計画実行
更新ちょっと間があいてしまいました申し訳ない。
その日の早朝、後宮は騒然としていた。
新参の愛妾であり皇帝の御子を身篭っていたカリン・イヴィス・レーヴェの居室となっている離宮が火に包まれたのである。
女官や侍女、普段は入れない王宮勤めの男達から魔術師までが消化のために集められたが消火は遅々として進まなかった。何故なら離宮を蔽うように火の上級精霊が顕現し荒れ狂っていたからである。
火を消すために水が運ばれてくるのだが、火の精霊は離宮に近づこうとする者たちに襲い掛かってくるので仕方なく数人の魔術師達が火の精霊を鎮めるか倒すまで手が出せないのだ。
消化作業の現場にはヴァイオレットも当然指揮を執るために奮闘しており、魔術師達が精霊を鎮めるか倒したら即座に消化に移れるよう準備を整えていた。
「ヴァイオレット女官長、何事ですかこれは!!!」
「これはフェイマー侍従長、後宮まで御足労痛み入ります。見ての通りカリン様の居室である離宮から火が上がり現在消火中です。ただ火の上級精霊が暴れていますので作業が滞っております」
「火の上級精霊!? 何故そんなものが、嫌それよりカリン様はご無事ですか?」
「――― カリン様の安否は今の所不明です。精霊の方は十中八九、精霊の牢珠と思われます。あの精霊の荒れ具合から見て間違いないでしょう」
「精霊の牢珠!? ということは……」
「ええ、意図的にカリン様の居室を狙ったものと思われます」
ヴァイオレットに声をかけたのは白くなった頭髪と髭を綺麗に整え、背筋を伸ばした老人だった。フェイマー侍従長は三代前の皇帝から仕える王宮の生き字引であり、皇帝の信頼も篤い人物で外交に関しても相談を受けるなど侍従長としてだけでなく外交官としても優秀な人物である。
いつもは温厚で落ち着きのある彼が息せき切って後宮に駆けつけるほど今回の火事は内政面・外政面共に対して問題があるのだ。
まず内政面では皇帝の愛妾の居室に精霊の牢珠で火を放ったのが誰かという事で王妃から他の愛妾・または他国の間諜など誰がやったのか? 次は自分かもしれない… と暫くの間緊張状態になることは避けられないだろう。ちなみに精霊の牢珠とは精霊を無理矢理宝珠に閉じ込めたもので、宝珠から開放された精霊は閉じ込められた怒りによって鎮まるか倒されるまで暴れ狂うという物である。
外政面では後宮という皇帝の御膝元での襲撃を許したことで帝国の顔に泥が塗られたということ、簡単に言えば他国に対する面子が丸潰れなのだ。情報規制をしたとしても至る所から間諜が少ない数入り込んでいるであろう王宮内では他国の上層部に漏れるのは防ぎようがない。
よってフェイマーは苦渋の滲んだ顔で今迄見てきた誰よりも秀逸に女官長を勤めあげてきたヴァイオレットを見る。
「女官長…… 最悪庇いきれぬかもしれません」
「御心使い痛み入ります、しかしこうなってしまっては仕方ありません。今は事態の収束に全力を注ぎましょう」
「…… そうですな」
毅然とした態度で取り組むその姿にフェイマーは賞賛と悔恨の念を禁じ得なかった。しかしフェイマーは欠片ほども思わなかっただろう、これら全てがヴァイオレットの画策した計画通りだということを。
ヴァイオレットとフェイマーが火の手の上がる離宮前で顔を合わせていた頃、使い終わったシーツを山に乗せた台車を癖のない黒髪を肩まで伸ばした侍女が押していた。
侍女が歩く廊下は離宮からだいぶ離れており喧騒もまだ此処までは届いていない、横を通り過ぎる侍女達も毎日見る光景に違和感を感じることも無く自分達の仕事をするべく早足で目的地へ足を運ぶ、そのまま台車はいつも通り、王宮外の洗濯業者へ受け渡すために業者が集まる城の裏門の一角へと到着する。
そこでは肉・魚・野菜等の卸業者達が次々と荷を下ろしており辺りは早朝とは思えない活気を見せていた。
その活気の横を通り過ぎると幌の張られた馬車が止まっており、黒髪の侍女はそれに近づくと幌の中を覗き込み声をかける。
「お待たせしました」
「いえ、時間丁度ですアイラさん」
「計画に支障はなかったんすか?」
「特に御座いません、それではこちらをお願します」
幌馬車の中から顔を出したのは小柄な茶髪の女性と栗毛色の髪の女性の二人。アイラと呼ばれた侍女は二人を確認するとシーツの入った箱を台車から取り外すとそのまま二人に滑らせて手渡す。
