戸惑いながらも、それに応えた。誠司は、あれから偶然に手が触れてしまうわない距離まで保ち、ずっとそっぽを向いている。


「ねぇ。どうしたの? 2人とも顔も合わせないけど、喧嘩でもしたの?」

「……」

「あー」


何も言わない誠司の顔を見て、多喜子さんは何かを察したみたいで、困ったように笑う。


「仲直り、しなくていいの?」

「……タキが相手しってやって。俺は今日は、桜には関わらないった決めんでね」


いつもよりも厳しめの目をしながら、言い放った。何も返せなくなって、たじろいでいると、ぱんっ、と手を叩く多喜子さん。そこで空気は変わった。


「ねぇ! その頭のリボンって、セイちゃんから貰ったのでしょ?」


セイちゃん……。聞きはしないけど、誠司のことだ。この人は、あたしのことをどこまで知ってるんだろ。年の近い同士の幼馴染ってこんな感じなの? あたしとお兄ちゃんは幼馴染とは言えても、年がたくさん離れてる分、なんでも話すわけじゃないもん。


あれこれと考えていると、あたしの頭の後ろにある紅色の髪飾りに手を伸ばし、崩れないように壊れ物を扱うかのように、ふんわりと触る。近づいた多喜子さんの髪にはリボンの代わりに椿の花があしらわれた簪が揺れて、そのしぐさ全体にはっとさせられた。多喜子さんの口から、ふふと柔らかく漏れた声が聴こえてきて、それもまた美しい。


「良く似合ってるね」



羨ましい。そう言ったのはあたしか、多喜子さんか。……声なんかしなかったはずなのに、二人の声が重なった気がした。


「セイちゃんと出かける時はいつも、付けてるの?」

「ぇ……」

「……そう」



見透かされてる。あたしはびっくりして、一言も答えられなかったのに。

誠司が「付けて来て」と、あたしに言って贈り物をしたリボンを、つけないわけには行かなくて、付けて出かけた。その後の日からは誠司は何も言わなかったけど、付けた時、笑ってたから、また付けて出かけようかなって思って、今も続けてる。手を繋いだりとかは、本当にまだ駄目だけど、そのくらいなら、あたしにもできるから。せめてそくらいは。

言い訳の文句は用意できてるはずだった。なのにいざ訊かれると、唐突過ぎて何も言えなかった。それでいて何もかも見透かされた衝撃で、惨めさと恥ずかしくて堪らなくなる。


「素直じゃないね」


後ろ髪に付くリボンに触った、その距離で多喜子さんはあたしにだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いた。


それから、「少し待ってって」と言って、"カウンター"の奥に行くと、何か飲み物を出してくれるみたいだった。隣に居た誠司は、スッと歩き出すと、シャツの袖のボタンをはずし肘まで折り上げて、多喜子さんの方へと歩いっていった。


「何か手伝うことあるか」

「ありがとう。じゃぁ、そこにお湯を温めておいて」


多喜子さんが手馴れてるのは、当たり前だけど誠司も慣れて居るみたいで、変な感じがした。横に並ぶ2人の方がよっぽどお似合い。


「あ、あの。あたしも手伝うこと、あったら……」

「桜ちゃんは、お客様なんだから座ってて良いの」



にっこり微笑まれた多喜子さんに何も言えなくなって、立ち上がったものの、あたしはまた椅子に腰を下ろした。

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