第四話 アンチマジックワイバーン
(風の精霊達が……何だ? 驚き? 怒り? 悲しみ? ぐちゃぐちゃで良く解らないな)
危機がリーナや自分に迫る中、風の精霊達も何かを伝えようとしている様だが、アルフには解らない。しかし精霊達が人に何かを伝えようとする時点で異常事態だ。
アルフは迷った。ルンネや村人を逃がすべきか、母親を助けに行くべきか。
どちらにせよ中途半端な結果になるだろう。
アルフはこの村の周辺しか知らないので、他の村や街に避難誘導が出来ない。それなら他の大人に巻かせた方が良い。
助けに行くにしても自分の力で状況が変わるのか? むしろ足手まといではないのだろうか?
「お兄様……」
「ルンネ……俺は……」
思考が堂々巡りになり、結論が出ない。
その状況をうち破ったのはルンネだった。
「お兄様、行きましょう」
アルフの迷いに答えを示すルンネ。
ルンネも行くのが正解だとは思っていない。たが何もしないよりはずっと良いとも思っていた。
「ルンネ、でも……」
「何もしないよりはずっと良いです。それに足手まといなら退けば良いと思います」
「そうだな……よし、行こう」
「私も行きます」
母親を助けに行く事に決めたアルフだが、ルンネが着いて来ると聞いて反対しようとする。だがルンネの目からは、退く気が微塵も感じられなかった。
「……解った。行くぞ」
「はい!」
少し嬉しそうに返事をするルンネを心配しながら、アルフは戦いの場へと自ら向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「効かないわね」
緑色の魔法陣から現れる竜巻や風の刃は、リーナの目の前に居る巨大な生物に次々と着弾する。しかしその生物はそれらの攻撃を意に介さず、鋭い爪を振るい凶暴な尻尾で凪ぎ払う。
彼らの周りだけ木々は薙ぎ倒され、切り刻まれており、いかに巨大な力がぶつかっているのかが良く解る。
「リーナこっちも駄目、硬すぎる」
「物理攻撃も駄目か」
フランの持つ短剣は刃が欠け、今にも折れそうな状態で、しかも生物の周りには折れた短剣が複数転がっており、生物が短剣よりも硬い事が伺える。
「何なのよ、このワイバーンは」
リーナとフランは、森に住む魔物の討伐に来ていた。
魔物は定期的に間引かないと、村に出没して甚大な被害を及ぼす。その為リーナとフランは森に来ていたのだが、そこで目にしたのは魔物の死骸の山だった。
不振に思った二人が慎重に奥に進んだところで出会ったのが、今対峙しているワイバーンだった。
ワイバーンは最も生息数の多いドラゴンだ。
性格はドラゴンの中では比較的温厚で、縄張りから出る事は殆んど無く、彼らの縄張りに入らなければ攻撃されることは無い。逆に言えば縄張りに入った者には容赦が無いと言う事でもある。
攻撃方法は爪や尻尾を使った直接攻撃のみでブレスは吐かない為、ドラゴンの中では最も討伐しやすいドラゴンでもある。
また、全ドラゴンの中でもトップクラスの高い飛行能力と、強い者に対して服従する習性を生かして、乗り物代わりに使役されるドラゴンでもある。
「来るよ!」
「っ!」
ガンッと言う音を立てて魔力障壁に弾かれるワイバーンの尻尾。
仕返しとばかりにフランの投げた短剣もワイバーンの鱗に弾き返される。
リーナが展開した緑色の魔法陣から放たれる不可視の斬撃は、ワイバーンの鱗に傷一つ付けられない。
膠着状態だ。
(おかしい。ワイバーンはここまで硬くないし、魔法耐性は低かった筈)
リーナはこのワイバーンに対して違和感を覚えていた。
