第2章 愛憎 ~女帝に制裁を~ ②
家に居場所が無かった。だから、司に依存していったのは当然といえば当然なのかもしれない。
断言はしないけれど、司は司で、家庭に事情を抱えているらしかった。彼は父親の話を一度もしたことがないのだ。
実咲は、司との関係を「共依存」なのかもしれないと思い始めた。
(……それはそれで、いい。司が私を必要としてくれるなら)
実咲は、気づくよしもなかった。或いは、無意識的に考えることを避けていたのかもしれない。――この関係が崩れたとき、実咲自身も崩壊してしまうことを。
◇ ◇ ◇
テストが返ってきて、実咲はもちろん盛大に落ち込んだ。姉や両親になじられるのが憂鬱で、家に帰りたくない。夜遅くまでカフェで司と話をして、重い足取りで帰宅した。
玄関の靴を見るかぎり、両親はまだ帰ってきていないようだった。だけど、姉と、どうやら来客が1人いるらしい。
「ただいま」
「実咲ちゃん。お久しぶり。お邪魔してます」
「彩女さん! こんばんは」
来客は、怜奈の友人の桃井彩女だった。彩女は、帰宅した実咲に微笑みながら軽く会釈をしてくれる。ソファに座って行われるその仕草は実に優雅で、実咲は毎回のように見とれてしまう。
(うわー、やっぱ彩女さん超キレイ。っていうか、しばらく見ない間にさらにキレイになった!?)
彩女は、小椋家と家族ぐるみのお付き合いをしている。春日井学園はエスカレーター式の学校で、小学生時代からずっと、3人とも内部進学しているのだ。だけど昔から、そのお嬢様すぎる彩女の風貌と言動に、年下の実咲は近づくのを遠慮していた。一方で、怜奈と彩女は同い年の大親友だ。同じクラスになる確率も高く、高校3年生の今も運良く同じクラスらしい。
彩女は美人で有名だ。栗色でふわふわの巻き毛に、優しげな目元、つやつやの小さい唇。そしてなによりも、政治家の娘というだけあって、纏うオーラが抜群だ。そのカリスマ性は、例えて言うならば、「速水 司・女性バージョン」のような感じ。怜奈によると、クラスでもそのリーダーシップを遺憾なく発揮しているのだとか。
(うーん、やっぱり、腑に落ちない。なんでこんな物腰柔らかで品のある人が、うちの姉なんかと仲がいいの)
「あら、実咲ちゃん、どうしたの? ……やだ、私の顔に何か付いてる?」
「えっ!? あっ、ち、違います! ごめんなさい!」
あまりの美しさに、彩女のことを凝視してしまっていたようだ。実咲は恥ずかしくなって、慌てて他の言葉を探す。
「あ、彩女さんって、そんなにキレイなら、絶対街でスカウトとかされたことありますよね」
彩女はふふっと笑った。
「どうかしら? でも、2年生で外部から来た子で、モデルしてる子がいるって有名じゃない。確か……『アカネちゃん』、だったかしら?」
「あ、香取 茜ちゃん」
「そうそう、香取さん。クラスの男の子達が2年生の教室に見に行って、可愛いって騒いでたわ」
確かに、香取さんはずば抜けて可愛い。司と相当お似合いで、付き合ってるんじゃないかって、実咲も長い間やきもきさせられた。だけど実咲は、「キレイ系」の女子の方が好きだった。
「彩女さんの方がキレイです」
「あら、そう? でも、怜奈もキレイよ」
「お姉ちゃんは別に……」
「どういう意味よ」
怜奈がジト目で実咲を見た。
(お姉ちゃんもまあ、そこそこ美人だけど、中身が伴ってないから)
「そういや彩女、実咲に彼氏できたのよ」
「そうなの!?」
このタイミングでそんなことを言うなんて、やはり嫌味にしか聞こえない。怜奈の腐った性根に、苛立ちを通り越して、実咲は呆れを感じてしまう。
「実咲ちゃんもついに……!」
彩女は目を輝かせて、実咲の話を聞きたがった。だけど怜奈の耳にもそれが入ってしまうのが嫌で、なんとか話を切り上げて、実咲は自分の部屋へ入った。
「ふぅ……」
(とりあえず、彩女さんが来てくれてたおかげで、お姉ちゃんからテストの追求は免れられた)
夜ご飯もカフェで司と食べてきたし、する事もない。
(暇だ……)
ベッドで横になるとだんだん眠くなってきて、司にLINEを返さなきゃ、と思いつつも睡魔に勝てない。
夢と現実の間で、リビングから話し声がなんとなく聞こえてくる。
「……そういえばこの前、泉美が街で歩いてるのを見たのよ」
「1人で?」
「いや、あいつとね」
「……ああ、……更科か」
そこで眠りに落ちてしまった茜は、2人の会話をそれ以上聞くことはできなかった。