カムランの嘆き
推敲しましたw
目の前で友が死んだ。
水風船を破った如く、無残に内蔵や血液を虚空へ散りばめながらその身を朽ちさせた。
友の腹を貫いた一本の黒い支柱は、その身で友の腹を抉りながら化け物の元へ戻って行く。
口からはゴポリと血塊を吐き、体には綺麗な丸い穴が空いている。
そこから覗くのははみ出した腸。
「ランスロットォォォォォォォォオ!!」
絶叫するアーサーはその場に伏せようとする友、ランスロットの身を支え、傷口を見て絶望する。
助けようが無い。
と、いうよりももう死んでいる。
即死の一撃で溢れる血はアーサーの鎧を腕から、体を伝い真っ白だったレギンスも純血の色に染め上げる。
ランスロットを葬った支柱が戻って行く方を睨みつける。
それは、きっと『絶望』なんだと思う。
その身は白昼の太陽を覆い隠すほどの巨体にして、四肢は幾万もの大理石の柱が寄り集まり結合した様な凹凸が目立つ無機質。
胴体は様々な造形をした剣同士が組み合わさり人間の骨格を組み上げている。
その胴体からは鈍色の空が覗き、錆びた剣が映えて映る。
血と錆の悪臭の為、鴉が無数にその体に集り、見る者全ての目にその存在を刻み込むと同時に死を与えた。
「モードレッドォォォォ!!!」
自らの息子であり、そしてアーサーの妻であるグィネヴィアと円卓の騎士の命を薙ぎ払った歪な化け物の名を叫び、アーサーは掲げた剣を振り下ろし、軌跡をその化け物目掛け飛ばす。
狙うのは化け物の心臓部に居るかつて愛した実の息子、モードレッドただ一人である。
だが、その光の一閃は何重にも飛び出してきた大理石の柱を切り裂きもう一押しと言うところで効力を失い粒子となって消える。
地が見えぬほどの死体が敷き詰められた地獄絵図と化したカムランの丘。
いくつもの剣が死体を貫き大地に立ち、ほんの一時間ほど前まで何万もの鎧を纏った兵が旗を掲げ剣を抜いてただ一人のモードレッドの前に立ちはだかっていた。
だがそれが幻だと言うが如く、それらが塵同然であるかの如く、モードレッドは嘲笑いそれら数万の兵の命を消し炭に変え、潰し、折り、穴を開け、まるで戯れる様に殺し尽くした。
そして死体が織り成す殺伐とした丘の上で残ったアーサー率いる円卓の騎士の命を一人、一人と順に弄び奪った。
最後に残ったのは一万の兵を率いて、妻グィネヴィアの仇を打とうとモードレッドをここカムランの丘まで追い詰めたアーサー王ただ一人。
そして、彼は今から戦うのだ。
一万の兵を殺した化け物と。
妻を殺した復讐の相手と。
最愛の息子と。
ブロンドの髪はアーサーに似た。
翡翠色の瞳はきっとグィネヴィアに似たのであろう。
そんな少年が化け物の心臓部で、アーサーを忌々しく睨みつける。
「そんなに私が許せなかったか!モードレッド!そんなに世界を恨んだか!我が息子!」
返答は返ってこない。
だが、それでいいのだとアーサーは持っていた剣を大地に突き刺し、腰に携えた黄金の剣を抜きその剣先をモードレッドに向ける。
神々しいまでに輝きを放つその剣こそ宝剣と呼ばれたエクスカリバーである。
アーサーはエクスカリバーを禁忌とし、持ち歩きはするものの戦場で使う事など無かった。
それはエクスカリバーの力が強大過ぎるが故に世界のバランスが崩れるかも知れないと危惧したからである。
だが、アーサーがエクスカリバーを抜いたという事、即ちそれはアーサーが本気を出すという表明の行動であった。その行動に応じる様にモードレッドも轟音の様な雄叫びを体に突き刺さる剣から発して腕から何本もの支柱をアーサー目掛け射出する。
アーサーはそれを、まるで空を切るかの如く軽々と剣を振り自分に向かう支柱すべてを軽々と切断した。
だが、それでモードレッドの攻撃は止まない。
次々と支柱がアーサー目掛け飛ぶ。
それをいなしながらアーサーは攻撃の機会を伺うが、すぐさまある事に気づく。
それは、支柱を飛ばす度にモードレッドの腕は細くなっているという事。
当たり前だが、拳銃の銃弾は飛ばせば減る。
リロードをしなければ行けない。