リーナは何度もワイバーンと戦った事がある。その時のワイバーンと比較するとこのワイバーンは異常だ。
普通のワイバーンならフランの短剣でも傷が付けられるし、自分の魔法が効かないなんて事は有り得ない。
「リーナ、このままじゃ……」
「解ってる。ここで止めないと」
リーナとフランの脳裏に最悪の結果が浮かび上がる。
自分達でも足止めが精一杯の、このワイバーンが村に行ったらどうなるのか?その結果は考えるまでもなかった。
だからこそリーナとフランは勝ち目の無い戦いを続けていた。
「リーナ、貴女は村に戻っ「駄目よ」でも!」
フランがリーナに逃げる様に伝えるが、リーナはそれを遮った。
この膠着状態は二人居るからこそだった。もしどちらかが離れれば膠着状態は崩れ、残ったもう一人は数分と持たないだろう。そしてワイバーンは逃げた者を追って村に向かう……
それだけは避けねばならない。
だが何か手を打たなければ、リーナの魔力切れと共に膠着状態も崩れる。
リーナはフランの援護をしながら考えを巡らしているが、打開策は未だに見出だせなかった。
リーナとフランが半ば諦め掛けたその時、突然ワイバーンの動きが鈍くなった。
「えぇい!」
それとほぼ同時に何者かがワイバーンを棍棒の様な物で殴りつけた。
ワイバーンを殴ったのは、土で出来た剣を持ったルンネだ。
相手の状態を確認せずに、もう一度土で出来た剣で殴ろうとするルンネ。
身体強化魔法で威力が底上げされた攻撃を受けて、ワイバーンは怯んでおり、追撃出来ると思ったのだろう。
しかし短剣や魔法を跳ね返すワイバーンには、ルンネの攻撃は全く効いていなかった。
「っ!? ルンネ! 離れろ!」
ルンネを振り払うよう為にワイバーンが攻撃を行おうとするが、再び動きが鈍くなり、その隙にルンネはワイバーンから距離をとっていた。
「お母さん! リーナさん! 大丈夫!?」
「え、えぇ、私達は大丈夫よ」
「ルンネ? アルフ様? なんでここに?」
村に居る筈の自分の息子と娘が駆け寄って来て混乱する二人。ルンネが自分の母親の質問に答える暇は残念ながらなかった。
「母さん! 障壁を!」
「っ!」
ガンッと言う音を立てて弾き返される尻尾。
だがワイバーンは何度も尻尾や爪を降り下ろして障壁を破ろうとしており、障壁が破られるのは時間の問題だった。
(ワイバーン? だとしてもこれは……)
アルフは辺りの状況からこのワイバーンが普通のワイバーンよりも強力であると瞬時に判断した。
それと同時に、ここに来て正解だったとも感じていた。
辺りに散乱する欠けた短剣と、木々は切り刻まれているのにも関わらず、無傷のワイバーンを見たからだ。
(物理、魔法の両方に耐性を持つワイバーン……いや、魔法はほぼ無効化するのか。さしずめアンチマジックワイバーンと言ったところか?)
ルンネの持っている土の剣は、ワイバーンと接触した部分が欠けて……否、融解しており、木々とワイバーンを比較すると、このワイバーンが魔法を無効化すると見て良い。
ただ土の剣は接触しつつもダメージを僅かながら与えたのだから、完全に無効化する訳では無い筈である。
アルフはそこに突破口があるのではないかと考えた。
物理攻撃ではフランもルンネも歯が立たない以上、魔法攻撃でどうにかするしかない。だがリーナの風魔法は効いていないのは見れば解る。
普通なら諦めてもおかしくない状況だ。
だがアルフは普通ではなかった。
(俺の闇魔法は効いた。使ったのは催眠魔法『ヒュプノス』……精神攻撃は効くのか?)
