追放 = 冤罪
追放追加
石で出来た牢屋。
陽の光は入らないせいで湿気が高く、ジメジメとしている。
そんな牢屋に青年が繋がれていた。
年はまだ二十代だろうか。
鍛えられたその身体はひどく衰弱しており、頬も痩けている。
牢屋の扉が開かれ、一人の男が入ってくる。
「ずいぶんと惨めな姿だな。まぁ、貴様の様な下賎な者にはお似合いだがな。」
男が青年に向かって言い放つと、青年は今気付いたとばかりに男を見る。
「おや? そこにいるのは、ぶ、ざま、な、負け犬君ではありませんか。負け犬の癖に鍛錬もせずこんな所に来るなんて、余裕ですねぇ。いや、そんな余裕をかましているから負け犬なんですかねぇ?」
負け犬と呼ばれた男は額に青筋を作りながら、近くにあった拷問用のムチで青年を叩く。
「貴様という奴は、まだ立場が理解出来ていないみたいだな!」
数十回は叩いただろうか。肩で息をしながら問いかけるが、青年は態度を変えることはない。
「痛いですねぇ。いくら加護で治るとはいえ、地味に痛いんですよ?」
そう言う間に破られた皮膚は薄皮を張り出し、小さな傷はすでに完治している。
「そのような加護、あるはずがない! いい加減正体を現せ、魔族!」
その言葉に青年は溜息を吐き、やれやれ、と首を振る。
「あのねぇ、何度も言うけど、君が知っている加護が全てではないんだよ? 先代のクソジジイが受けた『破壊神の加護』だって、今まで見つからなかったモノだ。それに、第二王子の加護だって誰も知らない加護だったじゃないか。相変わらず頭が固いねぇ、君は。」
そう言われ、男は苦虫を噛んだような顔をする。
「それに、僕が自分の『寄生』先を殺すとか、マジでありえないんだけど。」
そう、それこそが青年が牢屋に繋がれる一番の理由だ。
何故なら、青年が捕らえられた理由は王族の殺害未遂による国家反逆罪なのだ。
本来であればその場で首を刎ねられるはずが、青年はすでに5日も拘束されている。
青年は加護の力で傷が治るどころか、首を刎ねられても生きていたのだ。
伝承に残る魔族の中には、コアと呼ばれる核を壊さなければ何度も再生したとされるモノがおり、青年が魔族だと判断された理由だ。
だが、何度首を刎ねても身体を斬りつけても生き残る青年を見て、彼の言っている加護が正しいのではないかという者も現れ始めている。
ただ、彼のいう事が事実である場合、『寄生』の加護は主人と認めた者が死なない限り生き残る為、主人である第二王子を殺す必要がある。
それこそ本末転倒である。
「くそ! 忌々しい奴だ。」
男が叫んだ時、再び牢屋の扉が開かれる。
2人が入ってきた人物を確認すると、男は急いで膝をつき頭を垂れ、青年は相変わらずの態度で出迎える。
「楽にしていいよ。」
「はっ。」
男は立ち上がり、右手を胸に当てた状態で待機する。
「やれやれ、こんな所に偉いさんが2人も来るなんて、騎士団はよっぽど暇なんですね。」
「最近事務仕事が増えてねぇ、散歩でもしないと肩が凝るんだよ。」
入ってきた年配の男は肩に手を当てて首を回す。
互いに笑いあっているが、待機している男は冷汗が止まらない。
「さて、あまり長い散歩をしていると部下が探しにくるから手短に話そうか。ラシュクルド、君は国外追放になるみたいだよ。」
それを聞いて青年、ラシュクルドは驚いている。
「おや? てっきり死ぬまでここに繋がるのかと思っていましたが?」
「馬鹿言わないでよ。死なないどころか、その気になればいつでも逃げられる君を、復讐を恐れていつまでも手元に置いていきたくない偉いさんがいるんだよ。例えば今回の黒幕とかねぇ。」
その言葉を聞いて、待機していた男が焦ってといかける。
「お待ちください、レイモンド卿! 黒幕ですって?」
「あぁ、一部の貴族、まぁいいか、第一王子派の中で最近毒薬を購入した者がいたよ。残念ながら、相手は川に浮いていたから、そこまでしか分からなかったが。」
レイモンドは何事もなかったかの様に伝えるが、男には驚愕の出来事だった。
「怖いねぇ。僕もさっさと引退してのんびり畑でも耕したいなぁ。」
「畑を更地に帰るの間違えじゃないんですか?」
「いくら僕でも、そんな事はしないよ。まぁ、畑を作るのに雀の巣を更地にするかもしれないけどね。例えば北の噴水近くとか。」
堂々と宣言するレイモンドに、ラシュクルドは第一王子派で北の噴水近くに居を構える、あまり良い噂を聞かない貴族を思い出した。どうやら毒薬を購入したのはその貴族のようで、貴族が潰される未来を予想した。
何故なら、レイモンドこそが『破壊神』の加護を持ち、敵から恐れられる存在なのだから。
「はぁ、そこまで分かってるのなら、さっさと始末してくださいよ、と。」
溜息を吐きながら拘束していた鎖を引きちぎり、身体の状態を確かめる。
「さて、では逃亡させていただきます。と、その前に、私の後任が誰になるのかお聞きしても?」
ラシュクルドの問いに、レイモンドはいやらしい笑みを浮かべる。
「サーナイト卿だよ。これから騎士団は大変だねぇ。」
「アイツかぁ。」
サーナイトと呼ばれた男は貴族主義の第一王子派筆頭で、常日頃から平民でありながら騎士団長であったラシュクルドを快く思っていなかった。
「ま、キース君が頑張ってくれると思うので大丈夫でしょう。」
そう言って、待機していた男、キースに目を向ける。
「貴様と言う奴は。」
「じゃ、頑張ってねぇ。」
そう言うと、ラシュクルドはまるで煙の様に消えてしまった。
「やれやれ、では、国の為に頑張るとしますか。」
相変わらずのレイモンドと青筋を作るキースは、主人の消えた牢屋を後にした。
所変わって、王国の首都から離れた所にラシュクルドはいた。
「さて、のんびりと生きますか。いや、金銭的に余裕も無いから、とりあえず自由都市で金集めかな。」
こうして2人目もまた、自由都市へと足を運ぶ事となる。