第1章 序幕 ~お嬢様は魔王がお好き~ ③
「私、速水くんに告白する!」
勉強会という名の女子会で、実咲は唐突に宣言した。
実咲はクラスで、3人組のグループに所属している。気が強くて恋愛経験豊富なミカと、おっとりしていて癒し系のチエ。常にこの2人と行動を共にし、今日の勉強会ももちろんこの2人と、ミカの家で行っている。
「速水くんと実咲、最近めちゃくちゃ仲いいもんね。全然、無謀な挑戦じゃないと思うよ。1年生の時と比べたら『進歩』って言葉もいいところだもん」
そう言ったのはチエ。チエはあまり男子と積極的に話すタイプではなく、実咲と司のやりとりを毎日のように傍観している。1年生のときも実咲と同じクラスで、実咲が司を好きだということを知っていたが、まさか今年2人の仲がこんなになるとは思ってもいなかっただろう。
「LINEもたくさんやり取りしてるんでしょ?」
「うん……一応はね」
「実咲的には、『いけそう』って予感めいたものがあるんでしょ?」
「…………うん」
実咲は、嘘はつかなかった。脈はあると思っている。そうでなければ告白しようだなんて思うわけないのだ。ただ、やはり不安なものは不安なわけで。こうやって、友人に意見を乞うてしまう。
「ミカはどう思う?」
実咲は、それまで口を挟んでこなかったミカにも話を振った。ミカは、1年生時は別のクラスだったものの、実咲の中学時代からの知り合い。経験豊富で情報通な彼女は、こういう時に本当に頼りになる。実咲は今回も、的確で鋭い彼女のアドバイスを期待していたのだが……。
ミカは何度か言いかけてやめるのを繰り返し、逡巡しているようだった。
そして、しばらくして彼女の口から出てきたのは、思いもよらない言葉だった。
「……あたし、速水と香取さんがしゃべってるとこ、見た」
「…………え」
実咲は、数秒間静止した。
「香取さん」が誰のことを指しているのかわからなくて、必死に頭を回転させる。
「香取さんって……。でも、顔知らないし、何組なのかも知らないって速水くん言ってたから、あの噂はデマ……」
「図書室で、隣の席に座って話してた。『香取さん』って名前呼んでたし。あれは普通の友達同士の雰囲気じゃないと思う」
「……うそ……」
(まさかホントに、香取さんと……)
実咲は、血の気が引いた。突然視界が暗くなり、胸の奥がざわついてくる。頭の中には、学年一の美少女ともてはやされる「香取さん」の明るい笑顔が映し出されていた。何より一番ショックなのは、司が自分に嘘をついているかもしれない、ということだった。
「どうしよどうしよ!? ホントに速水くんが香取さんと付き合ってたら、勝ち目なんてゼロに等しいよ!?」
「そんな……世の中顔じゃないよ」
「顔だよ! 世の中、顔!」
諭そうとするチエに、取り乱して反論する実咲。「香取さん」の姿と、そしてなぜか姉の姿も頭の中にちらついて、実咲はなんだか泣きそうになってくる。
「速水くん、何考えてるんだろう。……あっ! ね、ねぇ! ミカが図書室で2人を見たのって、いつ!?」
「え? き、昨日だけど」
「それなら…………」
あの日。司が、「香取さんを知らない」と言っていた日は……一週間ほど前。それならば、昨日図書室でたまたま香取さんの隣の席になり、知り合った……という可能性は充分考えられる。司が何かしら嘘をついているとは断言できないし、そもそも、どうして司がそんな嘘をつく必要があるのだろう。
「たぶん、ミカの思い過ごしだよ」
「まぁ……そりゃ、チューとかギューとかしてたわけじゃないし、ただ話してただけだから、恋人同士だって言い切るのには無理があるけどさ? でも、あたしには少なくとも、『昨日知り合ったばかり』には見えなかった。……それにさ、おかしくない? モデルやってるような超有名美少女だよ? 『顔知らない』だなんてなかなか不自然だと思わない?」
ミカの正論に、実咲は、ついに何も言うことが出来なくなってしまった。
香取さんは雑誌のモデルをしている。
脈があるかも、なんて。1人で浮かれていた自分が浅ましくて、笑えてくる。
「……そーだよね。普通に考えて、速水くんみたいなカーストの違う人、私なんかを好きになるわけないよね」
(……でも、だったら、今まで私が見てきた速水くんはどうなるの。大した取り柄もない私のこと気にかけてくれて。私は、そんな優しい速水くんが好きなのに)
行き場を無くした感情が、実咲の心を切なく焦がす。司を想うだけで、実咲は目の奥が熱くなる。それを彼は知る由もないのだと思うと、更に泣けた。
「期末テストが終わったら、一度遊びに誘ってみたら? そこで、速水くんの本心を探ってみようよ」
チエが落ち着いた声で提案した。いつもの実咲なら拒否してしまいそうな申し出だけど、実咲には覚悟があった。
「うん、誘ってみる」
ミカも、実咲を見すえて頷く。
司を、知りたい。
その気持ちさえあれば、いまの実咲は何でもできる気がしていた。