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再び鳥海山麓へ

 第10章 出陣式


 ヤミ族の白い粉


 由紀子達は、小川に沿って東に向かって進んでいたが、小川の傍には草木が生い茂っており、小鳥の姿も見られ、楽園のようであった。ただ、小鳥といっても、やはり六つ足で嘴はなく、どこかネズミのような顔を持つ小鳥であった。

 ナトスが、義輝の馬の後ろで地図を見ながら、

「地図では、ここは『モモケス』という楽園になっています。このモモケスの東の端は断崖絶壁になっており、そこに滝がある筈です」と皆に向かって言った。

 由紀子達は、モモケスの楽園を小川に沿って進んでいたが、東に向かうにつれて、川幅が徐々に大きくなっていった。由紀子達は、楽園という言葉にどこか安心しきっていたのであろうか、突然木の陰から、素早い何か黒い動物が飛んできて、馬の上にいた健一の左腕を掠めていき、健一の左腕に掠り傷を負わせた。

 義輝が馬を止めてその動物目掛けて矢を放ったが、その動物は非常に動作が早く、矢は動物がいなくなった場所に空を切るように虚しく突き刺さるだけであった。由紀子達は、思わず剣を抜いて、その動物の次の動作に対処するために身構えた。

 その動物の姿を見て、由紀子と敏雄と健一は目を疑った。その動物はまさしく彼らの世界の黒豹であって四足であった。多分、この世界と由紀子達の世界のトンネルがどこかの時代にどこかで繋がった際に、この世界に紛れ込んでしまったのであろうと思われた。

「黒豹だわ! 我々の世界の動物よ! かなり獰猛で素早い動物よ! 皆気をつけて!」と由紀子が叫んだ。

 黒豹は、今度はロタを目掛けて飛び上がった。ロタは、剣で応戦したが、ロタの左腿が黒豹の右足の爪で傷付いた。これを見たナトスが目を瞑って念じると、小石が着地した黒豹の目に当たった。この隙にシドが馬を降り、黒豹の体に剣を突き刺した。黒豹はもがきながら、シドに向かって前足の爪でシドを襲い、シドの左手が傷付いた。シドと同時に馬を飛び降りたロタが槍で、黒豹の眉間を突き刺し、黒豹は息絶えた。

「危ない所でした。楽園でもこの世界では気を抜けないということですね……皆、気を付けましょう」と由紀子が言った。

 由紀子が、袋の中から鶏ケ谷の部落でもらった薬を取り出して、健一とシドとロタの傷付いた部分に塗って、持っていた晒を剣で切り包帯として巻いて治療した。

「由紀子様有難うございます」と三人が同時に由紀子に礼を述べた。

 由紀子達は、再び馬に跨り、東の滝を目指して、モモケスの楽園を川に沿って進んで行った。

 モモケスの楽園の東の端に漸く辿り着くと、そこはナトスの行ったように、川幅が広くなった川の水が、断崖絶壁の下へと落ち込んでいる大きな滝になっていた。由紀子達は馬を降りると、馬を傍の木に括り付けて、滝の傍へと歩いて行った。

「ルツさん、どのようにすれば、ヤミ族の扉が開かれるのですか?」とナトスがルツに尋ねた。

「では、ヤミ族の三つの印であるタラーの神の像と、タラーの神の紋章が描かれた石版と、私達が持っていたタラーの神の経典を出して下さい」とルツが由紀子達に向かって言った。

 由紀子達は、旅で手に入れ持っていた三つの印をルツに手渡した。ルツは三つの印を受け取ると、落ちていた小枝を拾って、小枝の先で地面の上に、先ず大きな円を描き、その中に丁度接するように四角形を描いた。そして、タラーの神の像をアタスに手渡すと、アタスを四角形の一つの頂点に立たせた。

「ロタさん、この石版を持ってアタスと反対の頂点に立って下さい」と言って、石版をロタに手渡した。

 ロタは、石版を受け取ると、ルツの言う通りにアタスと反対の頂点に立った。

「由紀子様、貴女は銅鏡を持っている筈です。それを持ってアタスの向かって左隣の頂点に立って下さい」とルツが由紀子に向かって言った。

「ええ? どうして私が銅鏡を持っていることが分かったのですか?」と由紀子が不思議そうに聞いた。

「昔、河原崎守永様にその女性が銅鏡を持っている筈で、それがヤミ族の扉を再び開く鍵になると聞いています」とルツが答えた。

 由紀子はなる程と納得して、持っていた銅鏡を取り出すとアタスの向かって左隣の頂点に立った。

「最後に、アタスの向かって右隣の頂点に、誰かもう一人、由紀子様の持っている銅鏡と対になった銅鏡を持っているお方がいると思いますが……立って下さい」とルツが言った。

