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世界が俺の邪魔をする  作者: キヨ
第一章 懐かしき故郷での日々
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第六話 ワイバーン掃討

 草木も眠る丑三つ時。

 月明かりを頼りにアルフは村から離れ、ワイバーンの迎撃に向かっていた。


「……」


 夜のリゲン高原は昼の姿とは別の姿を見せていた。

 アルフはこの高原が気に入っていた。昼の高原も良いが、どちらかと言うと夜の高原の方が気に入っていた。

 優しげな月明かりと、それに照らされる無人の高原。聞こえるのは心地好い風の音、そして闇に包まれる安心感。

 気に入っている所を上げ出せばそれこそキリがない。


 アルフはこのお気に入りの場所で死闘に挑む。だがアルフは恐怖など抱いていなかった。


「皆元気だね。今日はいつもより力を借りるよ」


 ポツリと呟く様に言葉を漏らすアルフ。アルフ以外に人の居ない高原では、勿論その言葉に返答を返す人は居ない。


 だがアルフには返事が聞こえた気がした。

 今この場に人は居ない。だが精霊は居る。

 夜は闇の精霊が最も元気になる時間だ。普通の人なら気味悪がって外に出なし、さほど心地好くもないだろう。

 だがアルフは闇属性魔法の使い手であり、闇精霊との親和性が最も高く、アルフ自身も闇精霊を気に入っていた。

 夜はアルフが最も力を振るえる時間だった。


「あれか」


 闇精霊の加護を受けたアルフが、ワイバーンを探知魔法の範囲に捉えた。


 飢えて凶暴性を増したワイバーン十匹が優しげな月明かりに照らされているのは、見る者に本能的な恐怖を与えると同時に、幻想的な光景でもあった。

 そして闇精霊の加護を受けたアルフの目には、後者にしか見えなかった。


(村からは離れてるけど油断は出来ない。被害を出さないなら十匹確実に……殺す必要がある)


 闇精霊の加護は主に精神面に働く。加護を受ける者が必要だと思えば、その必要に応じて精神を改変させる事が可能だ。


(眠らせて、首をはねる)


 闇の精霊はアルフの願いを忠実に叶えた。

 今のアルフはいつもより冷静かつ冷酷だ。別人と言っても良い。

 だが、それで良かった。もし普段のアルフで挑んでいれば命を奪う行為に忌避感を覚え、討ち漏らしがあったことだろう。


『ヒュプノス』


 黒色の魔法陣がアルフの手のひらに現れると同時に、ワイバーンが一斉に落下し始める。


 グシャリ、と言うなにかが潰れる音を聞きながら、アルフは平然と次の魔法を展開していた。


 ヒュッと言う音と共にワイバーンの首が一つ落ちる。

 アルフの手にはいつの間にか黒い長剣が握られていた。アルフは長剣を自在に振るい、一片の慈悲も無く、首を斬り、腹を斬り、致命傷になる部分を素早く斬っていく。


「後、五匹」


 ワイバーンの半数を殺してもアルフの動きに淀みは無い。むしろ洗練されている様子すらあった。


「後、一匹」


 返り血を浴び赤く染まった黒い長剣を残る一匹に降り下ろし、今までと同じ様に斬ってみせる。ワイバーン達は痛みを感じる暇も無く全滅した。


 最後のワイバーンが死んでいるのを確認して、アルフは安堵の表情を浮かべ、夢の中で言われた言葉を思い出した。


「……俺、強いんだな」


 本来のアルフから言われた時は半信半疑だった事実を、当たり前の事実として結果を受け入れるアルフ。

 普段なら現実逃避の一つでもしていた光景だろうが、闇の精霊の加護を受けた今なら、冷静に結果を受け入れる事が出来る。

 自分が他人とは比べ物にならない程に強いと言う事実を。


「相手にすらならない、か……その通りだな」


 ワイバーンとの戦いは終わった。

 本来のアルフが言った通り、ワイバーン十匹では相手にすらならなかった。それどころか戦いと言えるのかさえ怪しい。

 アルフはワイバーンを眠らせて、首を斬っただけだ。これが戦いと言えるのだろうか?


