ご飯に釣られました。
今日の夜は何食べよう。寒いから鍋にしようか。キムチ鍋か白菜鍋もいいな。ああ、考えてみたら冷蔵庫の中のものがなかった、買い物して帰ろう。
そう考えながら、更衣室で制服から私服に着替えた。すこし早かったのか、まだ誰もいない。しかし今日は残業をする気がないので、定時で帰る。今日の仕事はしっかりしたのでいいのだ。
部長に報告したからいいのだ。
タイムカードを押し、帰ろうとした。が、廊下の先でこちらを見ている人がいる。気にせずに帰ろう。見てはいけない、まだ、仕事しているはずだ。
「真奈夏…」
仕事中なはずの社長がなぜかいた。
無視して帰りたいのだが、社長という地位にいるため無視ができない。本当は関わりたくはないが社長だからしかたがない。
もう一度言う。 本当は関わりたくはない。しかたがないから口を開いた。
「お先に帰ります。社長」
「その言葉は聞きたくないな。残ってくれないか?少し私と付き合ってくれないか」
挨拶をして立ち去ろうとしたが、立ち去れなかった。帰ろうと思ったのに。いいわけを使ってどうにか帰ろう。今日は鍋の日にするつもりなのだ。冷蔵庫に何もないので買い物に行かなければ鍋ができない。
「すいません、今日は家の用事があるので。また今度」
社長がなぜかため息をついている。私こそつきたいよ。その後私をじっと見つめてきた。何もゴミなんて付いてませんよ。ああ、顔は平凡ですよ。見つめるほどではないですよ。
「夕ごはん奢るから駄目かい?」
「わかりました。お待ちしてます」
あっ……やば…返事をしてしまった。社長を見ると嬉しそうな顔をして、休憩室で待つように私を言い残すとまた戻っていった。昼よりも元気そうだ。
「やってしまった…」
私は小さな声で呟いた。
昔から食べ物に釣られる癖があるのだ。治そうとしたがどうも治らなかった。仲のいい同じ部署の社員にもご飯に釣られて手伝いをしたことが何度もある。食べ物にはほぼ釣られている。入れ食い状態のザリガニではないが。ザリガニは雑食だからパン屑でもつれるみたいだ。私はパン屑ではつれないぞ。美味しいパン屋のパンとかで釣られる自信があるが。