シンデレラになってみました 45話
花梨は自分の中の勢いのままドアをノックした。
ドン、ドン。
自分でも驚くほどの音に花梨の肩が跳ねた。
部屋の中から慌てた足音が聞こえてくる。
「花梨?」
ドアは勢いよく開けられた。
目の前に現れた心配そうな悠人の顔に花梨の勢いは萎んでしまった。
「驚かせてしまって、ごめんなさい」
悠人の顔の曇りは取れない。
「どうしたの?具合悪い?」
視線が顔に集中する。
「大丈夫です。どこも悪くないです。ちょっとお話をしたくて」
やっと安心したのか頷くと悠人は大きくドアを開け花梨を部屋に招き入れた。
悠人の部屋に入るのは今日のように意を決して質問をしに来たあの日以来だった。
あの日はあまりにも緊張をしていてしっかり部屋の中を見る余裕はなかった。こんなにさっぱりした部屋だったんだ、花梨は周りをあらためて見渡した。
あの日のようにソファを勧められる。悠人自身はオットマンに腰掛ける。
「どうしたの?」
「お礼を言いたくて」
花梨はためらわず話始めた。
悠人は目を細める。
「悠人さん」
花梨は姿勢を正す。
「私の学園生活の最後の年を最高の年にしてくださってありがとうございます」
花梨は悠人の瞳をしっかり見つめる。
「すべて悠人さんのおかげです」
花梨は笑顔で告げたが、自分の言葉の後に見せた悠人の僅かな表情の変化に気づいた。
「悠人さん、私に何か言いたいことないですか?」
悠人は首を振る。
「私が大学へ行くの心配ですか?お家の仕事との両立が大変だと心配されてます?」
「それは心配してます。でも、花梨が大変なら言ってくれればいい、大学に行くことは大変でも花梨にとっていいことだと思ってる、そう言ってきたよね?どうしてそんなことを聞くの?」
「悠人さんの顔が曇るから」
「私の顔が?」
悠人は意外なことだと手振りも加えて答える。
「悠人さんポーカーフェイスですけど、私分るんです」
どこかのコメディアンのように花梨は言い切った。
「村瀬さんにも驚かれるんですよ」
花梨は胸を張った。
「自分でも意識してないことが顔に出るなんて」
悠人はまだ信じられないようだ。
「悠人さん言ってくれましたよね?結婚式の後、気持ちを察するのは苦手だから言って欲しいって。だから言います、聞きます。悠人さんの顔を曇らせるのは何ですか?私に言いたい事本当に何もないですか?」
花梨の気迫に悠人はたじろいだ。
「・・・何もない」
「本当に?」
花梨は語尾に重なるように聞く。
悠人は口を閉じると目を伏せた。
「何で目を伏せるんです」
花梨は追及の手を緩めなかった。
悠人は答えず自分の手を見つめている。
そんな悠人を花梨は見つめている。
そのまま二人は黙って向き合っていた。
「花梨に嫌われたくない」
悠人の声は小さかったが静かな部屋の中では良く聞き取れた。
「私に嫌われたくない?」
花梨には悠人の放った言葉の意味が全く理解できなかった。
花梨は、「?」の浮かんだ頭を傾ける。
「それは?どういう・・・」
「花梨の事が好きだ」
小さく開けた口をパクパクさせながら花梨はそれは知っていると頷く。
「花梨が大学へ行くのを心から喜んでいる。でも、大学で君の世界は広がる、それが怖い」
「どうして?」
「君が誰かに恋をするかもしれない」
花梨は口をパクリと開けたまま固まってしまった。
「人間関係が圧倒的に広がる、君は家族の他にほとんど男と接したことがない。大学にはそれが大勢いるんだ。私の知らない所で君はそれらと接することになる」
「えっ?それら?」
パクパクしながら花梨は聞き返す。
「花梨が本当の恋をしてしまうことが怖い、こんな風に思ってると君が知ったら嫌われてしまうと思っている」
「いや、ない。そんなことない」
やっとのことで花梨は声を出した。
