シンデレラになってみました 7話
鼓動が聞こえる。
自分の心臓がどこにあるかわかる。
彼女に会ってからずっと、私の心臓は大きく鳴り響いている。
悠人は自室に入った。
十三にこの家を知らされ、リフォームの確認に一度だけ足を運んだ。まだ、何もしっくりこない部屋だ。花梨の部屋と違い、ほとんど手を入れなかった。壁も床も磨き抜かれた木目が部屋全体を暗く重く包んでいる。板壁の上部は白い壁紙が天井まで続き、間接照明の優しい光だけが色を添えている。壁際にミニカウンター、中央に使い込まれた一人掛けソファとテーブル、端に大きな書斎机と椅子、奥の寝室スペースには何の飾り気もないベッドが見える。
ズカズカと進むと、革張りの黒いソファに身体を埋めた。これだけは前のマンションから運んできた、慣れ親しんだ自分の居場所だ。
大きく息を吸って吐き出した。
服の上から心臓を掴む。
「静まれ」
目を閉じると、花梨の覗き込む綺麗な顔が浮かぶ。大きな瞳、突き出した唇、照れて赤くなる耳、歪む眉、曲がる鼻。
「くっ」
込み上げる笑みを悠人は手で塞いだ。
「あんなに可愛いのに、なぜあの子は自分の美しさを微塵も意識していないのか」
悠人の今まで会ってきた美人は、自分が他人からどう見られているか、ちゃんと計算していた。どこまで崩したら、美人が可愛く映るのか、ちゃんとわかって表情を作っていた。
だが、花梨はまったく違う。
思ったままがそのまま顔に出る。悠人にはそれが新鮮で面白かった。
一時、花梨の変顔を思い出して、肩を揺すっていたが悠人は立ち上がった。部屋の隅にあるミニバーへ行き、お気に入りのウィスキーをグラスに注いだ。琥珀色の液体がグラスを満たす。それを一口舐めるように口に運びながら書斎机に移った。
「さて、妻の役割とやらを考えなくては」
独り言を言いながら、もう一口ウィスキーを飲む。
腕に花梨の重みが蘇る、首に回された腕、胸に寄せられた横顔、温かい身体の温もり、悠人は首を振った。
「困った子だ。別の妻の役目なら簡単に浮かぶよ」
やはり黒い革張りの椅子に背を預けると、悠人はゆっくり目を閉じた。