「もう良いよ、ありがとう」


 アルフは黒い長剣を霧散させながら、闇の精霊達に礼を言って加護を解いて貰う。


「うっ……」


 直後、激しい吐き気に襲われた。

 加護が失われた事で普段のアルフに戻り、自分がやった事を目の当たりにしたからだ。


「おぇ……」


 ビチャリ、ビチャリと胃の中の物を吐き出すアルフ。

 吐瀉物が血の海に混ざっていき、それがさらに吐き気を増加させる。


 加護を受けた状態なら何ともなかった光景も、普段の状態で見れば卒倒してもおかしくない光景だった。

 ワイバーン達を虐殺するしか、皆を守る方法がないのは理解していた事だし、覚悟もしておいた。


 だが結果はこの有り様だ。

 辺り一帯に広がる血の海を見て吐き気に襲われ、むせかえる程の血のにおいで目眩を覚え、現実を認められずに頭痛に襲われる。


「ぅぇ……」


 バシャッと血の海に倒れこむアルフ。

 現実に耐えきれずに気絶したのだ。


 だが、耐えきれなかった事を責めるのは酷と言う物だろう。

 目の前の光景は余程命のやり取りに馴れてでもいない限り、気絶するのも仕方無いと言うに充分な物だからだ。


 アルフは自分がワイバーンを殺す事が出来ない可能性を予測していた。元日本人としての感覚が命を奪う行為にためらいを覚える可能性を考えたのだ。

 だから闇の精霊の力を借り、冷静かつ冷酷になった。

 闇の精霊は忠実にアルフの願いを叶え、アルフはワイバーンを虐殺した。

 運命を変える為に……



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「なんだ、あいつは?」


 アルフがワイバーンを虐殺する場面を三キロメートル程離れた場所から見ていた者がいた。

 その人物の目は憎悪に染まっており、洞窟で黒装束の男と会っていた司祭服の男の目と全く同じだった。


「……ここで殺しておくべきだな」


 司祭服の男は気絶しているアルフに向けて魔法を放とうとする。普通の魔法使いの魔法は届かないが、司祭服の男はアルフと同じ様に普通ではなかった。

 司祭服の男は三キロメートル離れた場所の様子を見る事ができ、三キロメートル離れた場所に殺傷力のある魔法を届かせる事が出来た。

 そう簡単には使える魔法ではないが、アルフを殺す事は可能だ。


「……」


 司祭服の男の足元に大規模な魔法陣が展開され始める。司祭服の男でも瞬時に発動するのは不可能だ。だが確実に術式を構築し、魔法陣を展開する間もアルフは動けない。アルフを殺すだけなら問題はなかった。


「ちっ……」


 だが司祭服の男はアルフを殺せなかった。情けを掛けた訳でも、子供を殺す事にためらいを覚えた訳でもない。

 三人の人影がアルフに近付いていたからだ。今魔法を放てば彼らに気付かれる。ただの村人ならどうとでもなるだろう。だが三人の中の一人は大魔導師として名を馳せる、リーナ・セイクリートだ。

 司祭服の男の実力はリーナ以下だ。故に気付かれる様な行動は避けなければならなかった。


「命拾いしたな、亜人」


 司祭服の男はアルフを殺さずにその場を立ち去った。

 何故なら今はまだ、司祭服の男が歴史の表舞台に出る時ではなかったからだ。


『ゲート』


 司祭服の男は魔法によって空間を歪ませ、その場から遠く離れた場所に移動する。

 司祭服の男が移動した先は、アルフが倒したアンチマジックワイバーンのところだった。

 司祭服の男はこのアンチマジックワイバーンを回収する必要があった。何故なら司祭服の男が動いている事はまだ知られてはならないからだ。活動する際は自然災害に見せ掛ける必要があった。


「まだ未完成だったか」


 魔法に対して高い耐性がある鱗が吹き飛んでいるのを見ても、司祭服の男は悔しがる様子すら見せない。司祭服の男の頭は次の計画の練り直しと、魔物の強化の見直しをひたすら考えているからだ。


『ゲート』


 再び空間を歪ませる魔法を使い、アンチマジックワイバーンの死骸と共にその場から立ち去る司祭服の男。

 昼間の激闘を示す存在は、切り刻まれ、薙ぎ倒された木々だけだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



『流石は勇者。やるじゃないか』

(気分は最悪だがな)


 アルフは再び夢の中に来ていた。

 本来のアルフは運命を変える事が出来て嬉しそうだが、アルフの気分は最悪だった。

 勿論、運命を変えられた事は素直に嬉しい。だが、あの光景は簡単に忘れれる物でも忘れて良い物でもない。

 アルフはあの光景を思い出して、夢の中だと言うのにまた気絶しそうになっていた。


『後悔してるかい?』

(する訳ないだろ。あれは必要な事だった)

『なら、何故?』

(頭で理解していても身体はついてこない。それだけの話だ)


 アルフは頭では理解していた。ワイバーンを虐殺する必要性だけではなく、虐殺した後の事も理解していた。たがそれでも自分が命を奪ったと言う現実に耐えられなかった。

 もしワイバーンが一匹か二匹ならどうにかなっていただろう。だがあそこまでの虐殺とそれが生み出す光景には耐えられなかった。


『僕も前はそうだったよ』

(前は?)


