秘密の習いごと(滑舌編)
「東京特許許可局長今日急遽休暇許可拒否!」
早口言葉を言い終わるまで、私が見つめていた男の子が嬉しそうな笑顔満開だったので、私はパチパチとやる気なく手を叩いた。
いや、見つめるという言葉は間違ってる。だって、そんな色っぽい言葉を、ヒジを机について今にも眠ってしまいそうな瞳をした私が使って良いはずがないんだから。
それにしても、どうして、私がこんなことをしているかと言うと、1ヶ月ほど前に、お母さんの友達の息子の一歳年下の男の子から、急にお願いされたからだった。
最初はもちろん断ったんだけど、1回付き合う度に、エクレアを1つおごってくれるって言われたら、引き受けるしかないよね?
今になって思えば、私のことをよく分かってる、この男の子の策略にまんまとはまってしまったように思えて、さらに私をイライラさせた。
「ねぇ、何で早口言葉の練習なんかしてるの?」
何度目の問いかけなのか分からないくらい口にした質問だった。
これまで何度聞いても教えてくれなかったから、今回も変わらないだろうと思って気を抜いていると、
「……あがり症を少しでも直したくて」
まさかの普通の答えが返ってきた。確かに、昔から緊張すると声が小さくなって、よくどもっているところを見たことがある。特に、女の子と瞳が合ってしまうと、身動き一つ取れなくなってしまう。
「それに、いざって時、ちゃんと伝えたいんです」
私の瞳を見ながら続いた言葉には、少し力が込められてた。
「なるほどねぇ~」
何が、なるほど、なのか自分でも分からないけれど、すごくしっくりくる言葉だった。そして、ちょっと心がチリッとした。考えても見てよ。素敵な女の子に声をかけられるように、実験体にさせられている、可哀想な私の気持ちを……
「それはそれは。そんな風に君に思ってもらえる素敵でうらやましいヒトの顔を、ぜひ拝ませていただきたいものね」
だから、いつもはしないキツイ表現を口にしてしまった。
「だったら、鏡でも見たらどうですか?」
耳まで真っ赤にしても、私から目を外すことはなかった。そして、早口言葉の練習のかい合って、スムーズに気持ちを口から外へ出した。
でも……
「あんまりスラスラ言われちゃうと、ありがたみを感じる度合いって低くなるのね」