「それは、私です!」と言いながら、義輝が持っている銅鏡を取り出して、アタスの向かって右隣の頂点に向かった。

 ルツは、微笑みながら、

「これで、扉を開く四角の陣が出来上がったわ……ムジャラク、ハンサミンガ、バメラクモハドメラス、パタリオスモストス、パメリン……」と経典を見ながらタラーの神の祈りであろうか唱え始めた。

 すると、徐々にアタスが持っていたタラーの神の像の両目が白く輝き始めた。そして、一段と目が白く光った瞬間に白い光線が両目から出て、タラーの神の右目からの光線が義輝の持っていた銅鏡に反射して、ロタの持っていた石版のタラーの神の紋章に当たった。それと同時に、タラーの神の左目からの光線が由紀子の持っていた銅鏡に反射して、ロタの持っていた石版のタラーの神の紋章に当たった。ロタは衝撃で少しよろめいたが、両足で踏ん張った。石版の紋章に当たった光線は、由紀子達が立っていた地面に当たり、由紀子達全員の地面が突然なくなり、由紀子達全員が落下していった。

 不思議な事に、落下速度はそれほどではなく、ゆっくりと落ちていくのが感じられた。由紀子の目には、落ちていく瞬間に今まで起きた出来事がスクリーンのように目まぐるしく映し出されているようであった。どれくらい時間が経ったのであろうか、漸く落下速度がなくなり、由紀子達全員は白い床に立っていた。

 そこは、神殿の中のようであり、一面が白い大理石のような壁で覆われており、大きな柱が数本並んでいた。その一本一本には、荘厳なタラーの神の紋章が刻まれていた。白い石で出来た祭壇と思しき所の後ろに、大きな黄金色の金属製のタラーの神の像があり、その横にスクリーンのようなものがあった。そして、祭壇の上には、大きな石の(かめ)が置いてあった。

 祭壇の前に二人の老人が微笑みながら立っており、一人は、ルツと同じく透き通るような白い肌に銀色の長い髪を持ったヤミ族の人物であり、もう一人は、由紀子達と同じ日本人の老人であった。

「私がこのヤミ族の長老のルカです。由紀子様、皆さん良くここまで無事で来られました。貴方達の様子はここでゆっくり拝見させて頂きました。貴方達の勇気、知恵、愛、絆を確かめさせていただきました。貴方達は、あの悪霊を退治するのに十分な力を持っています。ルツ、久しぶりじゃ、随分永い間反省してもらったので我が孫アタスとともに、再びヤミ族の一員に戻れるぞ」とゆっくりと話し始めた。

「お父様、お久しぶりです。やっと戻ることが出来ました。アタスもこの通り喜んでいます」とルツがルカに向かって言った。

「由紀子です、お会いできて光栄です。こちらの方は?」と由紀子がルカに尋ねた。

「こちらは、河原崎守永殿本人です。彼は、かなり予言などの能力が強く、我々の存在を察知して、再び悪霊スファスがこの世界と貴女の世界を滅ぼす企みを予知してここに来られました。我々に協力してもらっていたのです。その代わりに彼には、我々と同じ寿命二千年を与えることにしました」とルカが答えた。

「私が、河原崎守永です。由紀子様、義輝様、敏雄様、健一様、シド様、ロタ様、ナトス様、ケシム様、ここまで無事で来られて安心しました。きっと、貴方達は、徳子様と安徳天皇の生まれ変わりである浩介様を悪霊からお助けすることができるでしょう!」と守永が由紀子達全員に向かって言った。

「あの甕に入っている白い粉は、我々の先祖から代々伝わるタラーの神から教えられた秘伝の製法で創られた神聖な粉です。これを悪霊に支配された兵士に吹きかけると、悪霊の支配が及ばないようになり、兵士達はその場で静止することになります。但し、悪霊の力が強いので、丁度一時間程でその効果がなくなってしまいます。その間に徳子様と浩介様に取り憑いた悪霊を退治しなければなりません……」とルカが甕を指差して言った。

