第2.5章 少女の出会い ①
入学式から一週間。女子たちは独自のグループを形成し始める。
人見知りな性格が災いして、泉美はなかなか初めの一歩を踏み出せずにいた。
(せっかく憧れの学校に入れたのに……)
自分の内気さに、自分で落胆してしまう。泉美は、仲の良い子の前では気さくだが、初対面の人の前では緊張してしまうという、典型的な人見知りだった。
自分の席で、話しかけられるのを待つ。やっと話しかけられたと思えば、それは男の子だったり、ようやく女の子と話せたと思えば、うまく話題を膨らませられなくて。泉美は、ひたすら笑顔を貼り付けながら、けれど内心は疲れきっていた。
(だめだこんなんじゃ……)
朝起きて、「今日こそは!」と意気込む。だけどいざ教室に入ると、途端に決心が鈍ってしまう。そして何も出来ず、帰ってからその日のことを後悔する毎日を繰り返していた。
(変わらなくちゃ)
せっかく、環境が変わったのだから。
明日こそ。そう思って、泉美は眠りについた。
そして、ある日のお昼休みのこと。
ずっと1人でお弁当を食べていたけれど、泉美は、今日こそ自分から誰かを誘ってみようと決心していた。女の子たちの輪が教室にぽつぽつ出来ていくなか、泉美は立ち上がって深呼吸する――そのとき、だった。
「ねぇっ、あなた、どこの中学?」
「美人すぎ! 見とれちゃうよ〜! ずっと話しかけてみたかったんだ!」
突然、女の子二人組が目の前に現れて。泉美は目をぱちくりさせた。
「えっと……」
不意をつかれたので、どぎまぎしてしまう。だけどなんとか口を動かし、やっとの思いで「水々丘中学」とだけ答えた。
「へぇ〜! あのあたり住んでるんだね!」
泉美から見て右に立つ、豊かなロングヘアの女の子が言う。人当たりのいい、優しい笑顔。まるで、明らかに人見知りを発動している泉美をなだめるようでもあって、泉美は少しだけ心が落ち着いた。
「私達二人とも、内部進学の幼なじみなの。あなたが教室に入ってきたときから、あなたのこと気になってて、話してみたいなぁって二人で言ってて。近くで見ても、ほんとに美人ね」
泉美から見て左の子がそう言う。照れくさい気がしながらも、あなたこそ本当の美人さんなのではないか、と、泉美は心の中でつっこんでしまった。いかにもお嬢様らしい言葉遣いや仕草。さすが春日井学園という感じである。それに確かこの子は、学級代表にも自ら立候補していた。堂々としていて気持ちのいい子だなと、泉美も気になっていたのだ。
「ねぇ、よかったら、一緒にお昼食べない?」
はっとして見ると、二人とも手にランチバッグを提げている。緊張していたから気付かなかったのだ。
願ってもない申し出に、泉美は目を輝かせた。
「うん!」
そばにあった机をくっつける。
「……ふたりとも、名前、教えてもらってもいい?」
三人で向かい合うようにして座りながら、泉美はおずおずと尋ねた。
「小椋怜奈。怜奈って呼んで!」
右側の子が、相変わらず優しい笑顔でそう答えた。
続いて、左側の子も、優雅な笑みを浮かべて自己紹介した。
「桃井彩女よ。よろしくね。……あなたは、泉美ちゃん、よね」
「うん! 志野泉美っていいます。よろしくお願いします」
怜奈と彩女は、とても話しやすかった。二人ともお嬢様で、彩女はなんと、政治家の娘で……。気詰まりを感じたり、共通の話題が無かったりするのでは、と泉美は危惧したが、それは杞憂に終わったようだった。いつの間にか、泉美はその二人と居るのが心地いいと感じるようになっていた。そして、幼なじみとして二人で行動していた怜奈と彩女も、泉美という新しい存在を受け入れてくれて、6月頃には、三人で居るのが当たり前になっていた。
(二人が居てくれて、本当に良かった)
二人のおかげで、春日井学園にも詳しくなることができた。二人の存在が、泉美に「憧れの高校生活」をもたらしてくれた。
泉美の毎日は、眩しいほどにきらきらと輝いていた。
◇ ◇ ◇
「泉美、毎日楽しそうだね」
学校が休みの、とある6月の日曜日。適当につけたテレビを見ながら朝ごはんを食べていると、弟の司がにやにやしながらそう言ってきた。
「司も、来年になったらわかるよ」
ふふっと鼻を鳴らしながら、泉美はフレンチトーストを頬張った。自分で作ったものとはいえ、なかなかの出来栄えだ。卵と蜂蜜が絶妙な具合でマッチして口の中で広がり、かなり美味しかった。
「そろそろ受験勉強しなくちゃな〜」
「ん〜、司なら部活引退してからでもいいんじゃない?」
陸上部の司は、短距離走でかなり活躍している。泉美は中学三年生のとき、司が何度も表彰されているのを見ては誇らしい気分になっていた。でも司自身は、部活はそんなに全力を注いでいるわけではないらしい。なかなか憎らしい弟だ。
「司は、行きたい高校とかないの?」
「高校かぁ……。なんか、どこ行っても一緒ってカンジするけどなぁ」
そんなことを言いつつ司は、めちゃくちゃ頭がいい。我が弟ながら、その完璧超人さに、泉美は羨望を通り越して呆れてしまう。
「あっそ……」
「ま、とりあえず公立かな」
司がそう言うのは、当然と言えば当然だった。泉美が、家計的にかなりの無理をして私立高校を専願したからだ。
「ごめんね、司の選択肢を狭めちゃって」
「だから、そのことは気にしてないって。俺、泉美が春日井に受かって本当に嬉しかったんだよ。それに俺、公立行って自分のペースで勉強して、国立大行くし。たぶん、そっちの方が俺には合ってる」
(司……)
司は昔から、自信家だ。迷いのない表情で言い切る彼のことを、もしかしたら嫌う人もいるかもしれない。だけど泉美は、自分の能力を把握して、そしてそれを周囲に主張することができる賢い司が、誇らしくて仕方がなかった。
「……司って、学校で相当モテてるでしょう?」
何の脈絡もなく(彼女の中ではあるのだが)そう言った泉美に、司はこれ以上なく迷惑そうな表情をした。
「何言ってるの、急に」
「あんまり司からそういう話聞いたことないから、この機会に教えてよ」
「俺、そういうの興味ない」
司はプイっと顔を逸らしてしまった。
(あらら、司って……)
意外にも、恋愛沙汰は苦手なのかもしれない。
弟の可愛い一面を見つけて、泉美はくすりと笑った。