【5】
「人類最強…とか言われてるルーク・ジャネットさーん?
お前も結局は温室育ちの貧弱なお坊ちゃま何だろ?
そのくせ何で黒蝶と親しくしちゃってんの?ふざけんなよクソ野郎」
『温室育ちの貧弱なお坊ちゃま』
この言葉が気に障ったらしく、先程までは無関心な目をしていたルークが眉を潜めてヒューガを睨む。
否、先程までも内心苛立っていたのかも知れないが。
「…んだと?」
「だって実際そうだろ?
それとも何だ?
お前が…お前如きが、この学園トップの俺に勝る実力者だって言いてぇのかよ?あ?」
「んなの…直接やってみねぇとわからねぇだろ?」
「ちょっと二人共!やめ―」
「ヒューガ君っ!
まーたそんな事して…無闇に暴力振るっちゃ駄目、っていつも言ってるじゃない!」
お互いに挑発した後殺気を放ち、臨戦体勢になった二人を慌てて止めに入ろうとした。
だが、私が発言し終わる前に、聞き慣れない女性の高い声が響いた。
私達は、驚いてその声がした方を凝視する。
其処には、小柄な少女が立っていた。
肩には付かない長さの、橙色に近い薄茶色の髪。
瞳は明るい黄色で、少したれ気味である。黄色い瞳な所為か、何となく猫の様だ、と思う。
服装はこの学園の制服…という事は、この学園の生徒らしい。
「…モニカかよ」
私とルークが呆然としている中、ヒューガが鬱陶し気に呟いた。
そのモニカと呼ばれた少女は、怒った様子で頬を膨らませながら、ヒューガの方へと歩いて来る。
「何よその言い方!
…全く…
すみません、ヒューガ君が迷惑掛けたみたいで…」
申し訳なさそうに眉を下げながら、私とルークへヒューガの代わりに謝罪をする彼女。
私が謝る間もなく、ヒューガが不機嫌そうに口を挟む。
「いーんだよ、そいつ知り合いだから
つーかお前…リントが連れてかれたからってピリピリし過ぎ」
「うっ…五月蝿い!
って言うか別にリント君が居ないからじゃないし!」
モニカは若干顔を赤くしてヒューガに反論しているが様だが、その反論の声は私の耳に入らなかった。
『リント』
その名前が、何故か物凄く懐かしく感じる。
今まで何度も口にしていた気がする。
…いやいや、そんな筈はない。
だって…いつ口にした?何処で口にした?
記憶を辿っても全く心当たりがない。
ない筈…なのだが。
「あの…
リントって…リント・グライアス…?」
「何で知ってんだ?」
「あ、えっと…」
何故フルネームを知っているのかわからない。
だが、知っている…と言うよりは勝手に口が動いた、という様な感覚だった。
ヒューガに質問され更に戸惑っていると、頭の中に声が響いた。
『ジュリ!またやられたのかよ!?』
『うん…
…ねぇ、リント…私…いつまで耐え続ければ良いのかな…』
『…俺がぜってー連れ出してやるから、それまで待ってろ
約束する』
何処かの少年と少女の声だった。
「ジュリ」「リント」と呼び合っているという事は、少年はリントで少女は幼い頃の自分…なのだろう。
と言う事は…もしかして、リントは―
「…幼なじみ」
頭の中に響いた声に更に戸惑いつつも、憶測に過ぎないが、そう答えた。
「幼なじみ!?
リント君と…えっと、ジュリさん…?が?」
「…ジュリ・ルーンです
貴方は…モニカさん、で合ってますか?」
「あ、はい!モニカです!
モニカ・ファーミンって言います!」
モニカは少し慌てた様子で姿勢を正し、自己紹介をした。
未だ幼なじみだという事に驚いている様で、少しだけぽかんとしている。
「ところで、その…リントが居ないというのは…」
「あ、そうでした!そう何ですよ!
リント君、魔術者狩りにあって…赤目の奴等に連れて行かれたんです!ラズマーズ遺跡で実験に使うって!実験は明日だから、コイツを返して欲しければもっと良い代わりを今日中に連れて来いって!
一刻も早く助けに行かないと!」
モニカの可愛い顔が、怒りで般若の如く歪んでいく。
『魔術者狩り』というのは、赤目の集団が魔術に特化した人を攫っている事件の事だ。
最近頻繁に起こっていて、行方不明者や死傷者が後を絶たず、社会問題となっている。
しかし、赤目の集団は突然現れ突然消えるらしく、疎の所為で行き先も目的も謎となっているらしい。
「魔術者狩り…か」
不意に、話へ入れず黙っていたルークが呟いた。
「どうする?ルーク」
「…俺の意見より…お前はどう何だ。お前はどう思う
…と言うより、幼なじみの事が気にならねぇのか?」
「え?」
意外な返答に目を丸くする。
私はルークの判断に従おうと決めていたのに、私の意見を求められたからだ。
気を遣っているのだろうか。
「私は…勿論気になるよ
赤目の集団の事もだけど…何より、幼なじみであろうリントの事が
でもまぁ、最終的な判断はルークに任せるよ?」
この旅の目的は、あくまで妖幻技者について知る事である。
私の幼なじみを探す事ではない。
「そうか、なら赤目を追うぞ」
「え…良いの?」
「あぁ、俺としても気になるからな
赤目という事は…『アレ』に関しての手掛かりを掴めるかも知れねぇだろ?」
『アレ』とは妖幻技者の事だろう。
確かにそうかも知れない。
と言うより、妖幻技者との関わりがあると考えた方が自然かも知れない。
「あの…赤目を追うなら私も連れて行って下さい!
リント君が攫われたのに、黙っておく何て出来ません!」
この少女はきっとリントが好き何だろう。
私の中ではそういう事になった。
「ちっ…おいジュリ、俺も行くぞ
赤目は大規模な組織だ。お前が居るとは言え、苦戦するかも知れねぇからな」
ヒューガの事だから、きっと他の意図もあるのだろう。
だが、相手は何人居るか分からない為、仲間は一人でも多い方が良い。
「私は構わないけど…」
「俺も良い
そうと決まれば行くぞ」
その言葉を聞いて私は学園を出た。
続いてルーク、モニカ、ヒューガの順で学園を後にする。
私の後ろに居たルークが、少し歩幅を広げ私の横まで歩いて来た。
そして、歩みを止めないまま、モニカの怒号に掻き消されそうな程小さな声で囁く。
俺にまで気を遣うんじゃねぇ、と。