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雑記  作者: 真四知杣華
2017年6月
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悔悟

久々に30分程度かけて書きまくりました。

また昔の記憶を回顧してみたくなったので、筆の乗るままに、書きなぐってみる。


あれは小学3年生のころだったか。たしか前回よりは昔だっただろうと思う。


あの頃はまさしく構ってちゃん気質で、誰にも彼にも構ってほしくて仕方がなかった。


その年代といえば、なべて皆、純粋ないじらしさが無くなり、性格が小生意気になる頃だろう。世界の中心は僕だ、とでも言わんばかりの傲慢さを小さな身に備えて。


そして、構ってもらえないときは拗ねるのだ。ぶすくれて少々怒りながら。


あるとき、二つ上の兄が、夏休みの自由研究だかでなんらかの電気回路の研究をやっていた。家族総出で兄に付きっきりだったと思う。ねえねえ、ねえねえ、と呼びかけても戻ってくる声はなく、それはそれは不貞腐れた。


そして当時の私は机の上に置いてあった豆電球をいじくりだした。その頃は何ら理科に対する素養は無く、何をどうしたら危険、などという知識は皆無だった。


そこで私はこう思っていたはずだ。この豆電球を光らせたら皆注目してくれる。見て見て!光ってるよ!なんて言ったら皆すごーいって言ってくれるだろう、と。


まあ要するに興味を引きたかったわけだ。


さて、皆の興味を引きたい私はどんな行動を取ったか。


おもむろに、コンセントへ豆電球の導線を突き刺した。


これは、必ず理科系の教科書に記載されていると思うが、ほんっとうに危険だ。絶対にやらないでほしい。正直当時の恐怖の記憶から来る危険性の誇張も含まれているだろうが、ほんっとうに危ないと思うのでやらないでほしい。


話を当時の時間軸に戻そう。


導線をコンセントに突き刺してしまった私は、光を感じた。とてつもなく眩く光っていた。


当初の目的を達成できてやったー、と喜ぶや否や、身体に衝撃を感じた。


ほんの一瞬、意識が途切れた。


気づくと、身体が後方に飛ばされていた。豆電球が爆発したのだ。


あれは、ほんとうに飛んでいたのだろうか。実のところ主観的には、何が起こったのかよくわかっていなかった。その場に居合わせた皆に聞いてもたぶん覚えていないだろうし、爆発した瞬間は全くこちらに着目していなかっただろうから、真相は闇の中である。まあ一つ言えるのは、飛んだおかげで掴んでいた導線も共にふっとび、コンセントから外れたことで、さらなる大事は免れたのだろう、ということだ。


そうして尻もちをついた後、どうしようもない恐怖を感じた。世界の中心、自身に勝てる者などいない、などど盲信していた愚か者には、この体験はあまりにも恐ろしすぎた。


人智及ばぬ力に襲われた。ここでいう人智とは、当時の私の世界観に基づくものだ。自分という最強だった者の理解の外にある力だった。


僕は最強ではない、という当然のことを、自身の行動で悟ることができたのは僥倖だったのかもしれない。傲岸不遜だった私には必要なしっぺだった。


また、幸いのところ怪我はなかった。恐怖から私は泣きじゃくった。今にして思うと、私は非常に泣き虫であった。当時の本人が泣き虫扱いされたら、怒り狂って否定しそうなものだが。


結果的に、爆発音と泣き声で、皆の注目を引くことができた。怒られたり、慰められたりした。


ここでこの結果を歪曲して捉え、危険なことをしてでも注目を引こうとする今日のYoutuberのようにはならずに済んだのは、やはり自省の念が強かったからであろう。


反省という現象が己の中で起こったとき、人格は変わるだろう。反省は今までの自身の過ちに対して疎ましく思うことに他ならない。言ってしまえば過去の自分を「殺す」ということだ。これについては以前の雑記でかなり婉曲的に少し書いたかもしれない。


そして反省についてもう一つ言っておきたいことがある。言葉に出して、反省しています。と言えば反省している、なんてことには絶対にならない。反省は己の内を変えることだ。真の反省というものは起こし難い。


真の反省を学べたのはとてもいい機会であった。反省を繰り返し、繰り返し重ねることで、まっとうな人間に昇華できるに違いない、と私は思う。




いちおう今回述べたかったことは書き終えた。が、なんとなくもう一項目言っておきたいことがある。


人間の性格の根底は変化しない。


私は、今でも、かなりの構ってちゃんであるし、拗ねやすい。


もちろん社会生活を送る上では包み隠している。それで何ら支障の出ることはないが、心中ではその必要性を訴えかけているような気がする。


そこでやはり思うのは、いくら心身が成長しようと、幼児のころ会得した欲望は残るものだ、ということだ。


人間誰しも、自分の中に幼い自分を飼っている。


時折解放させなくては、自身が壊れてしまうと思う。そんな自分を見せられるような相手を見つけられたら、それは幸せだろう。


俺は今幸せです。

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