第七話 二回目の兄妹喧嘩
「ここ、は……」
夢から覚めたアルフの目に入ったのは、血の海でもワイバーンの死骸でもなく、見慣れた天井だった。
「俺の、部屋?」
アルフが目覚たのは自室だった。しかしアルフには自室に戻った記憶がない。アルフは自分で作り出した血の海に倒れた筈だ。そこまで考えて胸の辺りに重みを感じる。
「すぅ……すぅ……」
「……ルンネ?」
自分の胸の辺りで寝息を立てているルンネの犬耳を無意識にモフりながら、アルフは自分が自室で寝ているのは、何らかの方法で自分が居ない事に気付いた母さんに回収されたのだと考えた。
だとしてもルンネが寝ている理由は解らないのだが。
「お兄……お兄様……」
「……心配してくれてるのかな?」
アルフは自分を呼ぶ声を聞きながら、守りたい人を守れた事を実感する。本来の歴史通りならルンネは既に居ないからだ。
「にゅぅ……むぅ……」
「ん? 朝日か。気絶してたのは二、三時間ってとこか?」
アルフが意識的にルンネの犬耳をモフっていると、部屋に朝日が差し込み始めているのに気付く。
アルフは気絶していた時間が短かった事に安堵していた。魔力が枯渇した訳でもないのに、一日以上寝ていたのでは格好がつかないと思っているからだ。
(幸せだなぁ……平和だなぁ……)
アルフはルンネの耳をモフる事が平和の象徴だと言わんばっかりに、ルンネの耳をモフり続けていた。
しかしそんな事をし続ければ当然起きる出来事がある。
「うにゅ……?」
「あれ? 起こしちゃった?」
耳をモフられ続けられたせいかルンネがゆっくりと目を覚ます。
最初こそ寝惚けていたルンネだが、アルフを見ると一気に意味を覚醒させ、アルフに飛び付いた。
「お兄様!」
「ぐぇっ!?」
アルフが情けない声を出したのは仕方無い事だろう。なにせルンネは身体強化魔法を使って、文字通り全身で喜びを表現しているのだから。
「お兄様、お兄様だ。良かった、良かった……」
「ルン、ネ……く、首ぃ……」
仲の良い幼馴染みで妹分のルンネに抱き付かれると言うのは、アルフにとっても歓迎すべき事態だ。
しかし今のアルフは喜ぶ余裕は一切なかった。
理由はルンネが身体強化魔法を使っている事にある。ルンネが身体強化魔法を使ってなければーー次元を越えて壁を殴る音が聴こえる程度にはーー微笑ましい光景だ。
しかしルンネが身体強化魔法を使っているこの状態は、アルフからすれば巨漢のプロレスラーに首を絞められている状態に等しい。
しかもルンネには身体強化魔法を使っている自覚が無いのでどうしようもない。
「……お兄様? お兄様!? し、確りして下さい! お兄様! お兄様ぁ!」
ルンネの慌てた声を聞き、一日に二度も気絶するのは兄貴分としてどうなんだろう。
そう思いながらアルフの意識は落ちていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ーーなるほどね」
ルンネの拙いながらも必死の回復魔法で意識を取り戻したアルフは、自分がワイバーンの所で気絶してからの事をルンネに聞いていた。
ルンネによると、アルフが居ない事に気付いたリーナはフランと共にアルフを探しに出たらしい。直後に大規模な魔法を感知したリーナは魔法の発生源に向かい、アルフを見つけたとの事だった。
そしてアルフの推測とは違い、アルフがワイバーンの所で気絶してから一日が経過がしているそうだ。
「なるほどね、じゃないですよ! なにをしたのか解ってるんですか!?」
「ご、ごめん。謝るから、ね?」
ルンネはアルフが一人でワイバーンに挑んだ事に怒っていた。アルフが危険を冒す必要がないにも関わらず、ワイバーン十匹と戦うという危険を冒したからだ。
危険な事は大人に任せておけばいい、アルフが戦う必要は無いとルンネは思っていた。
一方アルフは、あれはどうしても必要な事だったと思っている。そうしなければルンネは死んでいたからだ。
しかしルンネはそんな事は知らないし、知らせるつもりも無かった。
「では、もうしませんか?」
「そ、それは……」
アルフは頷く事が出来なかった。
今後も戦う事になるだろうし、切り札である闇属性魔法を使う事もあるだろう。
そして闇属性魔法を使わない時はともかく、闇属性魔法を使う時は一人で戦うつもりだった。アルフは自分が闇属性魔法の使い手である事を本来のアルフ以外に話すつもりはないからだ。