「ぷぎゅ!!!」
「おっも!!太ったんじゃないすかコレ」
二人の悲鳴に箱が揺れる、それを見た三人は慌てて箱を幌馬車の中に押し込んだ。
「はぁ、何してるんですか」
「ご・ごめんなさい」
「いやいや、シーツが重過ぎるのが悪いんす」
また箱が揺れる。三人は箱を無視することに決めて動き始めた。
「では後は頼みます、私は女官長に報告しに戻りますので」
「わかりました」
「んじゃアイラさん、またっす」
「ええ、お互い無事に再会出来ると良いですねミナさん、エマさん」
三人は別れの挨拶を交わすとミナは幌の中へ、エマは御者台に上ると馬車を出す、アイラはそれを確認すると後宮へと戻っていった。
アイラと別れた幌馬車はそのまま裏門の詰所で手形を見せ裏門を出ると、そのまま帝都の四つある正門のうち東にある正門へと向かい進んでいった。まだ早朝ということもあり人通りは少なく馬車は問題なく正門へと到着する。暫くすると詰所から守衛となる兵士が二人出てきて馬車の御者台に座るエマへと声がかかる。
「朝早くからご苦労さん、今日もラクス村まで配達かい?エマちゃん」
「そうすっよ、うちの上司は鬼っすからね私達の苦労なんか二の次三の次なんすよ」
「ハハハ、どこも大変だな、まぁ俺等も仕事だから荷物を改めさせてもらうがかまわないかな?」
「かまわないっすよ、ただ荷台にはミナ姉さんが乗ってるからちょっかいかけたら承知しないっすからね」
「了解了解んじゃ頼むな――― ただなぁミナちゃんがエマちゃんより年上ってのが俺には信じられんは」
「それ本人に言っちゃ駄目すよ、本人気にしてるんすから」
此処半月ですっかり顔馴染みとなった兵士とそんな会話をしていると荷台を調べていた兵士が二人の元に戻ってくる。その顔は渋面を作っておりなんともいえない顔になっていた。
「おう終わったか」
「ああ問題なしだ、後それ以外に問題ありだ。今の会話全部ミナちゃん聞いてたぞ、もうちょっと声落とせよ」
「やっべぇ!?」
エマと話していた兵士が急いで荷台を覗くと、膝を抱えて座り込み落ち込んでいるミナがいた。彼女の周りには重たい空気が漂っており落ち込んでいるのが一目で解る。
「ち・違うんだ、ミナちゃん。エマちゃんより若く見えるってだけで何もミナちゃんが幼いって言ってるわけじゃないんだ」
「――― もう止めとけ、ミナちゃんが哀れで見てられん」
「いや、だけどよ……」
「もう行っていいぞエマちゃん、気をつけてな」
「了解っす」
墓穴を掘り続ける相方か、しゃくりをあげ始めたミナを見ていられなくなったのか、兵士は通行を許可して相方を引きずって馬車から離すと敬礼をして幌馬車を見送った。
幌馬車は街道を進んでいき正門が完全に見えなくなる位置まで来るとエマは荷台にいるミナに向かって声をかけた。
「ミナ姉さんもう大丈夫すよ、カリン姉さん出してあげてください」
返事がない。
「ミナ姉さ~ん?」
返事がない。
おかしいな? と思いエマは馬車を街道の端に止めて荷台を見るとミナはまだ膝を抱えて落ち込んでいた。
「ミナ姉さん……いつまで引きずってんすか!? 」
「だっで… だっで、エマには解んないんだよ、私の気持ぢなんて、解んないんだぁぁぁぁぁぁ」
「ちょっ、マジ泣きとか止めてくださいよ、とりあえずカリン姉さん出してあげないと駄目でしょ」
顔を涙でグシャグシャにするミナに少し退きながらもエマは荷台に乗ると床板を外し始める。すると二重底になっていた底が見え、そこにカリンが横になっていた。
「お疲れ様っすカリン姉さん…… カリン姉さん?」
横になったカリンはプルプルと震えており顔が何かを堪えるように赤くなっている。まさか陣痛が始まったか? とエマが身構えた時カリンの臨界は突破し、それは爆発した。
「ぶはっ!? ぶふっ!! あは!! あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
「うぐっ、うあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁん、笑っだ!! 笑われだぁぁぁぁぁぁぁ!! ガリンざんのばが!! ばぁぁぁぁがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