それと同じでモードレッドも腕の支柱を攻撃手段として使うが、支柱が減れば力を消費してまた創らなければいけない。
だから、アーサーは機会を待つ為ひたすら攻撃をいなし続けた。
必ずくる「弾切れ」の時を狙うために。
いなす。ひたすらいなす。
アーサーが走り抜けた後ろには必ず転がる支柱の残骸。
死体を潰し、血を抉り。
悲惨だった光景がさらに清々しい程に戦場へと変わり果てる。
そして–––––––––––––––片腕が無くなった。
モードレッドがすぐさま左腕の支柱で壁を作りその間に右腕を生成するが、アーサーはその隙を逃さなかった。
雷鳴の如く勢いで形成される大理石の壁を通り抜けモードレッドの巨体の目の前まで迫り、エクスカリバーに光の帯を纏わせる。
「はぁっ!」
そして、剣を振り下ろす––––––––––––が体に違和感を覚えた。
勢いよくモードレッドへ体を進ませたが、もう一歩のところで体が止まった。
宙に浮いて止まっていた。
不意に視線を下に落とす。
体には鎧を突き抜け白く鋭い柱がポタポタと血をその身を赤く染めて体を抉り取っていた。
ゴポリと口から血が溢れる。
こんなにも血液が体外に溢れては多量出血で死ぬんじゃないかと疑う程に鮮血が流れる。
力を振り絞り、アーサーは腹に刺さった支柱を抜こうとするが力を込める程流血しキリが無い。
だが、次の瞬間モードレッドがそのアーサーの刺さった支柱で思いっきり空を描き振り回す。
グルンッとアーサーの体は反転し勢いよく吹き飛ぶ。
意識は朦朧とし、風の抵抗が強い為飛んでいると分かるのみで腹が灼熱に焦がされている様に熱く自分が剣を握っているかも分からない。
満身創痍と言うのには死傷過ぎると言った様子だ。
背中に伝わる衝撃と共に地面に衝突する。
一瞬息が止まり思考が回らない。
「・・・こ・・・こ・・は?」
随分と飛ばされた様だ。
鼻を刺すような血と錆の匂いしか無いカムランの丘とは違い、草木の香りが鼻腔を擽る。
微かに水の流れる音も聞こえる。
もしかするとカムランの丘から随分離れた森林の辺りだろうか。
瞼をゆっくりと持ち上げると予想通り、森林だった様で草木が茂り、ちょうど近くには川が流れていた。
アーサーは覚束無い足取りで川辺まで歩み、川の水で傷口を塞ぎ手に汲んでみる。
幸いにも山から流れている湧き水の様で透き通っており飲水としても代用出来る事からアーサーは一気に両手で水を汲み口元まで運び飲み干す。
「ぷはっ」
勢いよく喉に運び過ぎた為少々噎せるが体が楽になった様に感じる。
腹を貫かれた傷口も湖の精霊から貰った加護により多少マシになっている。
気が緩み仰向けに体を地に倒す。
首を曲げよくよく辺りを見回すと長閑な森だ。
何より木々の間からの木漏れ日が何とも心地よく照らす。
だが、刹那のうちに心の奥で萎んでいた感
情が再び燃え広がる。
「モードレッド・・・!!」
アーサーが自らの息子モードレッドを殺そうとするのは妻グネヴィアの復讐や、死んだ仲間に申し訳ない等そんな理由では無い。
アーサーはある時からモードレッドの挙動を不振に思いモードレッドを監視していたのだ。
年頃の息子の挙動がおかしいとすればそれはアーサーの思いつく限り1つであった。
アーサーの下世話な心がその行動へと移らせた。
だが監視、と言ってもそれは他国のスパイ等のそれでは無く1人の父親として成長する息子を陰ながら見守っていただけだった。
モードレッドが蓋世の力を持っていると言うことを知ったのはほんの数日前である。
だかそんな力を知ってもアーサーには恐れが無かった。
それは多分モードレッドが自分自身に勝てる筈が無いと慢心していたからかも知れないとアーサーは思う。
そうだとすれば円卓の騎士である友人達と妻グィネヴィアそして多くの兵を殺したのはアーサーの傲慢だと言っても過言では無い。
一時の間にそれを悟ったアーサーは頬を緩ませ高らかに笑う。
「くくくっ、ふふふふふ。あっははははは。そうか、っふ。俺か・・・一理あるなぁ確かに俺は慢心してたかもなぁ・・・
だけど、いやだからこそ責任は取らないとな」