一人で戦う以上は常に危険が付きまとう。アルフはルンネに、危ない事はしないとは嘘でも言えなかった
「お兄様?」
ルンネはそんなアルフを見て、一切反省していないと感じた。
だが言えば解ってくれるとも思っていた。
「……ごめん」
「……お兄様?」
「たぶんまた同じ様な事をすると思う」
アルフは嘘を言うつもりはなかった。かといって「ルンネが死ぬ未来を変える為にやったんだ」とも言えない。普通なら頭がおかしくなったと思われるし、良くてもふざけていると思われるのが関の山だからだ。
だから事実を伝えた。それが最善の判断だと信じて。
「何故、ですか?」
「それは……言えない」
「……私にも、ですか?」
「ごめん」
沈黙が部屋を支配した。
ルンネはその沈黙からアルフからの明確な拒絶と、疎外感を覚えた。
それはルンネにとって今まで経験した事のない事だった。
「解ってない……」
「え?」
「お兄様は何も解ってない!」
ルンネはそう言うと部屋を飛び出していった。
「ルンネ?」
アルフはルンネを追うことが出来なかった。身体が動かない訳ではない。自分にはルンネに声を掛ける資格がない様な気がしたのだ。
「……解ってない、か」
アルフは自分が読心術が得意だとは思ってない。かといって難聴だとも鈍感だとも思ってない。
アルフはルンネがどういう思いでその言葉を発したのか、何となく察する事が出来た。
(だからってどうしようもないんだよな……)
アルフはルンネがここで寝ていた事から、半日はルンネが自分を看病してくれていたと考えていた。
そこからルンネがどれだけ自分の事を思ってくれていて、心配してくれているのかなど考えなくても解る。
だが、どうしようもないのも事実だ。
これからいくらでもアルフは危険を冒す必要があるし、その度にルンネは自分の身の安全を心配するのだろう。
それなら自分がルンネに嫌われる事で、ルンネが自分を心配する必要をなくしてしまえばいいと思ったのは、アルフにとっては自然な発想だった。
「二回目の兄妹喧嘩になりそうだな」
アルフとルンネが兄妹喧嘩をしたのは幼い頃に一度だけで、それ以降は非常に仲が良かった。
だがアルフはこの意見のすれ違いが兄妹喧嘩になると思っていたし、無理やりにでも兄妹喧嘩にするつもりだった。
「仲直り……しない方が良いよな」
アルフはルンネとの二回目の兄妹喧嘩に、仲直りと言う結末は考えていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「団長、これどうします?」
「ここに来てまで団長はやめてくれ」
「規則ですから。で、どうするんです?」
「どうするべきか……我が息子ながら対処に困るな」
村の広場で相談する鎧姿の二人の男。彼らの目の前にはアルフが討伐したワイバーンが山の様に積まれていた。
鎧姿の男はそれぞれアルフとルンネの父親である。
魔術的な意味を持つ装飾の入った鎧に身を包む金髪の男は、アルフの父親であるヒース・セイクリートだ。そしてこのルフト高原一帯を統治する領主でもある。
装飾こそないものの確りとした作りの鎧に身を包むのは、ルンネの父親であるアレンだ。
彼らは王国騎士団の任務でリゲン村を離れていたが、任務終了に伴い妻子の待つリゲン村に帰って来たが、帰って来て直ぐにワイバーンの処理にあたる事になった。
理由としてはいくつかあるが、一番の理由は放っておくとアンデット化するからだ。
次点に高価で強力なワイバーンの素材を文字通り腐らせるのはもったいない事が上げられるだろう。
「取り合えず解体しますか?」
「気の遠くなる話だが……仕方無いな」
二人は解体用のナイフで手際よくワイバーンを解体していく。
ワイバーンはその全身がなにかしらの素材として使用でき、牙や爪は武器に、鱗は防具に、血は魔法媒体にと言った具合に捨てるところのない魔物だ。
「これだけの肉は村では食べきれませんね。売りますか?」
「ワイバーンの肉か。確かに高級食材だが……鮮度が大事だからな。無理だろう」
ワイバーンの肉は王族でも滅多に食べれない超高級食材だ。
二日目に風味が落ち、三日目には腐り始める特殊性が、ワイバーンの肉を超高級食材足らしめている大きな理由だ。
勿論の事だが味も高級食材の名に恥じぬ物である。その味は日本で言うなら鶏肉が最も近いが、その扱いに関してはテレビでよく見る様なA5ランクの霜降り肉と言う扱いが最も近いだろう。
