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生誕

やっと主人公登場です。

長かった。


 帝国で皇帝の愛妾カリンと産まれてくることができなかった御子の葬儀が執り行なわれていた頃。

 東部辺境領へと向かう街道を幌馬車がゆっくりと進んでいた。

 御者台には頭でお団子にした栗色の髪の上に麦藁帽子(むぎわらぼうし)を被ったエマが座り、幌の中では正門前であった一件から腰まで伸ばしていた茶髪を頭の天辺で花のように広げて結び始めたミナ(背の低さを気にして始めたのだろうが、さらに幼さに磨きがかかったのを本人は気付いていない)と見事な銀髪が目立たないように頬かむりをして大きなお腹を愛しそうに撫でるカリンがいた。


「辺境領まではこの調子でいくと三日後には着くはずっす、食料と水は王都で調達してきたので大丈夫と思うんですが女三人だけの旅ってのが不安っすね。道中盗賊や魔獣に会わないことを祈るっす」

「そうですね、女官長に多少護身の手解(てほど)きは受けましたけど、やっぱり怖いです」

「へ~そんなことしてたんだ」


 エマが行程での心配を口にするとミナが荷台の角に置かれている棘が何本もついた鉄球が鎖で繋がれた

連接棍棒(フレイル)を握り締める。カリンの言葉にミナとエマの二人はなんともいえない顔になった。


「あの時の女官長は思い出したくないっす、どうしたら人体の急所を的確に破壊出来るかを懇切丁寧に事細かく教えてくる顔―― 寒気のする顔で笑ってたっす」

「あれは怖かった……」

「そ・そうなんだ」

「まぁ東部辺境領には東壁っていうでっかくて長い城壁がぐるっと国境沿いを囲ってるって話っすから大型の魔獣とかは出ないはずっす、そうなると怖いのは人間の方で野盗とか盗賊っすね」

 

 そんな風に旅路は続き、野盗や魔獣に襲われることなく、辺境領へ入り次は辺境領の玄関口でもありヴァイオレットの生家がある都市クラティアまで後半日の所まで来ていた。旅も終わりに近づくいていると心境的にも楽になって話も弾むもので馬車の中で三人の声が響いていた。


「しかしカリン姉さん本当によかったんすか?皇帝陛下の愛妾なんてなろうと思ってなれるものじゃないっすよ」

「そうかなぁ? まぁ命には変えられないしねぇ」

「あ・愛してらっしゃたんですよね? やっぱり」


 などとミナが顔を真っ赤にして聞くのだがカリンは腕を組んで思案顔になる。

 

「愛とか好きとか、そういう感情はないかなぁ。正直そんな感情が生まれる前にこの子が出来ちゃったしねぇ。それにさ陛下って私のお父さんより年上だからさ異性として見れないと言うか」

「あ~なるほど、その気持ちは解らないでもないっすね。そんな状況に置かれたことないから実感湧かないっすけど」

「そういうものなんですか?」

「お子ちゃまのミナ姉さんには解んないっすよ」

「お子ちゃまって… 私この中じゃ一番年上なんだよ?」

「そういう意味じゃないんすけどね。なんで後宮に勤めて、ここまで()れずにこれたんすかね? 後宮の七不思議の一つっすよ、自覚あります?」

「ううう……」


 また膝を抱え始めたミナを二人は生暖かく見守りながら会話は続く。


「それはそうと、クラティアに着いたらカリン姉さんはどうするんです?」

「とりあえずこの子を産んだら、仕事探さないと… かな。女官長が面倒みてくれるとは言ってたけど、それに甘える訳にもいかないしね。二人はどうするの?」

「私等二人は女官長の生家で侍女として雇ってもらえることになってるっす、巻き込んでくれた分は面倒みてもらわないと割に合わないっすからね。甘えに甘えさせてもらうつもりっすよ」

「悪いねぇ」

「それは言わない約束っす」

「そうですよ」


 そんな風に今後のことを話していると、前方から砂煙上げながら迫ってくる数人の男達が目に入る。その後をさらに激しい砂煙を上げながら騎馬に乗った兵士達が男達を追っていた。


「ん~? 何かくるっすね」

「何だと思います? あれ」

「どうみても野盗とそれを追うどこぞの兵隊さんって感じっすね」


 エマの言うとおり前方を走る男たちは薄汚れた服を着て腰には分厚い鉈や直剣を帯びており顔に傷のある者や腕に刺青を入れた者などあきらかに堅気ではない、それに引き換え後方を走る騎馬の兵士達は装備も皆同じように整えられており、どこぞに仕える兵士だと一目でわかる。位置的に自分達が向かうクラティアの兵士達だろう。

