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酩酊
常々思うが、人間何かに酔ってなければ生きていけないと思う。
神仏を始めとした縋る為の存在や、自身の生き方を定める信条に酔いしれていなくては、生きていく意味なんて作れやしないんじゃあないだろうか。
そして己自身に酔い潰れることこそ、生きる糧になり得るのではないだろうか。
悲劇のヒロインぶるだとかの、自身をやや主観的にかつ客観的に考察することで、自分という存在と向き合うことができるはずだ。
私は一体どんな存在でどんな夢野望を抱きどのように生きていくのか。自己を肥大化させ己の価値を高く高く曲解せよ。他とは異なる崇高なる自分を夢想せよ。
自分を信じるという行為は、なんとも思い上がった行為だ。それこそ自分に酔っているのだ。己の負の側面を蹴り飛ばし、正の側面だけを取り出す。ただ、それが生そのものに直結しているのだと思う。
私のような常人が、自分を信じ、そして生きていくことはそもそも烏滸がましいこと極まりない。分不相応にも程があるが、そんな私とて並一通りな生命であり死にたくはないので、自分に酔うしかないのだよ。
今日も明日も明後日もその後永く永く、酔いから覚めることはないだろう。死ぬその日まで覚めないことを望むばかりだ。
もっと私を酔わせてくれ。




