悪役令嬢 = 婚約破棄
まずは悪役令嬢から
「エレイン・マーギラス! 貴様との婚約を破棄する!」
王侯貴族が集まる年初のパーティー会場に響き渡るその声に、談笑していた者の視線が集まる。
「公爵令嬢でありながら他の者へ対する気遣いも出来なければ、学園では権力を振りかざし下位の者を弾圧し、か弱い令嬢を階段から突き落とす所業。ましてや、婚約者である俺の他に男を作り、身体を許しているそうだな! 貴様のような者が国母となればこの国は滅んでしまう。よって私は、ここにエレイン・マーギラスとの婚約を破棄し、ミリア・レーネスを伴侶とする事を宣言する!」
声高らかに宣言するのは、世界で最も信仰される精霊教の総本山が置かれる教国の第一王子。
その傍には、ここ数年どころか、数十年現れていないピンク色の髪をした少女が戸惑っており、彼らの後ろには騎士団長の息子と宰相の息子、そして教皇の息子が並んでいる。
「殿下、何か」
「黙れ売女!」
反論しようとしたエレインの言葉に被せ、王子が叫ぶ。
「貴様のような者が婚約者であったなど、私の一生の恥だ! 衛兵!」
王子の声に外で待機していた衛兵がパーティー会場に入り込む。
「この女を国外へと追放しろ!」
命令された衛兵はエレインの周りを取り囲むが、気丈とした態度を崩さないエレインに戸惑ってしまう。
そんな衛兵に業を煮やしたのか、再び王子が声を上げる。
「何をしている! 王子である俺の命令が聞けないのか!」
その声に、衛兵はエレインへと手錠をかける。
「申し訳ございません。」
衛兵がエレインだけに聞こえるよう言うと、衛兵は俯かせてしまう。
「顔を上げなさい。貴方達は命じられて職務を全うしているのだから。」
呟くように、だが衛兵に聞こえるように言うと、エレインはパーティー会場を後にした。
騒めきが止まぬ中、再び王子が口を開く。
「皆に伝える事がある。先程も宣言したように、私はエレイン・マーギラスとの婚約を破棄し、ここにいるミリア・レーネスを伴侶とする。」
いきなりの宣言に騒めきがさらに大きくなる。
「私達の結婚式は、翌月教会の本部で行われる予定だ。私達の門出を皆に祝ってもらいたい。ぜひ参加してくれ。」
事態が急変しすぎて、対応出来ている者がほとんどいない中、パーティーは続けられる事となった。
「この、大馬鹿者が!」
エレインがパーティー会場を出た後、パーティー会場に現れた国王夫妻は、会場の騒めきの原因を息子に問うと、予想しない回答が返ってきた。
「よりにもよってエレイン嬢を国外追放だと? お前は王族として一体何を学んできたというのだ。」
頭を抱える国王とショックで倒れる王妃。
その二人に向かって再び王子が声をかける。
「ですが父上、エレインはその身分を笠に、令嬢としてあるまじき行動をしています。その様な者が国母となれば、この国は滅んでしまいます。」
「ほぉ、ではその裏どりは出来ているんでしょうな?」
重たい声が会場に響く。
声の主を見れば、法衣を着た男が二人並んでいる。
エレインの父親であるマーギラス公爵と、教皇本人である。
「娘がしでかしたという証拠は、ちゃんとあるのでしょうな?」
マーギラス公爵が問えば、王子は勝ち誇ったように答える。
「一部を除いて裏どりは取れている。何せ、彼らが証人なのだから。」
そう言って、王子は後ろにいた騎士団長の息子と宰相の息子、教皇の息子を指差す。
マーギラス公爵の横にいた教皇本人は、冷汗を流している。
「彼らが見聞きした事をこの場で証言する! おい!」
王子は騎士団長の息子に声をかけると、一礼をして話し出す。
「先日、構内の見回りを行なっていた所、女性の言い争う声が聞こえました。駆けつける前に女性の悲鳴が聞こえ、そこには階段から落ちたミリア嬢と階段の上にいるエレイン嬢を確認しました。」
会場が騒めくが、騎士団長の息子は無視して続ける。
「幸いミリア嬢に大きな怪我はありませんでしたが、エレイン嬢は『何もしていない』と言い、またミリア嬢は『何もされていない』と答えましたが、状況からみてエレイン嬢がミリア嬢を階段から突き落とした事は明白です。」
「ほぉ、では先日レーネス司祭が私の元を訪れ、娘のおかげでミリア嬢の命が助かったと言うのは過ちだったと言うわけか?」
