シンデレラになってみました 6話
ここが私の新しい家。
いや、家という単語は相応しくないような・・・
城・・・ちょっと違う。
ああ、館。そうここは館がしっくりくるわ
車は豪奢な門をゆっくりと通り抜け、開けた場所に出た後、半円を描きながらロータリーを進み、玄関前に駐車した。
大きな黒光りした木の扉がゆっくりと開く。
中から車いすを押した老紳士が出てきた。
悠人が降り、車の後ろを回って花梨側のドアを開けた。
花梨はレディ扱いに慣れていないので恥ずかしい。下を見ながら出されているだろう手を取ろうと自分の手を差し出した。
だが、出されていたのは手ではなかった。悠人は身体を屈め両腕を花梨の身体の下に入れた。
花梨は反射的に身体を固めたが、そのまま悠人に身を預けた。車いすはすぐそこまで来ていたので、一瞬のことだと判断したのだ。
車いすに降ろされると、花梨はおずおずと顔を上げた。
「ありがとうございます。でも、歩けますよ」
顔が赤くなっているのが分かる。
「無理はさせられません」
それだけ言うと、悠人は後ろに回り、車いすを押し始めた。
玄関ホールに入ると二人の男女が出迎えていた。扉を開けた老紳士が加わった。
「おかえりなさいませ」
三人が頭を下げる。
「今日はすぐに休んで貰いたいが、使用人の紹介だけしておく」
悠人の声が後ろから降り注いでくる。
大柄な女性が一歩前に出る。
「あなたの世話を全般にやる、山崎だ」
「よろしくお願いします、奥様」
顔を上げた山崎はとても大きかった。向日葵で見慣れているが、山崎は上背だけでなく横幅も大きかった。見上げて見とれていた花梨に、山崎は笑顔を向けた。にこりと笑った顔が実に人懐っこい。つられて花梨も笑顔になった。
悠人の紹介は続く。
「コックの鈴木だ」
山崎とは対照的に痩せた男が一歩前に出て無言で頭を下げた。
「よろしく、お願いします」花梨も頭を下げる。
「最後に執事の村瀬だ。この家のことはすべて村瀬に聞くといい」
悠人の紹介は簡潔だった。
「すぐにお部屋に案内します」
山崎が車いすを押す手を変わろうと後ろに回った。悠人が軽く手を挙げて、それを制した。
「私が連れていく」
山崎は頷くと、さっと身体を引いた。動きに切れがある。
「では、奥様、ゆっくりお休みください」
村瀬の声と一緒に二人も頭を下げる。
「おやすみなさい」
花梨は慌てて振り向いて、あいさつを返した。
玄関ホールの先の大きな扉を開き悠人は進んで行く。扉には大きなガラスがはめ込まれていて、そのガラスには美しい蓮の花が浮き彫りにされていた。
「綺麗」
車椅子が通り過ぎる瞬間、花梨は手を伸ばして細工に触れた。悠人が気づいて手の力を抜いた。
「家が日本家屋だったから、この家はとても新鮮です。美術館みたいですね」
「曾祖父が造りました。当時のアール・デコの粋を集めて造ったそうです。古い物なので、今回色々手を入れました」
「アール・デコ」
花梨はため息交じりに、改めて辺りを見渡す。
車椅子は階段の前で止まる。
花梨は立ち上がろうとひじ掛けに力を入れた。悠人が花梨の肩に手を置く。花梨は振り向いて悠人を見上げる。
「歩きます」
「いい」
悠人が花梨の前でかがむ。
「いいです。本当に歩けますから」
「おとなしくして。今日は絶対安静だ」
悠人の言葉には反論を許さない強さがあった。花梨の知る男性たちはしない口調に、花梨は身を竦める。
「でも、本当に歩けますし、恥ずかしいです」
悠人は顔を上げて花梨を見た。
「さっきまで平気だったでしょう?」
「車から車椅子までは一瞬だったので、断るよりちょっと目を瞑ればいいかと・・・」
「ここから部屋までも一瞬ですよ」
悠人の口元が少し上がった。
花梨はその僅かな笑顔に引かれた。その隙に悠人の手が花梨を持ち上げる。
「わっ」
隙を突かれたので、悠人の腕の中で花梨はバランスを崩す。
「危ないです」
「断ったのに」
花梨は憮然と悠人を睨みつけた。
悠人は気にせず、そのまま階段を上り始める。
「重くないですか?」
「重いですね」
恥ずかしさから下げていた目線を上げた。
「それなら、降ろしてください」
顔がどんどん赤くなる。
「普段重いものを持つ機会がないので、さすがに人は重いですよ。でも、こうして格好をつけることが出来ているので、あなたは軽いと思いますよ」
また薄っすら口元が上がる。
「格好をつけているのですか?」
「ええ。夫になった日に妻に怪我を負わせてしまった。これでもひどく気に病んでいるのです」
花梨の目が丸くなる。気障な言い回しに聞こえるはずなのに、悠人の言葉は素直に花梨の心に響いた。
花梨は身体から力を抜いて、手を首に回した。少しでも悠人の負担をかるくしようと考えたのだ。
悠人の身体が固くなる。
「重くなっちゃいましたか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
