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第3.5章 少女の恋 ①


 泉美は、夏休みを利用して、ある絵画コンテストに作品を数点出品した。そのうちの1つが見事賞を獲得し、美術教師から声をかけられ、定期的に授業外で絵の指導を受けられるようになった。少しずつ夢に近づいているような気がして、泉美はさらに芸大進学への意欲を高めていた。


◇ ◇ ◇


 2学期が始まってから数日。学園は文化祭真っ只中。泉美は、もちろん彩女と怜奈の3人で校内を回っていた。

 模擬店で買ったチュロスを頬張りながら、3人は例によって例のごとく恋バナに花を咲かせる。


「夏休み中、更科くんと進展は?」


 彩女に向かってそう言ったのは怜奈。いつだって、恋バナの始まりは怜奈なのだ。一方の彩女はリップを塗りなおしながらうーんと首を傾げた。


「ん〜……。ずっとLINEは続いてるけど、当たり障りのない会話ばっかりで、いまいち人柄が掴めないのよね。やっぱり一度2人きりで出かけてみたいわ」

「お〜! 早速明日の文化祭終わりにでも誘ってみたら!?」

「いいわね、そうしようかしら」


 盛り上がる2人の会話に、泉美は感心しっぱなしだった。


(す、すごい……。好きな人のこと、そんな簡単に誘えちゃうんだ!?)


 私には絶対真似出来ない、なんて考えながら一生懸命チュロスを頬張っていると、いつの間にか話の主役は泉美になっていた。


「泉美は、どう? 夏休み、イイ人と出会えた?」


 彩女に問いかけられ、泉美は困ったように眉根を寄せた。


「ううん……私、2人みたいに積極的に人と関わるタイプじゃないし、そういうの、まだまだ先かなぁってかんじだよ」

「えー、いつも言ってるけど、ほんとにもったいないなぁ」


 そう抗議したのは怜奈だった。


「恋したほうが楽しいし、可愛い泉美がさらに可愛くなれるチャンスだと思うよ!?」

「そうよ。泉美、絵と食べ物にしか興味ないみたいだけど、もっと自分の魅力に気づきなさい。色々と損してるわよ」

「そ、そうでしょうか……」

「そうだよ! ……うちのクラスだったら、ほら……芦屋なんてどう?」

「あ、芦屋くん……」


 泉美は顔をひくつかせた。正直、芦屋こと芦屋雄大は男の子の中でも苦手中の苦手。さっきだって、クラスの出し物が喫茶店だからか、泉美にメイド服のコスプレを強要してきた。これまでにも、やたら個人情報を聞き出そうとするLINEが芦屋から執拗に送られてきたり、ことあるごとに泉美に構ってきたり。最初はうんざりしていた泉美だが、最近は芦屋に恐怖すら感じるようになっていた。


「芦屋くんはちょっと……」

「まぁ、いつもちょっかいかけられてて毛嫌いしてるかもしれないけどさ、芦屋は確実に泉美狙いだから。思いきって、心を開いてみてもいいかもよ。意外と上手くいくかもしれないし」

「そうね。別に芦屋だけじゃなく、他にも泉美と仲良くしたいって男の子、多いと思うから。ちょっと視野を広げてみてもいいんじゃない?」


 泉美はますます困った顔をした。


(う〜ん……)


 どうしても、男の子というものに興味がわかない。かといって、女の子をそういう目で見ているというわけでもなく。


(彼氏とか、ほんとにできるのかな……)


 司は今の彼女と順調のようだし。彼に馬鹿にされないためにも、ちょっと頑張ってみようかなと思いつつ、まだ友達とおいしいお菓子で満足だ、と思う自分も自覚した。


◇ ◇ ◇


 彩女と怜奈が委員会の仕事の方へ行ってしまい、1人になった泉美はクラスの喫茶店のヘルプをしていた。

 喫茶店は予想以上の盛況で、シフトに入っている人数では人手不足だったらしく、ヘルプに来た泉美は大いに感謝された。芦屋もいないようだし、泉美は張り切って接客をした。


「ご注文は何になさいますか?」


 台本通りの台詞で接客していく。人と関わるのは苦手だけど、こうやってカフェの店員になりきるのはまるでバイトをしているようでちょっと楽しい。泉美はお客である女の子2人組から注文を取り、それをキッチン担当のクラスメイトに伝えた。


