席へ戻ってください!
至急
母さんそのうち帰ります、いえ、逃げます。助けてください。
「いつになったら私の妻になってくれるのかい、もう待てないよ」
ピーピーと私の頭のなかでサイレンが聞こえる。さらに冒頭にあるメールを母に送りたくなった。
つまり、目の前で広がる光景から早く逃げたい。
社長!仕事に戻ってください、その手は何ですか!!!!!
部長に書類を渡すために振り向いたらなぜか社長がいた。私の方へ手を広げて。
あ、周りの社員があわれな目で見ていることがすごくわかる。
秘書さんがそわそわして、社長をみている。
うわぁ見ているんじゃなくて助けてください…
目の前の男性は鈴宮竜次、 belldragonという雑貨の会社の社長だ。 世間ではベルドラで流行っているみたいだ。
『ただの社員が社長に迫られてるけど気にするな、いつものことだ』と新人教育のなかに入っているらしい。部下から聞いた話だけど。
抱きついてほしいのか、タックルをかましてほしいのか。
前者だと思いながら、私は無視を決めて部長に書類を渡した。
「失礼します。部長、書類できました。今日は残業はしませんよ」
「ああ、わかった。だが瀬戸、社長かわいそうだろ。返事でもしたらどうなんだ」
部長に言われては仕方がないので社長に返事をする。
「社長、秘書さんが困ってますよ、戻らないと」
「真奈夏…やっと返事をしてくれたね。で、どうなんだい。今夜食事でも…」
「すいません、あきらめてください。私は前から何度もおっしゃっています」
なかなか諦めてもらえないのだ。そろそろ新しい彼女でも見つけてほしいものだ。
すこしへこたれているような社長であるが、まだ、諦めてないようだ。
「そうか。でも諦めないからね、真奈夏。また…来るよ」
社長はこう言い残して戻っていった。それにもう来なくていいのに。
ため息をつきながら席に戻った。他の社員からの好奇の視線はなくなっていった。
隣の社員がポンと肩を叩いた。御愁傷様という意味だな、これは。