ルンネの攻撃の際に二度動きが鈍くなったのは、アルフの闇属性魔法、催眠魔法『ヒュプノス』によるものだ。近くに居たルンネにも解らない様に、密かに発動させたのだ。
人であれば瞬間的に眠らせる事が出来る魔法だが、このワイバーンはそれに抵抗した。それがドラゴンと言う大型種故の物か、このワイバーン特有かは解らないが……ともかく精神攻撃は効くようだ。
ならば精神攻撃をメインに攻撃すれば撃退は可能だ。
(……けど闇魔法を使って良いのか? この状況で使えば流石にバレてしまう)
だがアルフは精神攻撃、つまり闇属性魔法を使う事をためらった。今使えば確実に自分が闇属性魔法を使える事が皆にバレてしまう。それが原因で嫌われるかも知れない、拒絶されるかもしれない……だから、ためらった。
率先して人から嫌われようとする人は少ないだろう。それが親しくなった人であれば尚更だ。
そして、アルフはそれが顕著なのである。親しい人から嫌われる事を極端に嫌うのだ。それは前世での『傷』とでも言べきトラウマと、前世の自分と今の自分の『格差』の影響が強い。
アルフは側にいる大切な人達を見る。
自分を産み育ててくれたリーナ。
小さい頃からお世話になったフラン。
幼い頃から共に一緒だった幼馴染みで妹分のルンネ。
もし、彼らに嫌悪されたら? 大切な人達が自分から離れて行ってしまうのではないだろうか?
もし、そうなったら自分はーー
「……ルンネ、全力で複合魔法を使うぞ」
アルフは迷った末に闇属性魔法を使わない方法を選んだ。
切り札である闇属性魔法を使う事を惜しんだのではない。戦闘とは関係無い恐怖に故に使わなかったのだ。
「解りました」
そんなアルフの内心を知りようのないルンネは、必勝の策と信じて複合魔法の準備に入る。
リーナは障壁を維持するのに精一杯だし、フランは娘の自信を感じたのか黙っている。
(大丈夫だ。問題無い。最大出力で二人分の複合魔法をぶつければ無傷ではすまない筈だ。一発で駄目なら何度でも撃ち込めば良い。問題なんて何処にもない)
リーナはワイバーンに複合魔法を使用しなかった。否、使用出来なかった。複合魔法は術式の構築等に高い集中力を要求され、常に動き続けなければならない状況では、使用はほぼ不可能となる。
だがアルフとルンネはリーナの障壁に守られおり、充分集中出来る為、複合魔法の発動は可能な状態だ。
アルフの中には子供の魔法でどうにかなるのか? とか、ルンネの複合魔法は暴走しないのか? 等の疑問は一切無かった。否、考えれなかった。普段は全く意識しない事……つまり『傷』と『格差』が掘り起こされた為である。
アルフは親しい者から見ても解らない程度には、冷静さを欠いていた。
(術式選択、術式構築、術式展開、複合開始っ!)
(失敗出来ない、失敗出来ない、失敗出来ない! 失敗したら私だけじゃなく、母さんやお兄様が……絶対に、失敗出来ない!)
兄妹は冷静とは程遠い状態で術式を展開する。
魔法はイメージが大事だ。故に魔法使いは常に冷静でいる事を要求される。そして冷静さを欠いた状態では上手く術式が展開出来ない。兄妹も術式を構築出来ない筈だった。
しかし流石と言うべきか、アルフは冷静さを欠いた状態でも複合魔法を発射可能な状態に持って行き、ルンネも思いの強さが勝ったのか、複合魔法を何時でも放てる状態だった。
アルフがルンネに目で合図を送ると同時に、魔法は放たれた。
「「複合魔法」」
『フレイムストーム!』
『メイルストローム!』
ワイバーンの足下に出現した魔法陣はそれぞれ赤色と青色。兄妹の放った複合魔法は炎の竜巻と水の竜巻だった。
どちらも非常に強大かつ強力で、ワイバーンを倒すには充分に見えた。
(効いてないっ!? くそっ……闇属性魔法を使うしかないのか?)
(そんな、暴走?)