「え?」
マーギラス公爵の言葉に騎士団長の息子は凍り付く。
「ミリア嬢が階段でバランスを崩し、娘が結界で守ったおかげで怪我を負う事が無かったと聞いているが。私の聞き違いか?」
「い、いえ、公爵様の仰る通りです。エレイン様のおかげでこうして怪我を負う事なく生活が出来ております。」
「ミ、ミリア?」
驚いた王子はミリアを見るが、彼女は王子を無視して公爵に頭を下げる。
周りにいた者が王子に向ける目が厳しくなるが、王子は気付く様子はない。
すると今度は宰相の息子が前に出る。
「ですが公爵。あの女は国民から金品を巻き上げる悪人だ。先日も道端で店を開いている者から金を受け取っていた。金を受け取る前に、あの女は商人に向かって『神は全て見ています』と言っていた。金を渡した男も、その後膝をついてあの女に助命していたそうだ。」
流石に今度は周りも騒めき、王子は勝ち誇った顔をする。
「ふむ、そういえば先日、エレイン嬢が贔屓している反物売りから、エレイン嬢経由で教会に寄付がありましたな。なんでも、足を悪くして教会まで行けない為、エレインが寄付を受け取ったと聞いているが?」
教皇の後ろにいた枢機卿の言葉に、再び騒めきが起こる。
教会への寄付を公爵令嬢に頼むどころか、公爵令嬢が露店の反物を贔屓しているなど、貴族として考えられなかったのだろう。
「な!? だ、だが、寄付の一部を中抜きして。」
「それはありません。バリントン殿からの寄付は毎回同額で、寄付の金額を記載した証書が入っていますので。今回の寄付も同じでした。」
バリントンという名を聞いて、騒めいていた者達が納得する。
『変人奇人のバリントン』
バリントンの反物で作られたドレスは、それこそ家が建つ程の金額で取引される。
さらに、バリントンは店に卸す反物と別に、自分が納得した反物だけを自ら露店で販売する変わり者だ。
そちらは家一軒どころか、城が建つと言われる。
まずいと察したのか、今度は教皇の息子が前に出て発言する。
「公爵、あの女は婚約者を持つ身でありながら他の男に身体を許しておりました!」
それを聞いて冷汗を流していた教皇の顔が青ざめていく。
「あの女は教会で禊と称して男と水を浴びる売女だ!」
その発言に顔を青くしていた教皇が膝をつく。
「大丈夫ですか、父上?」
教皇の息子は父を思い声をかけるが、教皇は今度は顔を真っ赤にして息子に叫ぶ。
「馬鹿息子が! エレイン嬢の世話をしていたのは宦官だ! 貴族の禊は司祭以上の地位にいる者が行う通例であり、彼らは国の為に去勢手術を受けた者達だ! それを、お前と言う奴は。」
最後に力なく言い放つと、嗚咽を上げる教皇。
宦官となった司祭の中には彼の甥、詰まり教皇の息子の従兄弟もいたのだ。
教皇の言葉の意味を理解した息子は、青ざめて震えている。
「もうよい。」
国王が口を開き、会場の者達の視線が集まる。
「次代を担う者がこれ程周りが見えていないとは、これも我らの責任か。」
「王よ。」
いつの間にか会場の入り口にいた騎士団長が、ゆっくりと息子に近づいていく。
騎士団長の息子は青ざめた表情で逃げ出そうとするが、恐怖で足が竦んでいる。
そして、息子の前に立つと、拳を振り上げて息子を殴りつける。
息子を殴り終えた騎士団長は、国王へと向き直り、一礼をした。
「エレイン嬢ですが、すでに国境を越えて自由都市に入っておりました。」
「よりによって自由都市か。」
自由都市。
世界最大のダンジョンが存在し、冒険者を目指す者が集い、日夜一獲千金を狙う、まさしく夢の地。
そこは権力の一切が通用しない、実力が全てであり、かつてワイバーンと呼ばれる下位の竜種を単独で撃破した王国最強の騎士団長でさえ、自由都市では上位に食い込めるかわからない。
「もはや手出しは出来ぬか。いや、それよりも其方らの処罰を決めねばなるまい。」
国王は頭を抱えながらどうすれば良いか考える事となった。
その頃、追放され国境を越えたエレインは、はしゃぎまわっていた。
「ヒャッハー! これで王妃教育とはおっさらっばよー!」
あえて二度言おう。はしゃいでいた。
その後、冒険者ギルドに登録し、彼らと会う事となる。