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シンデレラになってみました 3話

 

 なんだか、心地がいい。

 何に揺られているんだろう。

 すごく温かい。

 誰かが名前を呼んでる。

 

 花梨はゆっくりと瞼を上げた。

 「花梨」「花梨」

 覗き込む顔に見覚えがある。

 「向日葵、百合」

 心配そうな二人の顔で、何があったかを思い出した。

 「ここは?」

 「うちの病院よ」 

 百合が答える。

 「あっ」

 身体を起こそうとしたが、脇腹に痛みが走った。

 「花梨!」

 四本の手が身体を支えてくれる。

 「ごめん。怪我したんだ。よく覚えてなくて」 

 花梨はゆっくり身体を戻した。

 「おじい様は無事?犯人はつかまった?」

 花梨は続け様に、頭に浮かんだ疑問を口にした。

 「十三翁は大丈夫よ。怪我一つしていませんわ。花梨のおかげよ」

 百合の手がめくれ上がった掛布団を直す。

 「なんで、あんな無茶をするんだ。何が起こったか分らなくて、どれだけ心配したか」

 心配を湛えた向日葵の瞳が揺れる。

 「泣かないでよ。そんな大怪我じゃないでしょ?ちゃんと避けたと思ったんだけど」

 二人を安心させようと、布団から手をだした。右手を百合が、左手を向日葵が握る。ぎゅっと両手に力を籠める。

 「咄嗟に身体が動いたの。反応したっていうか、反射した感じだった」

 「もう」

 「先生がよく気を読めって、修練の時は先生に合わせて気を読もうと必死にやっているけど、あくまで修練だし、いつも相手は先生だったから、ピンとこなかったんだけど、空気が違ったの」

 「だからって、怪我をしてまで、命の危険だって・・・」

 向日葵にだって、分かっている、花梨はただ十三を助けたかっただけだ。自分の命が危ないなどと、咄嗟に思いもしなかったのだろう。

 「ごめん、向日葵。ごめん百合。もう絶対しないから」

 花梨は両手にもう一度力を込めた。

 「相手もまさか花嫁から反撃を食らうなんて思ってもいなかっただろう」

 「本当。すごい活躍でしたわ」

 三人は顔を見合わせて笑った。

 病室のドアがノックされる。

 「はい。どうぞ」

 花梨が返事をすると、ドアから悠人が入ってきた。

 「気が付いたのですね」

 悠人が近づき、ベッドの脇に立った。向日葵と百合は場所を譲る。

 「・・・傷は痛みますか?」

 真剣な瞳が刺さるようだ。花梨は初めて悠人の顔をちゃんと見つめた。

 

 こんな顔をした人だったんだ。

 すっきりとした切れ長な瞳と鼻筋、引き締まった口元、これは、かっこいいのでは?

 