「ケシム、既に貴方達バセル族に私が連絡しておきました。貴方の種族がここに向かっているところです。この白い粉を手分けして、由紀子様をお助けすると約束した種族に配るのじゃ。貴方達バセル族で、由紀子様達をそれぞれ元いた部落に速やかに運ぶのじゃ……」とルカがケシムに言った。

「ルカ様、我々は元々貴方様に仕えた種族、お役に立てるこの時を長年待っておりました。是非、ルカ様、由紀子様のお役に立てるよう種族全員で、悪霊に立ち向かう覚悟です」とケシムがルカと守永の前に跪いて言った。

 由紀子達は、ルカが甕から取り出した自分達用の白い粉をそれぞれ袋に詰めた。ケシムの一族がぞくぞく神殿に到着し始め、それぞれルカが甕から取り出した白い粉を袋に詰めて、ルカに命じられた通りに、それぞれ由紀子に味方する種族に白い粉を届けるために飛び立って行った。

「我々の得た情報では、七日後に由紀子様のいた世界に出陣する出陣式を四面京で行う予定になっています。由紀子様、義輝様、敏雄様、健一様は鶏ケ谷に戻って戦いの準備を始めて下さい」と守永が由紀子達に向かって言った。

「ルカ様、守永様、ルツ様にアタス、有難うございます。必ず、悪霊を退治してみせます。シドさん、ロタさん、ナトスさん、ケシムさん戦いの時には宜しくお願いします」と由紀子が言った。

「由紀子様、必ずお味方致します」とシド達が一斉に答えた。

「由紀子様、こちらは我々の種族の守備隊の副隊長のセシムで女性です。彼女とその部下が由紀子様達を鶏ケ谷にお連れ致します」とケシムがセシムを紹介した。

「由紀子様、私がセシムです。貴女を鶏ケ谷にお連れするとともに伝令係りです」とセシムが由紀子に言った。

「こちらこそ宜しくね」と由紀子が答えた。

 由紀子達は、ケシムの一族とセシムに抱きかかえられて、それぞれの部落に向かって空へと飛び立った。由紀子と敏雄と健一は生まれて始めて鳥のように大空を舞ったので、最初はおっかなびっくりであったが、次第にあたりを見る余裕が出来、風が頬を切るのが爽快であった。

「セシムさん、空を飛ぶというのは気持ちのいいものですね……最初は怖い気がしましたが……」と由紀子が、由紀子を抱き抱えて飛んでいるセシムに呟いた。

「そうですね、我々も長年羽を持たなかったので最初は怖い気がしましたが、血というのは凄いものですね、もう空を飛べない生活は考えられません。その為にも悪霊を早く退治したいものです……」とセシムが羽をばたつかせながら答えた。

 途中、泉のような場所で二度休憩を取った後、再び鶏ケ谷を目指して空を飛んで行った。上空から見て漸く鶏ケ谷の部落が小さく見え始め、しばらくすると鶏ケ谷の広場に無事着陸した。白い粉を運んでいた先遣隊が既に到着しているみたいで、源氏の兵士達が白い粉を自分達の袋に詰めているところであった。その横には、頼安と義彦が指揮を執っていた。

 由紀子達が空から舞い降りてきたのを見つけた二人は、由紀子達に駆け寄って来て、頼安が、

「由紀子様、敏雄様、健一様、義輝、ご苦労様でした。ついにヤミ族に会うことができたのですね……貴方達が帰ってくる前に、空から彼らが降りてきた時は吃驚しました。悪霊の手下かと思って大騒ぎになりましたが、彼らが白い粉を見せて事情を話してくれて助かりました。七日後に行われる出陣式の際の戦に備えて、兵士に白い粉と吹き竹を配っていたところです。本当に良かった……」と義輝に抱き付きながら言った。

「由紀子様達、本当に長旅ご苦労さまでした……良くご無事で……」頼義が半分涙目になりながら言った。

「既に手筈は出来ております。我々の間者が四面京に潜入しており、当日、由紀子様達を出陣式が行われる大内裏の宴の松原に入れる手筈になっています。そして、各門にも我々の間者が配置されて狼煙の合図とともに門を開け、我々軍勢が雪崩れ込むことになっています」と頼安が由紀子達に説明した。

 由紀子達は、鷄ケ谷で旅の疲れをとり、七日後の出陣式に備えることになった。セシム達も夜は飛べないので、この鷄ケ谷で羽を休めるために、一晩泊まることになった。

頼安が夕飯にセシム達を招待した。セシム達は、始めて食べる和食に目を丸くして、

「世の中にこんな美味しい料理があったなんて感激です。我々種族は、動物の肉をそのまま焼いて食べるだけですから。世の中が平和になったら、是非料理を習いに来ます」とセシムが頼安に行った。