「更科くん、アイスコーヒー2つ!」


 キッチン担当の更科秀明は元気に返事をし、アイスコーヒーを作り始めた。


「志野先輩!」


 コーヒーを待っているあいだ、泉美はお客の女の子2人に声をかけられた。初対面であるはずの2人組に名前を呼ばれ、泉美はびっくりして目を丸くした。


「えっと……何でしょう?」

「写真、一緒に撮ってもらってもいいですか!?」


 敬語ということは、この子たちは春日井学園中等部の生徒だろうか。合同で文化祭をしているのだからここに来ていてもおかしくないのだけれど……。泉美は、下の学年の子に名前を知られていることが何よりも驚きだった。


「えっと……、いいよ」

「ありがとうございます!」


 戸惑いつつ承諾すると、女の子2人組はぱぁっと表情を明るくした。


「はい、チーズ!」


 シフトに入っていたクラスメイトにシャッターを切ってもらう。女の子2人に挟まれるようにして、泉美はぎこちない笑みを浮かべピースをした。


(こっ、こんなかんじでいいのかな!? なんか、申し訳ない……)

「うわわ、本当にありがとうございます!」


 スマホで写りを確認しながら、女の子が感激したようにお礼を言った。


「志野先輩いたらラッキーだね、って言いながら来たんですけど、まさか本当にいるとは思ってなくて! めちゃめちゃ嬉しいです!」

「ヤバい、近くで見ても美人すぎです!」

「この写真みんなに自慢します! 次の球技大会でも撮ってもらっていいですか!?」


(えっ、ええっ!?)


 矢継ぎ早に女の子たちからそう言われ、泉美は冷や汗が出るほど戸惑って焦った。


◇ ◇ ◇


「志野さん」


 シフト交替の時間になり、それに合わせて泉美もヘルプを終えた。彩女たちの委員会の仕事が終わるまでどうしようか教室の隅で思案していると、誰かから声をかけられた。


「更科くん。どうしたの?」


 言いながら、泉美は少なからず驚いていた。今まで3人で恋バナをするときはさんざん話題にしていたものの、実際に更科秀明と話すのはこれが初めてなのだ。それに、彼のほうから話しかけられたことにも驚いていた。


「ヘルプありがとう、お疲れ様。これ、ささやかなお礼」


 爽やかな笑顔とともに秀明が差し出してきたのは、ミルクティーだった。


「あ、ありがとう」


 ちょうど喉が乾いていたのを見透かされたようで、泉美はさらに驚いた。素直に受け取って飲んでみると、少し甘めのまろやかな紅茶が喉を潤した。


「あ、甘い……。私、甘いの大好きなの」

「そんな感じするから、甘いめの作ってみた。大当たりだね」


 秀明が笑う。その屈託のない笑顔に、泉美は、この人が女の子たちにキャーキャー騒がれている理由をなんとなく理解した。


「もう、大体出し物回った?」


 秀明に問いかけられ、泉美は頷く。


「うん。……あ、でも、お化け屋敷だけ人気すぎて整理券取れなくて。明日、朝一で取りにいくつもり」


 内部進学生である彩女と怜奈によると、お化け屋敷は毎年大人気なのだという。明日は何が何でも整理券をゲットしよう、と3人で計画していた。


 秀明は、そうなんだ、と頷き、しばらく沈黙した。泉美もどうしていいか分からず、必要以上に紅茶を口に運んでいた。だけど彼女の目には、彼が何かを言うか言うまいか逡巡しているようにも見えた。


 やがて、意を決したように、秀明がまっすぐ泉美を見た。


「俺、整理券持ってるんだよね」


 言って、彼がズボンのポケットから取り出したのは……たしかに、お化け屋敷の整理券。「14:30〜」と書いてある。


「……一緒に行かない?」


 泉美は、固まった。


(なっ……なんで!?)