穴の空いたボロボロの鎧と血まみれた髪と空っぽの鞘と。
それだけあればアーサーにとっては十分である。
ァァアアァアアサァァァアアアア–––––––。
アーサーの名を呼ぶ轟音が聞こえる。
それは紛れもなく、モードレッドの雄叫びであった。
アーサーはその絶叫のする方へと視線を向ける。
木々が視界いっぱいに映るが分かる。
確かにそれは木々を越えた先にその巨体をこちらへ進ませていた。
体全身の憎悪を鋭く尖らせこちらへと向けている。
そんな気がするほど、モードレッドの研ぎ澄まされた刃の如く悪意憎悪復讐心、あらゆる混沌とした心がアーサーの背中に悪寒を走らせる。
刹那、木々の間を閃光が走る。
否、それはアーサーである。
全てを払い除け、光の矛となり何も無い鞘に刀があるかの様に研ぎ澄まされた磨かれた抜刀の構えで地を駆ける。
光速よりも早く、通り過ぎた後には風など一瞬も起こらないほど鋭く進む。
「見えた!」
瞳孔をグッと見開きその鞘から光の帯を一閃引く。
それは木々をすり抜け、まだアーサーとモードレッドの間に存在する山々の山肌を滑りまっすぐにモードレッドへと走った。
アーサーが王である所以。
それが今この時アーサーの振り放った一刀『遥かなる理想』である。
人間の理を越えたその力はアーサーのみにしか使えぬ世界で唯一無二の力であり、万物を無効化する。
その亜音速で進み続ける光の帯『遥かなる理想』は遂にモードレッドのその姿を捉えた。
だが、モードレッドも翻す鳥の如く反応し柱を何本も自ら目掛け突き進む光の帯の前に出現させる。
しかし、光の帯『遥かなる理想』は万物を無効化する力を持つ故にそれはモードレッドの出現された柱をさも同然のように接触することなく通り抜けモードレッドの無数の異物な剣が重なり合った身体を貫通する。
だが、そのモードレッドの胴体に突き刺さった光の帯『遥かなる理想』はただの布石でしかないのだ。
そう、『遥かなる理想』の真の力を発揮するための布石だ。
光の帯が刺さったモードレッドは暫時怯むがそれは「熱い物を触って直ぐに手を引く」という条件反射のそれであり、物理的にダメージはゼロである。
モードレッドは怯んだ後それが身体への影響を及ぼさないと確信したのか、光の帯の先アーサーの方へと腕を大ぶりに振る。
次の瞬間幾千幾万もの大理石の柱がアーサーめがけ突き抜ける。
山を抉り、地をかき混ぜ、まさに災害と呼べる物がアーサーへと磁石のように迫った。
この災害の後には木片一つ残らぬであろうそんな絶望的な状況の中でアーサーはニヒルに笑みを浮かべて見せた。
アーサーからモードレッドに引かれた光の帯、それはモードレッドの無数の大理石の柱が辺りを飲み込んだ後でも粉塵の中でそれは光り輝いた。
光の帯は『遥かなる理想』の本体であり、布石であり、アーサーの持つ一撃必殺の力が敵を貫くためのレールである。
妻を殺されても、家族も同然の仲間を殺されても、腹を貫かれた激痛のみが身体を支配していようともモードレッドに走り続ける、幾万もの無機物の柱が迫る中彼は自分の中にある全ての力を拳に込める。
迫り来る柱までの距離はあとわずか、だがその距離は拳を振りかざすのに十分であった。
「うおおおおおおおおおおおぉぉ――――――――――――――――――――――!!」
叫び、引き金を引くごとく拳を振るう。
それは、弾丸よりも早く、宝刀と歌われたエクスカリバーよりも鋭い『遥かなる理想』の真価。
光の帯の中を一線のまばゆい光が駆け抜ける。
真空中の光速299792.458km/secを軽々と超える速さは刹那のうちにモードレッドの歪な剣で構成された胴体を完膚なきまでにうち砕いた。
爆風と、軌跡、粉塵とあらゆる物が入り乱れ辺りに破壊の衝動を伝える。
アーサーも無事ではない。
『遥かなる理想』の真価。
自分の力の全てをモードレッドにたたき込んだ後、迫り来る無機物をよける力も残されてはおらず満身創痍の身体を粉塵の中へ隠した。
「これは・・・っ!どういう訳だ!」