遠く離れた正門まで届くんじゃないかと思うほどの笑い声を挙げてカリンは笑い、自分が笑われたと理解してしまったミナが更に酷く泣き始める。
「なんだこれ……」
笑い声と泣き声が混ざり合い混沌と化した荷台の上でエマはどうすることもできず立ち尽くすしかなかった。
その頃、後宮では魔術師達が精霊を鎮めることに成功し精霊は何処かへと飛び立っていき、やっと離宮の消化に取りかかれていた所だった。
火の精霊がいなくなったことで元々石造で燃える所の少なかった離宮内で燻っていた火は早々に消し止められ生存者の捜索が開始された。といっても先程の火勢を見た限りでは離宮内にいた人間の生存はよっぽどの事がない限り生存は絶望的であり、捜索する者達の顔も険しいものとなっていた。
捜索者の中にはヴァイオレットの姿もあり彼女は真っ先に離宮の主がいたであろう寝室に向かうとベッドに横たわる妊婦の焼死体と対面していた。その後ろにはフェイマーもついてきており、それを確認すると膝から崩れ落ち頭を抱えながら慟哭した。
ヴァイオレットは侍女から白い布を受け取るとベッドに横たわるそれにかける。その頬には涙が一筋流れており、それを見た女官や侍女達はヴァイオレットとカリンの関係を思い出し涙した。
「おやすみなさいカリン様――― どうか安らかに」
それは凄惨な現場でありながら、慈母のように白い布で被ったカリンであっただろうものを抱き上げ担架に乗せるヴァイオレットの姿は皆の目を惹きつけた。
その後もヴァイオレットは気丈に振る舞い指示を出し続け、結局離宮からはカリンであろう妊婦の焼死体以外にもカリン付きであった二名の女性二人分と屋根裏から密偵と思われる男性三人分の焼死体が発見された。
その後、近衛騎士団副団長バルタザルから今回の犯人であろう人物を今朝偶然見つけたが装備が不十分であったことと相手がかなりの強者であったため手加減できずに捕らえることができず殺してしまった。と報告が挙がり、その人物の持ち物を確認した所、放火に使われたであろう中身の無い精霊の牢珠が見つかったため犯人と断定された。
ただ持ち物はそれだけであり、身元を確認できるものが無かったため、犯人をみすみす殺し尋問の機会を無くしてしまったバルタザルを攻める声も少なくなかった。
その後、報告を受け取りアセリア王国との小競り合いを早々に切り上げて帰国した皇帝は愛妾と御子の死を嘆き、葬儀を執り行う旨を国中に知らせた。
喪は九十日間続き、最初は愛妾と御子は共に皇帝家の墓へ弔われる予定であったが周囲の反対の声が起こったため急遽別の場所に墓が立てられそこに埋葬された。
喪が明け埋葬も終わると、次は貴族達から誰が悪かったのか? と責任追及の議題が出された。そこでヴァイオレット女官長の名が出され、ヴァイオレットもそれに対して何も弁明しなかったのであわや極刑かと思われたがフェイマー侍従長が取り成し何とか女官長の職を辞するのみに留めた。
女官長の任を解かれたヴァイオレットは生家である東部辺境伯アーク・シュレイ・ミスラが治める東部辺境領へと旅立っていった。
それを追うように今回の件を理由に近衛騎士団副団長の任を辞したバルタザルも帝都を後にした。
「それで?離宮にあった死体はどうやって用意したんだ?」
「ああ、妊婦の死体は娼館でお腹の子供が原因で亡くなった娼婦の方がいましたので、こちらで供養するという約束で譲り受けました。他の死体は侍女として忍び込んでいた間者と、こちらを探ってきていた王妃様方の間者ですね。邪魔だったので有効活用させていただきました。貴方が相手した間者も王国から来ていた本物ですよ。精霊の牢珠は私が用意したものですが」
「そ・そうか……」
「さて、カリン達も私の生家である辺境領に着いて出産も無事すんでいるはずです。カリンの子供を見るのが今から楽しみですね。フフフフ」
「ああ、それでな俺との約束の――― 」
「ヴァイオレット様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「あらアイラじゃないでか!? ついてくるなといったのにあの子は――― 何か言いましたか?」
「いや…… なんでもない(まだチャンスはある、焦るな俺)」
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