産声
今回はちょっと短めです。
勇者として仲間達と駆けた日々を覚えている。
彼と初めて剣を交えた時を覚えている。
女神の胸を貫いた瞬間を覚えている。
彼と最後に交わした約束も覚えている。
ああ、それが果たせるなら、それはとてもとても素晴らしいと思うから。
僕は新生の産声を上げた。
「ようこそ世界へ、可愛い愛しい私の赤ちゃん」
銀色の人が僕を抱き上げそう言った。
何を言っているのか解らない。まずは言葉を覚えよう。
だけど僕の誕生を祝ってくれているのだと、その微笑が語ってくれている。
貴方が今生の僕のお母さん? そう手を差し出す、すると優しく握ってくれた。嬉しい、嬉しい、嬉しい、この人は僕を愛してくれている。自然と笑みが浮かんでしまう。それを見てお母さんも笑ってくれる。
「可愛いですね」
「そうっすね~。猿みたいで可愛いっすね―― あたっ!!」
お母さん以外にも僕を覗き込む人達がいた。一人は茶髪を頭の天辺で結んで花のように咲かせた少女、もう一人は栗色の髪を後ろで纏めてお団子にした女性だ。お母さんが笑いながら茶髪の女性を叩いた。なにか癇に障ることを言ったのかもしれない。
「髪と目はカリンさんと同じで銀色と紫みたいですね、美人になりますよきっと」
「良いっすね~、産まれた時から勝ち組決定っすよ。羨ましい」
「なんで、そういう言い方しかできないかなエマは」
「まぁ良いじゃないっすか、それで名前は決まってるんすか?」
「うん決まってる、この子の名前はカラ、皆から愛されるように、最愛のカラ」
「カラちゃんですか、良い名前ですね。カラちゃん~私はミナお姉ちゃんですよ。よろしくね」
「私はエマお姉ちゃんっすよ、カラちゃん」
お母さんが「カラ」と言ってから周りの二人がそれを連呼し始めた。何? もしかして、それが僕の名前? カラ、カラ、カラ。うん良い響きだよ気に入った。僕の名前は今日からカラだ。
「もう入っても良いでしょうか?出来れば出発したいと思うのですが」
「あっ変態だ」
「何勝手に開けようとしてんすか変態」
「はっ! 申し訳ありません。先程は大変失礼極まることをしたと反省しております。すいませんでした!!」
「あはは、もう入っても大丈夫ですよイアンさん。二人ももう許してあげなさい」
「カリン姉さんがそういうならしかたないっすね」
「うー。分かりました」
「はっ! ありがとうございます」
「うん、よろしい。ありがとうね二人とも。」
鎧を着た男の人が掛けられた布から顔を覗かせた。ホッとした顔から何かを見たのか信じられないものを見たように目を丸くして、その後みるみる顔が赤くなる。お父さんかな?
「イアンさんもありがとうございました」
「い・いえ! 当然のことをしたまでです。それでは我々は出発の準備がありますのでこれで」
「あーあ、また犠牲者が……」
「えっなにが?」
「なんでもないっすよミナ姉さん。お子ちゃまには解んないことっす」
「もーまた、お子ちゃまって言った」
男性は敬礼をすると、どこかへ行ってしまった。お母さん達の態度からして彼はお父さんじゃないみたいだ。今近くにはいないのかもしれない。
「んじゃ出発しますか。カリン姉さんも出産したばかりなんすから無理しないでくださいね。ミナ姉さんカリン姉さんのこと頼むっすね」
「はーい」
「うん、分かったよ」
暫くすると、ゴトゴトと規則的な音とともに身体が揺れ始める。
お母さんは悪戯を思いついた子供のような顔をして僕の顔を見て微笑んだ。
「カラにお母さんの特技を披露しちゃおうかしら」
「あっ良いですね。私も聞きたいです」
「ん? そうかね。それじゃお耳汚しかもしれませんが御清聴ください」
お母さんの口から音が生まれ音が旋律へ旋律が歌へと変わり辺りに響いていった。
おねむりなさい 愛し子よ
母の手が 貴方を護るから
穏やかな眠り 暖かい安らぎを
この揺り篭は変わらずに 貴方に与えましょう
おねむりなさい 強き子よ
母の手が 貴方を育むから
純粋な祈り 健やかな心を
この揺り篭は変わらずに 貴方に教えましょう
おねむりない 母の胸に
貴方の周りは 愛で満ちているから
目が覚めたならば 微笑んで
それが母の 願いだから
その旋律にまぶたがだんだん重くなり、僕はいつの間にか眠りについた。
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