声も何となく固くなった気がしたが、二階に上がり切ったので、花梨の気はそれた。
「すごいピアノですね」
階段の先はホールになっていた。そこに立派なグランドピアノが鎮座していたのだ。
「ピアノ弾けるのですか?」
「まあ、多少ですけど」
花梨は尊敬の眼差しを注いだ。
「今度、聞かせて下さいね」
「ええ」
悠人の足はピアノでは止まらなかった。そのまま廊下を進んで行く。悠人はドアの前で止まった。
「ここが、私たちの部屋です」
ゆっくりと花梨を降ろすと、扉を開く。扉の先には小さな次室がありそこには、三枚の扉があった。悠人に導かれて部屋に入ってきた花梨は、不思議そうに部屋の中を見渡した。悠人はまず正面のドアを開けた。
「バスルームです」
花梨は壁を杖替わりにゆっくり進む。
「ここは?」
「プライベートの玄関という所ですね」
「玄関・・・」
花梨はハッとして足元を見る。
「靴」
車椅子と抱っこでここまで来たので、すっかり忘れていたのだ。
「そう、ここで靴を脱ぐ」
悠人が膝をついた。
「わぉ」花梨は奇声を上げて、一歩飛んだ。その声と動きに悠人は目を見張った。
「どうしたの?」
「えっ、えっと、靴脱がそうとしてます?」
「ええ」
「止めませんか、いや、止めましょう」
悠人は不思議そうに顔を上げる。
「もう、今日は恥ずかしいことだらけです。耐えられません」
花梨はドアに張り付いいたまま必死に訴えた。
悠人は下を向いて立ち上がった。肩が小刻みに揺れている。
「わかりました。さあ、部屋に入りましょう。靴は履いたままで大丈夫」
悠人が向かって右側のドアを開いた。
花梨の前に空間が広がった。
「すごい」
ため息を吐きながら、花梨は部屋に入って行く。
大きなワンフロアの部屋で、数段の階段で居間と寝室が分かれたつくりになっているようだ。壁はシャンパンイエローで統一されている。磨き抜かれた床の木目が美しく輝き、落ち着いたサーモンピンクの絨毯の上には、華奢な猫足のアンティークテーブルとソファが鎮座している。
花梨はふらふらと部屋を横切って行く。数段の階段を上ると、おおきな天蓋付きのベットが花梨を迎えた。
「ふぁをぅ」
不思議な感嘆詞を発しながら、花梨はベッドの端に手を着いた。
「気に入りましたか?」
急に声を掛けられて、花梨の肩が跳ね上がった。
「ごめん、驚かせて」
驚いてベッドに座り込んだ花梨の隣に悠人は座った。
「部屋の探検はまたにして、今日は休んで」
ばさりと、上掛けを捲る。
向日葵の用意した服はラフなワンピースだったので、そのまま寝間着としても十分だった。
「こんな初日になってしまったけど、これからよろしく」
悠人は立ち上がると手を差し出した。
花梨はそろそろとその手を握った。
「よろしくお願いします」
どん、どん、鼓動の音が聞こえる。
花梨は早くなる鼓動を息を止めて防ごうとした。
「君に言っておくことがある。私は余り人の心の機微に敏感ではない。だから、言いたいことがあればハッキリと言って欲しい。君とは年もはなれている、察して欲しいと思ったとしても、できれば言って欲しい。お願いしておく」
花梨は瞬きをした。長い睫毛からパチパチと音が聞こえるようだ。
「はい」
花梨は手を挙げた。
悠人は黙ったまま花梨を見つめる。
「はい、あります」
「・・・どうぞ」
悠人は手を差し出して答えを誘った。
「何かしたいです」
「・・・何を?」
「妻の仕事をです」
「・・・」
「おじい様から、結婚しても今まで通り高校生でいればいいと聞いています。住む所が変わっただけで私の生活は何も変わらないと」
「ええ。その通りです」
「私、結婚しました」
花梨は少し言葉に詰まる。
「わぁたし」
緊張のあまり力が入ってしまった。
「・・・すいません」
「・・・いえ」
「気を取り直していきます」
花梨はコホンと小さく咳をすると、悠人の目を見つめた。
「私、家の借財を返済して頂いたり、母と杉さんのこれからを援助して頂いたり、とても感謝しています。悠人さんと結婚したから私はとても、」
チラリと悠人の顔を確認する。
「得をしました。すいません言葉が悪いですね。でも、だから私も悠人さんの役にたちたいのです」
悠人を見つめる目に力が籠る。
悠人は唇を指でなぞった。
「わかりました。何か考えておきます」
「はいっ」
花梨はぐっと拳を握る。
「・・・でも、そんなに構えなくていいと思うよ。私たちの結婚生活は始まったばかりなので、ゆっくりお互いを知って、過ごして行ければいいと、私は思っている」
花梨の収まってた心臓が跳ね上がった。
「・・・はい」
花梨は悠人から目を反らした。
「では、お休みなさい」
別れの言葉をかけたが悠人はその場を動かなかった。
花梨は布団の中に潜り込む。
「お休みなさい」
「お休み」
悠人がゆっくりと部屋を出ていく。
花梨は去っていく悠人の背中を見送った。
温かい布団に包まれて、自分の鼓動を子守歌替わりに、花梨はすぐに眠りについた。