 セシム達は、由紀子達を助けてくれる種族に一日前にこの鷄ケ谷の部落に集まるようにという由紀子の伝令を伝えることになった。

「セシムさん、此処まで連れてくれて有難う、ケシムとピリカにも宜しくお伝えください」と由紀子がセシムに言った。

「分かりました。必ず伝えます。由紀子様も気を付けてください」とセシムが答えた。

 ケシム達は、白い粉を運んで来た先遣隊とともに、由紀子達を助けてくれると約束した種族に伝令を伝えるために飛んで行った。


 出陣式前日


 いよいよ出陣式の前日になり、鳥人間種族のバセル族の伝令のお蔭で、続々と兵士が鶏ケ谷の部落の広場に集まって来た。最初に現れたのは、女系一族マシュケ族のロタ率いる女性軍団であり、左手には槍を持ち、左の腰には剣を持っていた。

「由紀子様お久しぶりです! 由紀子様達とともに悪霊を退治するのが楽しみです」と広場の一段高くなった台に立っている由紀子に向かって言った。

「ロタさん有難う、助かります」と由紀子が答えた。

 次に現れたのは、シド率いる男系一族シカベ族であり、六つ脚の馬に跨った騎士軍団が勢揃いしていた。

「由紀子様、我々にお任せください、悪霊に取り憑かれた兵士達を蹴散らせてみせます……」とシドが由紀子に向かって言った。

「それは頼もしい限りです。宜しくお願いします」と由紀子が答えた。

 その次に現れたのは、ナトス率いるサハル族の小人軍団を一人ずつ抱えた、ケシムとセシムが率いるバセル族が空から舞い降りてきた。バセル族は白い羽をばたつかせながらゆっくりと空から鷄ケ谷の広場に舞い降りて来た。セシムに抱きかかえられて降りて来たナトスが、

「由紀子様、我々サハル族も、身体は小さいけれど頭と超能力で、大きい人達に負けないくらい戦って悪霊を退治してみせます」とナトスが由紀子に向かって言った。

「我々、バセル族は空から、悪霊に取り憑かれた兵士、悪霊を退治するつもりです」とケシムとセシムが由紀子に向かって言った。

「ロタさん、シドさん、ナトスさん、ケシムさん、セシムさん有難う。これでいよいよ明日の出陣式で悪霊を退治する準備ができました。明日の計画の詳細について、頼安殿から説明していただきます」と由紀子が広場に集まって来た種族と頼義率いる源氏の軍団に向かって言った。

「ここに四面京の地図があります。先ず、頼義率いる源氏の軍団は、朱雀大路を北上して、大内裏の朱雀門を目指します。シドさん率いるシカベ族の軍団は、近衛大路を西から東に進んで、大内裏の殷富門(いんぷもん)を目指してください。ロタさん率いるマシュケ族は、近衛大路を東から西に進んで、大内裏の陽明門を目指してください。私が率いる源氏の軍団は、朱雀大路から直接大内裏の偉鑒門(いかんもん)を目指します。最後に、ケシムさんとセシムさん、ナトス率いるサハル族を抱えて、直接大内裏の宴の松原に上空から降りて来て下さい。我々の間者が、大内裏のそれぞれの門に配置されているので、徳子様と安徳天皇に取り憑いた悪霊と戦う際に狼煙を上げる手筈になっています。狼煙の合図とともに門を開けるので、一斉に大内裏の宴の松原に雪崩れ込んで、悪霊に支配された兵士達と戦って下さい!」と頼安が四面京の地図が描かれた屏風を前にして説明した。

「私と、義輝様、敏雄、健一の四人は、これから一足先に四面京の大内裏に潜入して、明日の出陣式を待ちます。当日は、貴族達に紛れて出陣式の最前列に立ち、頼安様の間者の一人が戦いの狼煙を上げることになっています。徳子様、安徳天皇の腹心である平宗明、宗盛親子も悪霊の手下に取り憑かれていると思われ、かなり手強く、ヤミ族の白い粉をかけてみますが、効かないおそれが十分あります。我々の前に潜入している、義子様、佳子、早苗、恵美の四人に白い粉を手渡して、宗明、宗盛親子にかけた時に、頼安様の家来で間者として大内裏にいる黒田靖家様が狼煙を上げ、我々が一斉に徳子様に取り憑いた悪霊と戦うことになります。皆さん宜しくお願いします」と由紀子が言った。