「花梨は知らないだけで、私よりいい男はこの世にいっぱいいるんだよ。今までは出会う機会がなかったでも、これからはたくさんある。ないとは言い切れないだろう?」
「・・・・」
いつの間にか悠人は花梨の目の前まで詰め寄っていた。
「そう言われればわかりませんが・・・」
花梨は少したじろいだが、
「でも私、今、悠人さんの謎な心配事を聞きましたが嫌いにはなっていませんよ」
劣勢を覆す糸口を見つけて反り気味になっていた姿勢を戻した。
「そう、それはよかった」
悠人はあっさり受け流すと姿勢を元に戻した。
「私は花梨の大学生活を応援しているし、そのために協力できることはなんでもするよ。たとえ本心では君に一歩もこの家から出て行って欲しくないと思っていてもね」
にこりと笑った。
「怖って思った?」
「・・・・」
花梨は黙って肯定してしまった。
「でも、嫌いにはなっていませんよ」
「うん。わかった」
そう答える悠人の顔には言葉と違う答えが見える。
「私、悠人さんが好きです。心から」
「うん」
「だから、どんな男性とこれから出会っても悠人さんが一番です」
「ううん」
「なんで、そこ否定するんですか?それなら同じことが悠人さんにも言えるでしょう?」
「私は花梨より好きな女性にはもう出会わない」
悠人はハッキリ否定する。
「えっ?なんで分かるんですか?」
「私は君より12も年上だ。今までたくさんの女性に会った。でも、好きになったのは君だけだ」
「それなら私もいっしょですよ。それは18年しか生きてませんけど、今まで好きになった人いませんから。悠人さんは初恋の人ですから」
憂いを帯びた悠人の顔にほんのりと笑みが差す。
「信じてくれました?」
「ううん。初恋の人だというのはうれしいが、最後の人ではないからね」
花梨は驚きを通りこして怒りを感じた。
「もう、何言ってるんですか。なんで、そんなに私の気持ちを信じてくれないんですか?」
自然と声が大きくなる。
「花梨が今私を好きだという事は信じている」
「ずっと好きです」
悠人は真剣な眼差しで花梨を見つめた。
「それは嘘だ。君は本当の愛がどんなものかまだ知らない」
「だーかーらー」
花梨はこのすれ違いばかりの会話に決着を着けたかった。
「本当の愛ってなんですか?みんななんで同じようなことを言うかな?私は悠人さんをちゃんと好きです。悠人さんを見るとドキドキするし、家に帰ってきたら一番に会いたいですし、手も繋ぎたいし、キスもしたい、他の女性と仲良くしてほしくないです。この想いは悠人さんを愛してるってことでしょう?」
花梨は叫びたい気持ちを押さえた。でも、感情は押さえきれずに溢れた。
悠人は愛しそうに花梨を見つめている。
「分かってくれました?」
うん、と頷く。
「うそ」
花梨には分かった。
「もう」
花梨は、立ち上がると悠人の手を掴んだ。
グイグイと引っ張ると、部屋の奥に進んだ。
花梨の部屋と悠人の部屋の構造は同じだ。ワンフロアの部屋の奥にはベッドがある。
数段の階段を上がり、なんの飾り気もないがキングサイズの重厚なベッドの縁に悠人を押し付けた。
「どうしたの?」
呆気に取られていた悠人も花梨の肩を押さえ返した。
押しても倒れないと知った花梨は胸を掴んでサッと足を掛けた。
花梨より一回り大きい悠人があっけなくベッドに倒れ込む。
「何を」
悠人が体勢を整えようとするのを、花梨は跨って押さえ込んだ。
そのままのしかかる様にキスをする。
悠人は何が起こったのか分らず、首を振る。
花梨は必死に唇を押し付けてくる。
悠人は身体から力を抜いた。
花梨はほっとして力を抜くと唇を離した。じっと悠人を見つめる。
「信じて下さい。悠人さんは私の最初で最後の人です」
悠人の返事は聞かなかった。
花梨はまたキスをした。




