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雑記  作者: 真四知杣華
2018年2月
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求道

もう休みも一週間しかない。


この自宅学習期間なる特異な休みにおいて、私は何をできただろう。


たしかに、種々の分野においてある程度の自己研鑽はできたし、スキルアップしたと実感もある。


しかし、並一通りの高校生としての五教科、国数英理社の学習は全くといっていい程しなかった。


うーむ、果たしてこの是非はどうなのか。


勉強すること自体に慣れているかどうかが問題ならば、私は慣れていると言えるだろう。


知識量を問題にしても、今までの積み重ねのおかげで充分身についているだろう。


喫緊の問題としては、演習量だろうか。


もちろん単なる演習の量としては他を凌げるレベルでやってきたとは思う。


けれども、継続的な学習が断たれてしまった今となっては、なかなか典型的な解法へのアクセススピードが衰えてしまっているのではないか。


高校までの学習に関しては、どれだけの知識を頭にパターン化して詰め込めたかどうかだけが重要だ。未だ高校卒業には至っていない私の段階で断言するのもおかしな話だが。


高校までの学習は、非常に一般的な、人間にとっての常識だと言っていい。つまり当然培うべき知識だけなのであって、すなわち単なるこれから生きる上での基盤でしかない。


この基盤がどれだけ強固なのかによって、これからの大学、そして仕事での成否が変わってくるだろう。もちろんファクターとしては高校までの知識だけではないが、それが重要な役割となるのは確かだろう。


だから、高校レベルの知識は少なくとも八割以上すぐさま頭から呼び出せるようでなくてはならない。


そのスピードについては、やはり継続的な学習が肝だろう。


それを怠った私の罪は重い。これこそ、受験を早くに終えてしまった者の気の緩みに相違ない。


可及的速やかに学習に臨むべきだろうが、そんな気概はない。


やはり周りの目が無いと成長できないものだ。暗に突き刺さる視線が私を恐怖にいざない、私に勉強をさせていたのだ。


私は平和に居てはならない人間だ。

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