シンデレラになってみました 5話
心が騒めく。
今まで、経験のない感情が自分の中に目覚めた。
こんな風に他人に苛立ちを感じるとは・・・
自分がひどく扱いずらくなった気がする。
花梨の事は、十三から話を持ち込まれた時点でかなりしっかり身元調査をしていた。
もちろん、十三が話を持ち込む前にしっかりと調査しているはずだったので、必要性はなかったのだが、十三の入れ込み方が普通ではなかったため、念のため自分でも調べたのだ。
三条花梨。
お家柄だけで言えば、かなりの血筋の家だった。遡れば、どこまでも遡れるその家系は世が世なら、花梨は相当な姫君といった立場であっただろう。
花梨の父雅秋の代まで、遺産だけで相当な暮らしが約束されていたはずだった。だが、生涯一度も働くことを知らずに過ごした、雅秋はその財産管理すらも知らなかった。十分過ぎる財産を管理の甘さから知らない間に減らし続け、挙句その事実を知らぬ間に死んでしまった。
残された母千歳は財産が無くなっていた事実よりも、最愛の伴侶を失った悲しみで普通の生活を営むことができなくなり、その後始末は千歳の兄である峯保と、友人の氷室健介がやっている。氷室健介は花梨の友人である氷室向日葵の父親でもある。その後始末の際に、双子の弟 欅が氷室家に養子に入っていた。
広大な敷地を持っていた三条家はそれを売って借財を埋めたが、それでは間に合わず、峯家が肩代わりをしていた。ここ近年の不況で峯家の事業も業績が芳しくなく、三条家はかなり切迫した家計状況にあった。
だから、花梨が伯父保の反対を押し切って、この話を快諾した事情は明白だった。
どうしてお嬢様学校である、桜桃にそのまま在籍できたのか?それは桜桃学園の素晴らしい理念の賜物だった。桜桃は入学するのには、第三者の紹介、親の身上調査、面接と厳しいが、一度受け入れたら、本人の意思で去る場合以外、生徒を放り出すことは絶対になかった。花梨は家の経済が破綻した後も、学園の特別奨学金を受け、それまでの学園生活をなんら変わりなく過ごすことが出来た。
もちろん奨学金を受け取るには条件があり、成績もさることながら、風流人だった父のおかげで身に着けていた、お茶、お花、香道などの和文化の腕前を買われ、授業の助手についたり、部活動の指導をしたりしていた。そしてもう一つ買われていたのが武道の腕前で、上流階級の子女たちの要望により護身術の指導もしていた。
だから、身上調査の結果、武道が出来ることは、十三も悠人も知っていた。
でも、所詮お嬢様の習い事程度の武術だと思っていたのだ。
「いつから武道を?」
この質問に対する花梨の答えは意外なものだった。そしてその答が悠人の中の花梨の父親像を変えた。
悠人は身上調査の結果、雅秋なる人物を軽視していた。
軽蔑といってもいい。雅秋みたいな生き方を悠人は受け入れられなかった。
働く必要がないので働かず、ただ自分の好きなものに囲まれて生きる。雅秋には執着というものが一切なかったという。結婚も千歳が一方的に恋をして、周囲を動かし半ば強引に決めたという。結婚してからも何ら生活を変えることなく、ただ自分の世界のみで生きていた。披露宴用に家族写真を探したが、花梨の家には一枚も父親と子供が写ったものが無かった。
だが、父親の声真似をして得意そうな花梨の言葉は、そんな雅秋に血を与えた。
書面からは感じられなかった温度、父親の温もりを与えた。
悠人は急に花梨が離れた気がした。
花梨もまた親の愛情が薄い子供だと思っていたのだ。だから、自分と近い感情を知っていると。
悠人は花梨から目を離した。
心がざわついた。
なぜ、こんな気持ちに。一回りも年下の少女に自分は苛立っている。
悠人は自分を切り離す。感情を表に出さない。紫藤という家に生まれたので、身に着いた技だ。
常に他人の目を意識すること、そしてそれに捕らわれないこと。
会話を続けながらも悠人は自分を分析した。
なぜ、こんなにイライラするのか?花梨が、十三を守りきれなかった側近たちを庇う態度も気に入らない。
悠人は会話の途中で、花梨の手が腰に下がるのに気が付いた。
「傷が痛みますか?」
「少し痛みます」
当たり前だ。五針も縫ったのだから。傷が残るかもしれないのだ。
心のざわつきが大きくなる。原因をつくった男も、側近たちにも腹が立った。
この感情が恋なのだろうか?
悠人は考えるのがいやになった。
「新居までにはもう少しかかります。少し眠ったらいいですよ」
悠人は自分に言い聞かせるように、花梨に告げた。