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賜暇
何だか今日は目が冴えてなかなか眠れない。
久々に文章を書き連ね、睡眠導入剤として活用してみようと思う。
いつのまにかもう8月も中旬。
時が過ぎるのは早い。
またいつもの様に自堕落極まりない生活を送っている。ううむ、どうするべきか。今回は肯定的にこれを捉えてみよう。
快楽に身を委ねるのは間違いではない。
度が過ぎれば勿論問題でしかないが。
ある程度、理性の利く範疇に於いてなら、進んで向かうべき領域ではあろう。
現実世界とは乖離した、自己の欲求に満たされた空間。たまには、そこで羽を休めることが重要なのだと私は思う。
現実とは非情なものだ。現実にばかり目を向けていると、逆に現実とはかけ離れ、夢想的領域、夢現の中に居るような錯覚を覚えることがある。
はっきりと現実を見据える為には、それとは本質的に離れたところから、じっくりと観察しなくてはならない。
つまるところ、休みは重要だということだ。
ただし、休息は、終わりがあるからこそその役目を十全に果たす。終わりのない休みこそ、生き地獄に相応しい。そのような状況下で果たして生きているのかと問われたら確実に生きてはいないと思うが。
休みとは、広大かつ不明瞭なこの現実を見渡し確かめるためにある。




