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景色

僕たちの入院していた和座宮わざみや病院から、

気が付いたら化他湯けたのゆ駅でバスを降りて、

そこから歩き続けてこの様だ。


降りた時にはまだ昼前だったはずだが、

既に日没を迎えたのだろうか。

辺りはシンとして暗く生き物の声すら聞こえない。


始めは文句を言う元気があったが、

今では声を出そうという気力すらない。


登山を開始してから後ろ姿ばかりで、

僕から椿さんの表情は全く読めないが、

置いていくようでギリギリ追いつける絶妙なペースで

僕のことを先導しているようだ。


「ほら、見て!」


この山の絶望に押しつぶされそうになっていた僕は、

急に降ってきた彼女の明るい声に顔をあげた。


今まで俯いていて気付けなかったが、

前方が薄い赤で色づいているのが分かる。

一歩歩けば、うっすらとだが確実に光が増していく。


やっと先が見えたと思った瞬間、心が息を吹き返した。

足に力が宿り始めて、登り始めたころのように、

ハイキングをするようなワクワク感が戻ってきた。


「頂上ですか?」


「そうよ」


椿さんの顔がやっと見れた。

すらっと高い鼻筋が綺麗な横顔が

朱色の光に照らされている。


その顔には少し汗が光っていて、

そのとき初めて僕は彼女も汗ばむくらいには、

疲れていたことを知った。



そして、やっと頂上に到達すると、

そこは土が平らにならされた、広場のような場所だった。


今までの暗澹たる風景をかき消すような、

夕日に照らされたその光景。

転落防止のためだろうか木材で出来た柵まで行けば、

眼下に和座宮わざみやの全景が見えた。


駅の近辺だけが僅かに発展しているが、

それ以外はほとんど森だ。

早朝まではいた和座宮わざみや病院も、

山の中にいきなり現れた要塞のようである。

ここはぐるりと周囲を低い山々で囲まれていて、

外の様子は山々からのぼる紫の霞のようなもので見えない。


「あなたと一緒に見られて良かった」


隣に立っていた椿さんが、僕を見た。

確かに、田舎の風景とはいえ、

恋人同士で訪れてもいいほどの、のんびりとした絶景だ。


「ほんとうに良い場所ですね」


疲れ果てた体を癒すような優しいそよ風を耳に感じた。

身体は暑いのか寒いのかよく分からないが、

今はこの景色を目に焼き付けたいという気持ちで一杯だった。


「私はここで生まれ育ったの。もう言ったかしら?」


「いえ、聞いてません。……けど、そんな気はしていました」


椿さんの雰囲気は良くも悪くも浮世離れしていて、

この人里離れた土地の空気が良く似合っている。


「向こうにいくと、私の家があるわ」


椿さんが顔を向けた先には、少し小高くなった丘。

その階段の先には、神社のような三角屋根の建物がある。


「神社、みたいですね」


「そうなのよ。正確には違うのだけれど、そんな感じ」


「なるほどー」


一度頷いてしまうと、聞きたいことがあっても、

なんとなく言い出しにくくなってしまう。

まあ、椿さんが答えたくないようなことを聞いたとしても、

上手くはぐらかされるのは目に見えているのだが。


神社が実家ということは巫女とかそんな感じだろうか。

清楚という表現と椿さんの出で立ちは両立するものではないが、

近づきがたい畏怖のような存在感は家柄とマッチングしている。

彼女の美貌も度が過ぎるとこの世の者ではない気さえしてくる。


「家に帰ってから、ちゃんと説明するわ」


そのままやんわり「行きましょう」と告げられ、

僕は頷いて彼女の隣を歩いた。


山頂の、さらに丘の上に立つ神社の本殿は、

僕のような一般人が入るには少し勇気がいりそうだ。


「まずは、おばあちゃんに紹介しないとね」


てっきり椿さんが一人暮らしだと思っていた僕は

家族にご挨拶というところまで頭が回っていなかった。




不意打ちの爆弾を精神に食らって、

僕の喉は無意識に声を鳴らした。


「……えっ?」

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