「我々騎士団にお任せ下さい、いち早く駆けつけます」とシドが言った。

「私達にもお任せ下さい」とロタが言った。

「我々バセル族の空からの攻撃と、ナトスの率いるサハバセル族の超能力攻撃もありますから……」とケシムとセシムも言った。

「必ず由紀子様達をお助けします」とナトスも言った。

 由紀子と義輝と敏雄と健一は、馬に跨がり、四面京へと向かった。四面京では、頼安の間者が大内裏の南西にある談天門(だんてんもん)を開けてくれる手筈になっていた。

 義輝に先導され、由紀子達は、鷄ケ谷から一路四面京の入口である中御門大路を目指した。中御門大路に着くと、四面京に入る前に、目立たないように馬を降り、大内裏を目指して 大路を歩いて大内裏を目指した。辺りはすっかり暗くなり、道行く人も少なくなってきた。由紀子達は、大内裏の談天門に着くと、義輝が間者との合図である、門を剣で二回擦るような音を立てた、すると、門がゆっくり開き、一人の貴族の出で立ちの男性が現れた。

「義輝殿ですか? 私は、頼安様の家来の黒田靖家です。頼安殿から聞いております。由紀子様達も、見つからないように早くこちらに」と靖家が付いてくるようにと手招きした。

 靖家は、由紀子達を大内裏の詰め所に案内した。そこには、頼安が送り込んだ間者が何人か集まっており、その中の女官の一人が、

「義子様達には、我々の間者である明日香様を通じて、ヤミ族の白い粉を既に手渡しております」と由紀子に言った。

「明日は、私と一緒に貴族の姿で貴族達に紛れて、出陣式の最前列に立ち、義子様達が、白い粉を宗明、宗盛親子にかけた時に私が狼煙を上げるので、その時が戦の始まりです……」と靖家が由紀子達に説明した。

「分かりました。明日宜しくお願いします」と由紀子が答えた。

 一方、その時、宮中の飛香舎(ひぎょうしゃ)では、明日香という女房とともに暮らしていた義子、佳子、早苗、恵美の四人は、頼安の間者である明日香から秘かにヤミ族の白い粉の入った小袋を手渡されているところであった。

「由紀子様が、義輝様、敏雄様、健一様と一緒に、悪霊に取り憑かれた兵士に効果があるというヤミ族の白い粉を求めて、ヤミ族に会う旅に出られて、手に入れた物だそうです。旅の途中で様々な種族を味方につけられたそうで、出陣式の日に一斉に攻めてくるそうです。私達は、出陣式の際に、この白い粉を宗明、宗盛親子にかける役目です」と明日香が小声で佳子達に説明した。

「良かった由紀子達が無事で」と佳子が呟いた。

 その時、飛香舎の佳子達がいる部屋に、佐和子が入って来て、

「義子様、佳子達、いよいよ明日が出陣式です。明日香から詳細は聞いています、皆宜しくね!」と言った。

「佐和子先輩、由紀子達も頑張っているので、私達も頑張らなきゃ……」と早苗が自分に言い聞かせるように呟いた。


 出陣式


 いよいよ出陣式の朝を迎え、鷄ケ谷を前日に出たシド率いるシカベ族の騎士団は、四面京の西に、ロタのマシュケ族は、四面京の東に、頼安の軍勢は、四面京の北に、頼義の軍勢は、四面京の南に陣を張った。ケシムとセシムのバセル族とナトスのサハル族は、四面京の北西の大内裏を臨む小高い山に陣を張った。そして、ケシムとセシムのバセル族とナトスのサハル族以外は、それぞれ定められた大路を大内裏に向かって進軍して行った。それぞれの大路には、白い濁った瞳の徳子の兵士が、出陣の為に大路を埋め尽くしていた。

 シド率いるシカベ族の騎士団は、近衛大路を西から東に大内裏の殷富門を目指して進んで行った。先頭のシドが、白い粉を使わず、剣を振り回し、襲い来る徳子の兵士を払い退けようとしたが、不死身の兵士は、シドを馬から引きずり下ろそうとした。仕方なく、シドも馬に括り付けていた袋から白い粉を取り出し、吹き竹を用いて白い粉を兵士に浴びせた。兵士は苦しそうにもがきながらその場で動けなくなった。これを見て、シドは、騎士団に向かって、