印象的な白髪を纏い仰天と戦慄く表情をあらわにした、自分と同じ背丈の杖に跨がった魔法使い風貌の青年が真っ黒に染まった空した荒れ果てた焦土の大地を目にしていた。
「アーーサーーァァァァァァァ!!」
大声で尊敬し敬愛した唯一無二の王であり友の名を焦土に向かって叫ぶが、それもむなしく虚空へと誘われる。
彼はモードレッドを追う為にカムランへと向かう前アーサーから言われたのだ。
「マーリン。お前は誰よりも俺にとって大切な存在だ。だから死んでほしくなのだ。だから、城内にて俺の帰りを待ってはくれないか?きっと、きっと戻ってくるからモードレッドを連れてきっともう一度君に会うから」
と。
だからアーサーを信じ、他の円卓の騎士も信じ帰りを待った。
カムランの丘で化け物を見た。
そう、使いの鴉に伝えられた時無意識のうちに身体が杖に跨がり気づいたときには飛んでいた。
「頼む!アーサーを探してきておくれ」
鴉にそう命じ、必死に探す。
その時地面で何かが動いた。
急いでその姿を見るべく焦土に足を下ろす。
それは、アーサーであった。
美しかったブロンドの髪は粉塵や血で薄汚れ、汚れを知らぬ純白の鎧は原型を保てずに鉄くず同然と化している。
だが、マーリンには憶えがあった。
唯一腰に残った殻の鞘。
それは確かにマーリンがアーサーが王になった記念に送った鞘であった。
いつも納めてあるはずのエクスカリバーが無いことに気づき辺りを一瞥する。
すると、それは直ぐに見つかった。
焦土と化した大地の上にその眩く煌々とする剣が立っていた。
直ぐに視線をアーサーへ戻す。
「あ、アーサー・・・」
ぽたりと大地に雫が落ちる。
それは次第に増えていきマーリンの頬に滝を作る。
マーリンはゆっくりと、立ち上がろうとするアーサーに肩を貸し涙を拭う。
「もう!城内で待ってろなんて言うなよ!こんなに傷だらけじゃないか」
「あ・・・あぁ。ごめん。だけど帰ってきたよ。ただいまマーリン」
アーサーも涙を流す。
それは、マーリンへの感謝と、死んでいった兵、円卓の仲間達への感謝と遺憾と、妻グィネヴィアへの悲しみ、そして息子モードレッドへの後悔と憐憫の念を込めた落涙であった。
そんなアーサーに応じ静かに幕引きのようにマーリンは言葉を掛けた。
「おかえりアーサー」
優しくそうマーリンは伝えさらに大粒の涙で目元を腫らした。
ザン――――――――――――――――。
鉄同士を擦ったような鈍い音が鳴る。
崩れるアーサー。
虚空に散る鮮血。
果たしたかった願いを果たし万遍の笑みを浮かべるモードレッド――――――――――――。
その光景でマーリンは何が起こったのかおぼつかない脳で理解した。
先ほどまで大地に突き刺さっていたエクスカリバーは、虫の息であったが悲鳴をあげる身体に鞭打ちエクスカリバーを掴んだモードレッドによってアーサーの身体に留めを刺す一刀となっていた。
「モードレッドッ!!!!お前はっ!!!」
感情に任せモードレッドに摑みかかるマーリン。
だが、その行動は刃を持つ者に対しては愚の骨頂であった。
マーリンの細い身体にプスリとエクスカリバーが貫かれる。
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ」
ドサリと音を立て、真っ赤に大地を染める。
2人の亡骸を前にモードレッドは虚無感を感じた。
そして、自らの記憶を辿る。
それはアーサーを憎んだ日々。
晴天のもとで勝利を掲げたモードレッドは歓喜に満ちた。
敬愛する父の前で初の勝利を収められた。
それは彼にとって心が満ち足りる様な思いであったが故にアーサーに
「今回の勝利はお前の勝利では無い。死んで言った兵と民、そしてこれから生まれる者達への餞の勝利では無いのか?そんな事も分からないお前はこれから先俺の後を継ぐ事など出来ない」
そう辛辣な言葉をかけられた。
初めは後悔した。
アーサーに褒めて貰おうなど考えるのは軽率だったと。
王たるもの、そう易々と兵を褒めても周りから贔屓されてると思われるやも知れない。
よくよく考えると確かにモードレッドは自分の勝利だと思い込んでいた。