 野盗達は捕まるまいと必死に走っているが、人の足と馬の足では速度が違う。後幾許(いくばく)もせずに追いつかれるだろう。

 そう思っていると野盗達と目が合った。すると野盗達は一言・二言何かを話すと、さらに速度を上げて自分達の馬車に向かって駆けてくる。


「むっ、不味いっすね」

「こ・こっちに向かってきてますよ?!」

「もしかしなくても私達を兵隊さんへの人質にでもするつもりかな?」

「まず間違いないっすね、カリンさんは奥に引っ込んでてほしいっす。ミナさん準備しといてください」

「う・うん分かった」

「了解、だけど大丈夫?」


 カリンが幌の中に引っ込みながら心配そうに二人に声をかける。それに対してミナはがんばりますと連接棍棒を握って頷き、エマは投石器(スリングショット)を片手に親指を立てて見せた。


「まぁ見てるっす、いざとなったらカリン姉さん見捨てて逃げるっすから心配ないっす」

「心配だらけなんだけど?!」


 などと冗談か本気か分からない問答を交わしている間に、野盗達は顔が確認できる距離まで迫っていた。野盗達は全部で五人おり、それに対してエマが御者台の上から先手必勝とばかりに何かを包んだ紙包みを野盗達の顔面目掛けて撃ち込んでいく。

 虚をつかれた野盗達の顔に紙包みがぶつかり、その衝撃で中に入っていた粉末が煙のように舞い上がる。すると野盗達から悲鳴が上がった。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「喉が、喉が焼ける!! おげぁがぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「目がぁぁぁぁぁ!!目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 野盗達は悲鳴を上げる者、喉を掻き毟る者、目を押さえ滂沱の涙を流す者と様々だったが、紙包みが命中した三人は地べたに這い蹲り転げまわる。


「おおっ…… 凄い効果っすね、女官長直伝の目潰しの効果は」

「そ・そうだけど、そんなこと言ってる場合じゃないよエマ!!二人来てる!!」

「あー、そっちはミナ姉さんにまかせるっす、これだけ近いと目潰しで私達もああなる危険があるっすから」

「え・ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」


 一瞬仲間達に起こった惨状に呆けていた野盗達だったが、気を持ち直すと顔を怒りに染めて腰に帯びた武器を抜くと馬車の御者台に手をかけてきた。


「この野郎!!よくもやりやがったな」

「手前等、ただで済むと思うなよ!!」

 

 などと芸のない脅し文句を言ってくる野盗に向かってミナの連接棍棒が振るわれる。


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 遠心力で勢いに乗った鉄球に顎を突き上げられた野盗はボギョッという奇怪な音を鳴らし顎骨と歯を撒き散らして仰向けに倒れる。それを見たもう1人がまたしても起こった信じられない光景に呆けていると、視界の端に体勢を立て直したミナが連接棍棒を自分の頭に向かって横殴りに振るう姿が見え、次の瞬間かつて味わったことのない衝撃がこめかみに走り彼の意識を刈り取っていた。


