シンデレラになってみました 4話
どうしよう、何か話さなきゃ。
ああ、今までどんな会話をしたんだっけ?
思い出せない、いや、してないかも。
お見合いの時も、デートの時も、式の間も、食べてばかりだったわ。
「美味しいですか?」と聞かれて、「美味しいです」と答えて。
「好き嫌いがないのですね」と言われて、「はい」と答えて。
食事に関しての、うっすい会話しかしてない。
あーどうしよう。
「すごい身のこなしでしたね」
会話をしようと、頭の中を必死にさらっていた花梨は、悠人の声に肩を竦めて驚いた。
「大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
花梨は、顔の前で慌てて手を振った。
「身体が勝手に動きました。道場の鍛錬が現実に役に立つなんて思ってもみなかったです。自分でもすごく驚いてます」
「普段から実践的な訓練をしているのでしょう」
「どうでしょうか?」花梨は首を傾げる。
「組み手はよくやりますけど、自分を鍛える方法しか教わってはいません。でも、先生の動きに慣れているおかげで相手の動きがよく見えました。だから、攻撃を避けて、かわせたのだと思います」
「いつから武道を?」
「五歳の時からです」
花梨は見つめていた自分の指から、少し視線を上げた。優しい視線にぶつかり、思わず視線を戻す。
花梨は少し間を置いた。
「私ちょっと容姿が整っていますよね?自分でいうの恥ずかしいんですけど・・・」
話しながら、自分の顔が赤くなるのが分かる。
悠人は黙っているが、視線が自分を見つめていることが分かり、さらに花梨の頬を赤く染める。
「四歳の時にストーキングされたんです。月に一度、私の隠し撮りされた写真が家に送り付けられてくるようになったんです。私は小さかったので何も覚えていませんが、毎月送られてくる写真と、エスカレートする手紙の内容に、母がやられました。私といっしょに何処にも出かけなくなったんです。毎日、毎日雨戸も締め切った部屋で二人っきりで過ごしました」
悠人は黙って聞いている。
「そんな、ある日、父が私を連れ出しました。行った所が今の道場です。父が『お前の外見は変えられない、だからお前が強くなるんだ。心を強くするには、身体を鍛えるといいそうだよ。ここの主さんがそう言っている』」
花梨は父の声色を真似る。これには自信があるのでチラリと悠人を見る。悠人に変化はない。花梨は何となく落胆する。
「その日以来私はその道場に通っています」
「好きなのですね」
花梨は少し考えた。
「武道が好きかと聞かれれば、違うと思います。先生にも闘争心が皆無だと言われます。だけど、身体を鍛えるというか、動かすのは好きです。性分に合っていると思います」
悠人は頷きながら、花梨の方に向いていた身体を正面に戻した。
「十三も本当に感謝していました。あなたの機転がなければ危なかったと」
花梨はまだ悠人の方に顔を向けたまま話した。
「やっぱり、おじい様が狙われたのですか?」
「そうですね。十三には少なからず敵がいます。ここ数年公の場所に一切姿を見せていなかった上に、ほぼ身内だけの結婚式でしたから、隙も出来てしまったのだと思います」
「もう、大丈夫なのですか?」
「それはもちろんです。あのようなミスは絶対に起こさせません。十三の側近たちも今頃、こっぴどく反省させられていることでしょう」
「こっぴどく反省をさせられている?」
悠人の顔が花梨の方に向く。口元に笑みが浮かんでいる。
「自分たちの招いたことですし、意識の高い者しかいませんから、もちろん自ら進んで反省していると思いますよ」
自分の心配事を見抜いた物言いに、花梨は何も言えなくなった。
「余り、叱られないといいんですけど・・・」
小さな心の声が漏れる。
「傷が痛みますか?」
「少し痛みます」
悠人の視線が怪我の部分まで下がってから、元に戻った。
「その痛みの分ぐらいは、側近たちも叱られないといけません」
「えっ?」
花梨は聞き返した。悠人の声は今までのトーンより低かったため、聞き取りずらかった。
「新居までにはもう少しかかります。少し眠ったらいいですよ」
まっすぐ前を向いた横顔は固く、これ以上取り付く島もないように感じた。花梨は仕方なく、自分も正面に向き直り、深く座席に身体を沈めて、目を閉じた。