 どういう流れでそうなるの!?


 どうしていいのか分からず視線を泳がせる泉美と、唇を固く結んで、奇妙な表情をしている秀明。


(えっと……、えっと……!?)


 どうするのが、何を言うのが正解なのだろうか? 混乱する頭をフル回転させ、ない知恵を絞って、泉美はやっと口を開いた。


「えっと、あの……彩女と怜奈と、3人で行くって約束してるから……、私だけ先に行くのはちょっと……」


 しどろもどろになりながらも、泉美はなんとかそう言った。突然のことで困惑し、心臓がバクバク言っているのが収まらない。それでも、まだ残っていた脳の冷静な部分で、彼の誘いに乗るのは間が持たないだろうし、なにより彩女に対して失礼すぎるという判断をすることができた。

 ……そうだ。忘れちゃいけない。彩女はこの人のことが好きなのだ。今、自分がこうやって彼と話していることすら、彩女にとって気持ちのいいことではないかもしれない。

 自分の使命はむしろ、この人の気持ちを彩女に向けることだ。


 ようやくその考えに至ることができ、泉美はやっと心を落ち着けることに成功した。

 肝心の秀明はというと、泉美の返事を聞いて、苦い笑みを浮かべた。


「そうだよね。ごめんね、突然」

「ううん、私の方こそ」


 再び、気まずい沈黙が降りる。


「それにしても、すごい人気だね」


 しばらくして秀明がそう言ってくれて、ようやく話題を見つけることができた泉美は、大げさほどにぶんぶんと頷いた。


「ねー! 優秀賞狙えそうだよね」

「え、何が?」

「えっ、喫茶店のことじゃないの?」


(……もしかして会話、噛み合ってない!?)


 泉美も秀明も、目をぱちくりさせていた。


「……えっと、俺、志野さんのことを言ったつもり」


(……っ!)


 一気に、泉美の顔が赤く火照った。


「にっ、人気なんてそんな……」

「でも実際、志野さん目当てで来てる子多かったよ」

「そんなこと……!」


 うつむいてぶんぶん首を横に振る泉美に、秀明は面白そうに続けた。


「間違いなくあのアイドルグループの総選挙1位だろうね」


 赤面しながらも、泉美は吹き出してしまった。


「俺は志野さんのためにCD10枚買ってもいい」

「更科くんっ」


 恥ずかしいのだけれど不覚にも面白くて、泉美は素直に笑い声を上げた。


(すごく意外! こんなに面白い人だったんだ!)


 この人が女の子に人気がある理由は、外見だけじゃないのかもしれない。泉美はそう納得した。


「……あ、そうだ! 志野さん、たしかこのあいだ絵のコンテストで賞取ったんだよね。あの絵、ポスターになってるの見かけたんだけどすっごく良かった。俺の好きな絵だった……って、ド素人の俺に評価されても嬉しくないかもだけど」


 思い出したように秀明がそう言ったので、泉美は再び驚いた。自分の絵が評価されることは、彼女にとって純粋な喜びだ。でもまさか、クラスメイトの秀明がこんなことを言ってくれるなんて。


「そんなことない、すっごく嬉しい!」


 心からの気持ちだった。

 笑顔でそう言った泉美に、秀明も満足そうに微笑んだ。


「良かった。……じゃあ俺、むなしく野郎だけでお化け屋敷行ってきます」

「あっ……、いってらっしゃい!」


 教室から出ていく彼の後ろ姿を見送りながら、泉美は愕然とした。


(……どうしよう)


(『お化け屋敷、一緒に行きたい』って言いそうになった)




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