 「まだ、麻酔が?」

 動かなくなった花梨をおかしく思い、悠人は百合に質問を向けた。

 「いえ、もう切れていると思いますけど」

 「あっ、大丈夫です。大丈夫。身体を動かすと痛いですけど、動けない痛みではないです」 

 「本当ですか?」

 「はい。ね、百合、たいした傷ではなかったのよね?」

 「何言ってるの。たいしたことあるに決まっているでしょう。五針も縫ったのよ。傷跡が消えるのに何年かかると思っているの。ものすごくたいしたことでしょ」

 百合の語彙が強くなる。

 向日葵もそうだ、そうだと頷く。

 「ああ、うん、もちろんそうなんだけどね・・・」

 花梨は二人の勢いに押されて小さくなった。

 「傷跡が残るのですか?」

 「うちで最高の外科医に細かく縫っていただいたので、いずれは消えるでしょうけど、それは残りますわよ」 

 百合の口調は恨み節全開だ。

 花梨は慌てて口を挟む。

 「細かく縫って頂いて、5針なんでしょう。それは大したことないでしょう。子供の時、三針縫った傷、もうほとんど判らないわ」

 花梨は膝の傷跡を見せようと、布団に手を伸ばした。

 「いえ、見せていただかなくて結構です」

 素早く悠人に止められ、花梨はすごすごと手を戻した。小さな声で、「本当なのに」と呟く。

 「先生にお聞きしたところ、退院しても問題はないということなので、退院しようと思います」

 「えっ」

 百合と向日葵が同時に聞き返す。 

 悠人は二人に向き直る。

 「すいません。心配なのはわかります。犯人は警察に渡りましたが、事件がマスコミに漏れました。助けたのが、高校生花嫁だったことまで。この襲撃については犯人が単独で動いていたとは考えにくい。警備の面で退院するのが一番だと考えます」

 「そんな・・・」

 二人とも、言葉に詰まってしまった。

 「十三が用意した私たちの新居は、警備の面でもマスコミ対策でも安全です。だから、ぜひ移したいと思います」

 率直な物言いに二人も納得するしかなかった。

 「分かりました。すぐに支度をしますわ」

 「ありがとうございます。では、外で待っています」

 悠人が出ていくと、すぐに百合も出ていった。向日葵は花梨の着替えを手伝う。花梨は術着を脱ぎ始めていた手を止める。

 「ウェディングドレス・・・」

 「大丈夫だよ。切って脱がしたりしなかった。百合と二人でちゃんと着替えさせたんだ」

 「よかった。二人が十三翁に食って掛かってまで作ってもらったドレス、すごく気に入っていたの」

 「食って掛かるって言葉悪くない?」

 「いやいや、あれが食って掛かるじゃなかったら、なんだというの」

 百合が車椅子を押しながら戻ってくると、着替えはすっかり終わっていた。

 「『絶対に既製品なんて許せません』『紫藤家の力を見せてくださいよ』」

 「そんな事言ったかな?」

 「言ってたよ。直談判に行った時点でもう闘志むき出しだったでしょう。ファイトって感じ」

 花梨がファイティングポーズをとると、向日葵がそれに応えてパンチを繰り出す。緊張感なく寸劇をやっている二人を百合は冷ややかに睨んだ。

 「もう、早く行きますわよ」

 「はい」 

 二人は姿勢を正して返事をした。

 

 向日葵と百合は、二人の乗った車が見えなくなるまで見送った。

 「さあ、私たちも帰りましょう」

 百合が振り向いて見上げると、向日葵の顔がひどく歪んでいた。

 「ひどい顔」

 百合は吹き出す。

 「気に入らない」

 「あら、そう?私は見直しましたわ。十三翁に命令され仕方なく結婚しただけだと思っていましたが、誠実さが見えましたもの」

 向日葵が目を剥いた。

 「義務だけで過ごされるよりも、心が通い合うようになるのでしたら、素晴らしい事でしょ?」

 「それはそうだけど・・・」

 向日葵は大きな背を丸めてぼそぼそと呟いた。

 「あと一年、あと一年だけしかない。高校生最後の一年を思いっきり楽しみたかったんだ」

 向日葵は卒業後、プロの世界に進む。百合も医大に進学するつもりだ。今のように何も考えずただ楽しい生活は送れなくなる。

 「花梨の結婚で変わってしまうと思うの?」

 「今日、そう思った」

 向日葵の言わんとすることが百合にも分かった。あの閉じられた鳥かごと家の往復だった昨日までとは、花梨の生活は一変した。

 「世界が広がったら、花梨が変わってしまうと思うの?」

 「まさかっ」

 やっと向日葵が顔を上げた。

 「でしょう?私もそう思うわ。だから、大丈夫よ」

 百合は、思い切り丸まった向日葵の背中を叩いた。ばんと、勢いのいい音が響く。

 「痛いよ」

 「それはそうよ、叩いたもの」

 百合がホホホと笑う。向日葵も一緒に笑った。 



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