「うわ~、手加減の出来ない素人ってのは怖いっすね、死んだんじゃないっすか?あれ」

「ええぇぇ?! ど・どうしようエマ」


 エマがミナの連接棍棒で殴打されピクピクと痙攣する男達を見て、若干退()いていると野盗達を追いかけてきていた騎馬兵達が追いついていた。


「君達怪我は無いか?」


 騎馬が止まらぬうちから、飛び降りるように下馬して兵士の一人が聞いてくる。隊長かなにかなのか頭に被った冑には赤い羽根がついていた。


「大丈夫っすよ、それより野盗だと思って撃退させてもらったんすけど問題なかったすか?」

「あ・ああ、問題ない、こいつらは此処ら一体を縄張りにしてた野盗の一味でな、数日前に本拠地を我々が潰して、その残党というわけだ。迷惑をかけた」

「よ・よかった」

「よかったすねミナ姉さん、そうそうカリン姉さんに終ったって伝えてもらえます?」

「あっ。うん分かったよ」


 ホッとしたミナが幌の中に入っていくのを確認するとエマは地面の上で痙攣する野盗達に目を向ける。


「…… 死んでないっすよね?」

「ん? ああ見た目は酷いが命に別状はないだろう、街までいけば治癒術師もいるしな。それより、あっちで悶絶してる奴等に何をしたんだ? 相当苦しんでるが……。」

「目潰しっす。原料は木炭の粉末に、石灰、唐辛子の粉末とその他にも色々っすね」

「なるほど、そうだ名乗るのが遅くなった、この先にある都市オトクラティアで警備隊長を務めるイアンだ」

「エマっす。さっきいたのがミナ姉さん、あと幌の中にもう一人カリン姉さんがいるっす」

「そうか、行き先はクラティアかい?それなら我々もこの野盗達をクラティアまで連行するからついでと言ってはなんだが君達を護衛するが」

「それは助かるっす―― 二人とも兵隊さん達がオトクラティアまで護衛してくれるそうっすよ」


 そう言ってエマは幌の中を覗き込んで二人を見る。感じの良い隊長さんである。しかも都市まで護衛してくれるらしい、素晴らしい。


「それは助かりますね」

「そうね、エマも怪我とか無かった?」

「大丈夫っす」

「なら良かった――― あれ?」

「ん? どうしたっすかカリン姉さん?」

「あれ? ……痛い」

「え?」

「え?」


 次の瞬間カリンがお腹を押さえたのを見た二人は顔を青ざめた。不味い、非常に不味い。


「イアンさん!!!」

「ど・どうした?」


 さきほどまでエマをオットリとした女性だなと思っていた(勘違い(はなは)だしいのだが)イアンはエマの豹変ぶりに腰を引かせながら答える。


「すぐにお湯を沸かしてほしいっす!!」

「はっ? 何に使うんだ?」

「産まれるんすよ!!」

「な・なにが… ?」


 狼狽するイアンに切羽詰ったエマはイライラしながら怒鳴る。


「赤ちゃんが産まれるんすよ!!」


 その言葉にイアンだけでなく野盗達に縄をかけていた兵士達の動きまでが止まる。全員の首がギギギッと音がしそうな動きで馬車の幌の方へと向く。


「いた、いたたたたたたたたたたたた、痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁい」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、カリンさん、頑張って。えぇぇぇぇぇと、そ・そうだヒッヒフー、ヒッヒフー」


 中からの悲鳴に事態を察したのか男達全員がオロオロと所在無げにエマを見る。ああ、まったく男ってのは、こういう時本当に役に立たない。そんな男達の姿を見てエマは逆に頭が冷静になっていく。


「イアンさんとりあえず火を起こしてお湯を沸かしてほしいっす、あと出来たら近くの村でも街でもどこでも良いんで産婆さん連れてきてほしいっす」

「わ・分かった」

「た・隊長、我々はどうしましょう?」

「あ・ああ、そうだな二人ほど残って火を起こすのを手伝ってくれ、ほかの者達は野盗達をオトクラティアまで連行だ。副長は急いで産婆さん連れてこい!!」

「はっ!!」


 命令を与えられた兵士達の行動は早かった。副長はすぐさま産婆を探して馬を駆り、イアン達は火を起こし近くの川に水を取りに行く。他の者達は野盗達に縄をかけて連行していった。

 それからは正に戦争だった。

 痛みに耐えながら必死に出産するカリンの手をミナが握り、エマは早く産婆さんが来ることを祈りながら赤ん坊の様子を見ていた。

 暫くすると赤ん坊の頭が見え、エマは叫びながら助けを求める。


「あ・頭見えたぁぁぁぁ! イアンさーん?! 産婆さんまだっすか!!」

「ま・まだだ!! ああ…… まだ野党相手に剣振ってたほうが楽だ… お湯沸いたがどうすればいい?!」

「産湯にするんで桶に溜めてください、人肌になるくらいの温度で! 残りは後で身体拭いたりするのに使うので残しといてほしいっす!」

「だ・大丈夫、大丈夫だからねカリンさん、私もエマちゃんもついてるから」


 ミナの言葉にカリンは微笑む。ガタガタと震えるミナの手が不安を増幅させるので離してほしいのだが口にはしない。暫くすると馬の蹄の音が聞こえてきた。


「産婆さんが着たぞ!!―― ぐふっ!!」


 イアンが喜び勇んで幌の中へ入ってきたので、二人は手近にあった物を手当たり次第に投げつけて撃退する。投げられた物の中には投石器用の鉄球や連結棍棒があり鈍い音が辺りに響いた。


「馬鹿じゃないすか!!」

「変態!!」

「あははは」

 

 それからは馬に乗るという慣れないことをさせられて腰が痛いと産婆さんが愚痴った以外は何事もなく、無事に産婆さんの手で赤ん坊は取り上げられ――― 辺りに産声が上がった。

 身体を綺麗に拭かれて布に包まれた赤子は産婆の手からカリンへと渡される。汗で肌に張り付く髪も気にせずに。慣れない抱き方でぎこちなく、自分から産まれ出た赤子を抱く。愛しさが溢れてカリンの顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「ようこそ世界へ、可愛い愛しい私の赤ちゃん」


 此処にかって勇者だった魂を持つ者カラ・レティーシア・レーヴェが誕生した。


読んでくれてありがとうございました。


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