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雑記  作者: 真四知杣華
2017年9月
57/100

省察

文章を書くのは難しい。


文章とはそれ即ち全体から成り立つものであろう。その全体を構成するのが一文一文で、首尾貫徹に一文を連ねていくことに因って完成する。つまりは、その完成体に向けて試行錯誤しながら文を考えていき、文章ができる。


私にとっての問題は、完成度だ。主観で自分の書いた文章を見つめる分には、何ら違和感を感じない。自分の言わんとしているものが伝わっていると錯覚する。主観では完成度100%なのだ。


しかし、そのような完成度を誇れる絶対的な文章は書けていないとも思わざるを得ない。


私は一文一文を思いつきで書いている。いかに伝わりやすい文章を書くかについてはまるで思案していない。それでいて思いつくままに文を書いているから、論理が行ったり来たりの大混雑状態になるのは必定だろう。


でもまあ、作者が主張したいことを100%理解したり、また読者に100%理解してもらうような必要性は存在しないとも思う。文章は自分の好きなように受け取るべきだし、好きなように書いていくべきだとも思う。


ただ、しかしながら、上達の為には文章構成の改善は不可欠だ。わかりやすい文章の方が良いに決まっている。


私は、真の語彙力とは、どれだけ言葉を知っているかではなく、あらゆる状況において相応しい言葉を使える力だと思う。どこかでこんな言葉を聞いた。


 「文章を書くのが下手な人は『簡単なことを難しく書く』。文章を書くのが上手な人は『難しいことを簡単に書く』」


遍く知識水準に合わせて、適切な言葉を使う。当然のことながらなかなか難しいことだ。


人と対話する際は、その人のレベルを推量して語を扱えばいいし、その人が理解してないような感じを醸し出していたらわかりやすく表現しなおしたりすることもできる。また、表情や身振り手振りで簡単に主義主張を言えるだろう。


文章についてはそうは言えない。万人に対して開かれた形態である文章には、細心の注意を払って表現に臨まなくてはならない。冗長であってもならない。いかに簡潔に、理解しやすい文章を書けるか。なかなか難しいことであるよ。


何分文章とは恣意的に書けるものであるからこそ、その平易性は自分ではわかりづらい。全文を頭に入れている作者でしか理解できていないものになる場合も往々にして在る。


文章マスターへの道は長い。

まずは過度な逆接という譲歩的で言い訳的な冗長成分を消し去り、「もの」・「こと」をできるだけ消し去ることからはじめよう。




結局何が言いたかったんだろう。簡単なことを難しく言っている気がする。

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