しかし、どちらの魔法もワイバーンには全くと言っていいほど効果がなかった。
その上ルンネの魔法は暴走しており、アルフの魔法も闇属性魔法を人前で使う事に伴う恐怖からか、アルフの制御を離れ暴走を始めてしまっていた。
(しまった! 制御が!)
アルフが自分達の放った魔法が暴走した事に気付くが、もう遅い。
アルフは自分が冷静を保てなかった事を恥ながら、ルンネは暴走の危険がありながら、なんの考えもなく魔法を使った事を後悔しながら、それぞれ魔力障壁を展開した。
それは自らの魔法から身を守る為に咄嗟にとった行動であったが、その判断は正解だった。
ドゴォォォン!
凄まじい音をたてて竜巻が爆発した為である。アルフ達の誰一人として、爆発の魔法は使用していない。
だが制御を離れた魔法は魔力がある限り、この世界の自然の法則に乗っ取って動く。
その法則は地球とほぼ変わりない物であり、頭の一部は冷静なままのアルフには、これが何なのかが解った。
アルフは前世の知識から、これが水蒸気爆発と呼ばれる自然現象である事を今更のように思い出したのだ。
(水が瞬間的に蒸発する事で発生する爆発だったか? 皆に怪我は無い様だが……)
爆発跡地には立派なクレーターが作り出され、開していた魔力障壁はたった今崩壊したアルフの物を除いて全て崩壊しており、如何に凄まじい威力だったか見てとれる。
一歩間違えれば自分の魔法で全滅、と言う最悪の可能性もあった事を実感するアルフ。この事態は自分の下らない恐怖故に起こった物であり、責任は自分にしか無かった。
(次は、ためらわない。トラウマが何だ。大切な人に死なれるよりは遥かにましだ)
自分の甘さを恥て、次はためらわない事を決意するアルフ。そしてそれはルンネにも言えた事だった。
(私のせいだ、私が失敗したから……)
ルンネは自分の魔法が暴走した為に起こった現象だと思い込んでいた。自分が失敗しなければ、こんな事は起こらなかったと考えていた。
(次は、失敗しない……絶対にっ!)
ルンネは失敗しない事を決意する。
ためらわない事を決意したアルフと、失敗しない事を決意したルンネ。
失敗から学べる程度には兄妹は賢く、心の弱点に気付かない程度には兄妹は幼かった。
「凄い、あのワイバーンが……」
そして爆発の直撃を受けたワイバーンは身体の約半分を失い、絶命していた。
今回の水蒸気爆発の発生原因に魔力が使われていたとは言え、爆発その物は純粋な自然現象であった。故にこのワイバーンの持っていた魔法無効化の力は働かず、硬い鱗も爆発には耐えれなかったのだろう。
「アル! ルンネちゃん! どこであんな魔法を……大丈夫?」
「……大丈夫だよ」
「……大丈夫です」
危機を脱したにも関わらず顔色の優れない兄妹を心配するリーナ。それに対して兄妹は大丈夫だと答える。
(戦いは始めてだったから、かな?)
兄妹の顔色が優れないのは、生まれて始めての戦いによるものだと推測してそれ以上は何も言わないリーナ。
フランも似たような結論を出したのか、兄妹が失敗した事は隠された形となった。
アルフ達はワイバーンの処理の為にも一度村へと帰っていく、兄妹の失敗は自分自身にしか解らないままに……
魔法設定その二
土剣
土属性魔法初級。アルフがルンネ用に咄嗟に作り出した剣。鈍器としては優秀。
ヒュプノス
闇属性魔法中級。精神干渉により対象を眠らせる魔法。速効性があるので睡眠薬代わりにどうぞ。
メイルストローム
複合魔法上級。大渦を発生させ対象を破壊する魔法。当然大きさの調整も可能で最大サイズで展開させ町一つを飲み込むことも、逆に対人用に収束することも可能。