だからアーサーの様な思想を受け入れる為より考え鍛錬を重ねてただ一言尊敬する父アーサーに
「よくやった」
そう褒められたかった。
それは王としてでは無く父としてのアーサーに。
何度も何度も生傷を作っても、地を舐めようと、足掻き起き上がり剣を振るい続けた。
モードレッドは決して天性の天才では無い。
才能故の天才である。
アーサーとは真逆であり、それはモードレッドが鍛錬を積めば積むほど、強くなればなるほど親子の蟠りは積もる一方であった。
アーサーの方も頑張っている息子を褒めたいと思っている。
だが、辛辣な言葉をかける程モードレッドはムキになりより鍛錬に励み強くなって行った。
だから、心の何処かでモードレッドを褒める事を忘れていたアーサーがいたのだ。
一方でまたモードレッドの母でもあるグィネヴィアは息子が励む姿を見て邪魔にならない様にと面会を出来るだけ避けた。
だが、それはモードレッドにとって避けられている。
とも、嫌われているとも取れた。
モードレッドは考えた。
何故グィネヴィアに避けられるのか、と。
日が増す事にモードレッドの心には両親に対する不安や焦燥が芽生えそれはモードレッドを蝕んだ。
そして、そんな時ある噂を耳にした。
モードレッドはアーサーの本当の子供では無く、孤児院から連れて来た子供らしい。
だからアーサーもグィネヴィアもモードレッドに冷たく接していると。
そして、それに便乗する様に
アーサーは正式な養子を迎えるらしい。
それにはモードレッドが邪魔な存在だから追放、もしくは殺す。
そう噂されていた。
日々の中で積もるモードレッドはその噂を鵜呑みにし、アーサーとグィネヴィアに悪意を抱く様になった。
そして、その悪意は次第に体の中では抑えられなくなり震える手を抑えながらあの日、あの夜孤児院から引き取られた日アーサーから授かった西洋ナイフで遂にグィネヴィアを殺した。
悲しみは無かった。
しかし、思った程の喜びは生まれなかった。
それから心に残ったのは紛れも無い純粋な悪意。
化け物と化した憎悪。
はぁ、っとモードレッドはため息を吐く。
それは普段人間がするそれでは無く、溜め込んだ『何か』を吐き出す様な行為にも感じた。
そして、地に伏せるアーサーとマーリンの屍を背にし地平線に半分を隠した太陽へ向かいトボトボと覚束ない足取りで歩んで行った。
多分彼はこれから死ぬのだろう。
自分の刃で、自分の意思で。
願いを果たしたから。
人生の目標を果たしたから。
それは父を超えると言う事。
それは父に愛されると言う事。
モードレッドは戦いの最中感じたのだ、アーサーは決して自分を嫌ってなどいなかったと言う事を。
例えばアーサーがモードレッドを本当に心から殺したいと願っているのであれば、どうしてアーサーのモードレッドを見る目はあんなにも憐れんでいたのだろう?
悲しんでいたのだろう?
それはつまり、アーサーがモードレッドの悪意を憎悪を嘆いていたという事。
だが、モードレッドはそれを知って尚、止まらなかった。
ーーー止まれるわけがなかった。
アーサーを殺し、全てを無くしたその果てにあるものは何も無いと理解している。それでも、だからこそ、モードレッドは確かめるようにして錆びれた大地を踏みしめた。
感覚が曖昧になってくる。
視界が歪む。
意識が遠のく。
泣く権利は無いのかも知れない。
悲しむ権利は無いのかも知れない。
暁の地平線で大地を真っ赤に染めて体を地に倒れさせ、罪を背負う心に背くようにポツリと一滴のみ涙を零した。
「私を、俺を…今度こそ……褒めてくれますか?父上」
彼は誰かに看取られず、弔われる事も朽ちる事も無く、悠久の時を、この世界とは違う暗黒の中を独りで歩み続ける。
終わりなど無い、目的など無い。
それは彼が自ら背負い、自らを蝕んだ悪意の代償である。
ポツリ–––––––––。
ポツリポツリと空を鈍色が染め雫を落とす。
その雨はモードレッドの悲しみを孕み、その悲しみを嘆くかのようにして、降り注ぐ。
今も、雨は彼の上に降り続けている。