とば口
木々の生い茂る山道を二人の男女が歩いていた。
黒髪の女は二歩も三歩も先を行き、
旅行のような軽やかささえ感じるが、
後ろを歩く男は息も絶え絶えで
傍目に見てもぐったりとしている。
黒のロングスカートは
この森の風のように
不気味さを漂わせながら優しく揺れるが、
男のチノパンとリュックのスタイルは
さながら哀れな遭難者のように汗に塗れていた。
「ほら、伊織くん。行くわよ」
椿さんの声に、僕は限界に近い足を止めた。
僕たちがいるのは山の中。
といっても鬱蒼な森は光すらどんよりとしていて、
垂れ込めた木々の枝が力尽きた人の腕にさえ見える。
椿さんはサクサクと何気なく歩いていく道だが、
僕は自分の両手すら見えるか怪しい上に、
足元は苔か何かでぬめっとしていて、
控えめに言っても常人には厳しい。
「椿さーん、もう無理ですよお」
見上げた女性は僕を見下ろして、ため息をついた。
木々の合間を縫ってこぼれた光がその姿を映し出す。
「男の子がそんな情けない声出さないの」
小さい子をあやすように笑むその顔に
僕は息も絶え絶えに文句を言ったが
「そうは言っても……」
「もうすぐだから、頑張って」
優しさなどなく遮られてしまった。
「はーい」
正直この繰り返しだ。
この道に慣れている椿さんならすぐかもしれないが、
初心者の僕には無理だろう。
初心者と言っても僕はテニス部だったはずで、
それなりに体を鍛えていたはずなのに、おかしい。
正直、都会でそれなりの学生生活を送っていたと思われる頃は、
女の子に体力面で負けることなど、そうそう無かった。
入院生活で多少体力を失ったかもしれないが、
それは前を行く彼女だって同じことだ。
しかも彼女は僕よりも数歳年上と聞く。
なんともいえない悔しさを胸に、
僕は口を結んで山を登り始めた。