「では素材の方は?」
「うちの村には鍛冶屋がないからな。取り合えず倉庫にでもいれて置いてくれ」
「魔法媒体の方も同じで良いのですか?」
「そうだな、ある程度は取り分けておくか。リーナが使うだろうし……いやアルも使うのか?」
「私に聞かれても困りますよ」
「それもそうだな」
彼らは話をしながらも解体を続けていた。そして半分ほど解体したところで、無色透明でひし形をした宝石の様な石がヒースの手によって取り出される。
「魔石はリーナが使うだろうな」
「アルフ様も使うでは?」
「ふむ、そうだな。一つ渡しておくか」
ヒースが取り出した無色透明でひし形をした宝石の様な石は魔石と言う。魔石は地中から採掘される物もあるが、魔物からも取る事が出来る。全ての魔物が魔石を有している訳ではなく、強力な魔物のみが心臓の近くに魔石を有しており、ワイバーンも魔石を有している魔物だ。
魔石は魔力が結晶化した物であり、見た目は綺麗な宝石にしか見えないが、強力な魔法媒体で、一度消費した魔力も効率こそ悪いが充填する事ができ、再利用が可能な数少ない魔法媒体でもある。
またその色は属性により異なっており、形はひし形が基本である。
「ん? あれはルンネではないのか?」
「そのようですね。ルンネ、アルフ様はどうしたんだい?」
屋敷でアルフの様子を見ている筈のルンネが、近くを通ったのを不信に思ったアレンが声を掛けた。
「お父様、ヒース様、お疲れ様です」
「ありがとう。うちの息子の様子はどうかな?」
「……大丈夫な様です」
大丈夫と言うルンネに更に不信感を抱く二人。ルンネとアルフは殆どの時間を二人で過ごしており、別々に過ごしている事は珍しいからだ。
「それでは失礼します」
「あ、あぁ」
何となく嫌な感じがして、特になにも聞かず引き下がる二人。
恐らくそれは本能的な物だったのだろう。解体作業とは全く関係ない汗をうっすらとかきながら、ルンネを見送っていた。
「アレン、ルンネから怒ってる時のリーナと同じ気配がしたのだが……気のせいか?」
「……気のせいではないかと。自分も似たような気配を感じました」
「……」
「……」
「喧嘩か?」
「喧嘩でしょう」
触らぬ神に祟りなしと言わんばっかりに、この件にかんしては一切関わらない事を決める父親二人。
彼らは王国騎士団随一の騎士なのだが、そんなことは関係ない様だった。
「そう言えばアレン」
「声が上ずってますよ? なんですか?」
「気のせいだろう。それよりも、これはアルがやったんだよな?」
ヒースはワイバーンを指差しながらアレンに問う。その顔は真剣その物だった。
「自分はそう聞いています」
「あの話、どう思う?」
「シュトラール公爵家からの話ですか? 魔法は専門外なのでなんとも言えませんが……アルフ様に話すのも悪くはないかと」
「呪いに関してアルが何か知ってるとも思えんが……親友の頼みだからな、出来る事は全てしておきたい」
ヒースは王都に行った際に、親友のシュトラール公爵家当主、フェルゼン・シュトラールから頼み事をされていた。
それは呪いの解呪である。ヒースは魔法に関してはアレンと同じく専門外で、頼み事を聞いたはいいが、全てリーナに任せるつもりだった。
しかしワイバーン十匹を討伐したのが息子であるアルだと聞いて、呪いの解呪にアルを巻き込むのも考え始めていた。
「しかし、どうなっているのだろうな」
「何がです?」
「アンチマジックワイバーンとか言う新種にワイバーン十匹、フェルゼンの頼みを抜きにしても少し色々な事が起き過ぎている気がしてな」
「それこそ気のせいでは? パーティー続きで疲れたのでしょう。気にしすぎだと思います」
「気にしすぎか。それもそうだな」
嫌な気配を感じながらも、ヒースはアレンと共に黙々と解体作業を続けた。
ヒースとアレンは気のせいだと切り捨てたが、アルフの元には新たな厄介事が確実に迫っていた。
裏設定その肆
ワイバーンの唐揚げ
ワイバーンと言えば唐揚げである。
少なくとも王国ではワイバーンと言えば唐揚げである。
ワイバーンを鶏や唐揚げ呼ばわりする強者も居る。
だがワイバーンを見た者は少ない。
ワイバーンの唐揚げを食べた人はもっと少ない。
だがワイバーンは唐揚げである。
ワイバーン=唐揚げである。
唐揚げはジャスティスなのだ。