 アルフの見た光景は本来のアルフも見る事が出来る。本来のアルフも常に見ている訳では無いが、アルフは今回の虐殺行為は全て見られていると何となく感じていた。

 本来のアルフも前は自分と同じだったと聞いて、あの光景を見た筈の本来のアルフが平気そうなのが疑問に思った。


『慣れるんだよ。普通の事になるんだ』

(……そうか)


 どこか寂しそうに言う本来アルフ。それ以上聞くのは憚られたが、アルフは聞きたい事があった。


(俺も普通の事に出来ると思うか?)

『何度もやればね。時間は掛かるよ?』

(何度も、か)


 アルフは大切な人達の為に戦う決意をした。だが、戦う度に気絶していたのでは話にならない。だから命を奪う事に慣れたと言う本来のアルフに聞いたのだ。慣れて普通の事に出来るか? と。


『僕からも良いかな?』

(なんだ?)

『何故戦うんだい?』

(……は?)


 慣れるまでに時間が掛かると聞いてどうするか考えていたアルフに、本来のアルフが咎める様に問い掛けた。それは矛盾している様な言葉だった。

 アルフは戦う事を自分に進めたーー強制したと言ってもいいーー本来のアルフから、何故咎める様に言われるのか解らなかった。


『いや、何故君が戦うのか解らなくてね、聞きたくなったんだ。勝手に呼び出しておきながら今更なんなんだって話だけどね?』

(ふむ)


 確かにアルフは勝手に呼ばれた身の上だ。普通に考えれば戦う理由はない様に見える。

 だがアルフには明確な戦う理由があった。


(守りたくなったんだよ)

『守る?』

(確かに俺は勝手に呼び出されたんだろうし、向こうの生活を捨てさせられたんだと思う)

『……』


 申し訳なさそうにする本来のアルフ。それに構わずアルフは話を進める。


(でもな。そう言う事を差し引いてもこの世界は俺にとって守りたくなる世界だったんだよ)

『?』

(まぁ話して解る物でもないし、戦う理由が確りあるって事は心配しなくていいよ)


 アルフは本来のアルフが、何故今更そんな事を聞いた来たのかを頭の片隅で推測していた。

 ワイバーンを虐殺した事で自分が戦う気持ちを失ったのではないか、という事を本来のアルフは心配したのだとアルフは考えた。


『……信じたからね?』

(心配性だな、任せろって言ってるだろ?)


 その推測はあたっていた様で、まだ心配した様子の本来のアルフに、アルフはその心配は無駄な事だと言わんばっかりに言葉を発する。

 その言葉を聞いて安堵する本来のアルフ。だが本来のアルフの心配はもう一つあった。


『向こうに戻りたいかい?』


 もしここでアルフが戻りたいと言っても、本来のアルフは戻す事は出来ない。出来る事は誠心誠意謝ることぐらいだ。


(いや、思わないな。記憶があやふやな事もあるんだろうが……未練がないんだろうな)


 本来のアルフはそれを聞いて少し安心した。記憶や考えが全て伝わる訳ではないし、伝えようと思った事しか伝わらないので、心配だったのだ。


(俺の前世について、お前は何か知らないのか?)

『融合した時には既に君の記憶はその状態だったからね。僕は何も知らないよ』

(そうか……まぁ、気にしても仕方無いか)


 アルフは前世については特に執着は無かった。記憶があやふやな事もあるが、やはり未練が無いのが大きいだろう。

 普通に生きていれば一つぐらいは未練はあるのだが、アルフには一つも未練が無かった。何もかもをやり遂げた訳ではなく、そもそも未練が残る様な事を一切してなかったからだ。

 アルフには最近になって思い出したそれを言うのは、何だが恥ずかしい事の様に思えて、結局本来のアルフにも言わなかった。


『そうか、なら良いんだけど』


 本来のアルフも違和感を感じていだが、詮索する事でもないのでそれ以上の追求はしなかった。

 そして話に区切りがついたのを見計らったかの様にもやが晴れだし、この時間の終わりを告げ始めた。


(何かあったら呼び出すんだよな?)

『そうだね。動きがあったら呼び出すよ』


 アルフは最後の確認を終え、ゆっくりと意識を浮上させていった。

 魔法設定その参


 黒剣

 難易度不明の闇属性魔法。影、闇、死。それらを物質化させ剣の形にしたのがこの黒剣である。術式を構成した時点で封印を決意したアルフのオリジナルチート魔法。

 この剣に、斬れぬモノ無し。


 闇精霊の加護

 精神を改変させ、別人になる事が可能な加護。有名な悪人達はこの加護を使い狂人と化した者が多い。

 だが闇精霊そのものは無邪気な性格であり、力を使いこなせなかった者達に非があるだろう。

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