「彼らは不死身だ! 白い粉を用いて進むのだ!」と叫んだ。

 騎士団全員、袋から白い粉を取り出し、馬の上から吹き竹を用いて白い粉を兵士達に浴びせながら、近衛大路を西から東に大内裏の殷富門を目指して進んで行った。

 ロタ率いるマシュケ族は、槍を用いて徳子の兵士を突き刺したが、兵士達はものともせず、進んで来た。形勢が不利であることを理解したロタが、

「これじゃ埒があかない! 全員白い粉を用いて!」と槍を振り回しながら叫んだ。

 このロタの命令で、全員が袋から白い粉を取り出し、吹き竹を用いて白い粉を兵士達に浴びせたところ、徳子の兵士達は、苦しそうにもがきながらその場で動けなくなった。そして、ロタ率いるマシュケ族は、白い粉を兵士達に浴びせながら、近衛大路を東から西に進んで、大内裏の陽明門を目指して進んで行った。

 頼義の軍勢は、剣と弓矢で一斉に徳子の兵士に立ち向かって行ったが、徳子の兵士は矢が突き刺さったまま、剣で腕を切り落としても頼義の軍勢に襲い掛かって来た。これを見た頼義が、

「話は聞いていたが、これほど不死身な化け物の兵士は初めてだ……全員由紀子様の持ち帰った白い粉を用いよ!」と叫んだ。

 頼義率いる源氏の軍団は、全員が袋から白い粉を取り出し、吹き竹を用いて白い粉を兵士達に浴びせた。徳子の兵士達が、苦しそうにもがきながらその場で動けなくなったのを見て、頼義が、

「これほど効果があるとは。全員大内裏の朱雀門を目指して進め!」と剣を振り上げて叫んだ。

 頼義率いる源氏の軍団は、白い粉を兵士達に浴びせながら、朱雀大路を北上して、大内裏の朱雀門を目指して進んで行った。

 一方、頼安の軍勢は、四面京の北の朱雀大路から直接大内裏の偉鑒門の前に事もなく無事進み、密かに時を待っていた。

 その頃、四面京の大内裏では、出陣式が始まるところであった。宴の松原の広場には、悪霊に操られた百名程の白く濁った瞳の武将が並んでいた。宴の松原の広場の演壇の前には貴族が陣取り、由紀子達も靖家の横に貴族の出で立ちで並んでいた。

 宴の松原の演壇には、既に平宗明、宗盛親子が戦の出で立ちで並んでおり、その横に河原崎徳永が並んでいた。雅楽が鳴り響き、先ず、義子と佳子に先導されて、佐和子が入って来た。続いて、早苗と恵美に先導されて、安徳天皇である浩介が入って来た。最後に明日香に先導されて、徳子が入って来た。

「皆の者、いよいよ我が平家が積年の怨みを晴らす時が来たのじゃ。我が軍勢は不死身であり、我々がいた世界の軍勢にも負けはせぬ。軍勢の半分は、我が平家がいた世界に行き支配するのじゃ、指揮は、この宗盛がとるぞよ。残りの半分は、この世界を支配するために出陣するのじゃ、指揮は、宗明がとるぞよ。元の世界もこの世界も我らのもの……」と徳子が武将を前にして言った。

「朕は安徳である。皆の者、我等に栄光あれ……」と浩介が続いて言った。

「これより、平宗明、宗盛に勝利の盃を授けん」と徳子が言って、義子と佳子と早苗と恵美の四人に酒の入った徳利と盃とを持ってくるように指示した。

 早苗と恵美が盃を持って来て、平宗明、宗盛親子に手渡し、義子と佳子が酒の入った徳利を持って来て、平宗明、宗盛親子が差し出した盃に徳利の中に入った酒を注ぐふりをして、徳利に入った白い粉を素早く、平宗明、宗盛親子の顔面に撒いた。その途端、平宗明、宗盛親子はぐらっとその場に苦しそうにしゃがみ込んだ。

「何をする!」と徳子が叫んで、目から白い光線のようなものを出そうとした。

 それと同時に、靖家が狼煙を上げるとともに、由紀子と義輝が剣を抜き、徳子に襲いかかろうと、演壇に駆け上がった。徳子は、義子と佳子から目を離すと、

「お前達は、何者。ええい、宗明、宗盛立ち上がるのじゃ、皆の者かかれ」と言いながら、目から光を出して、義輝と由紀子を体ごと吹き飛ばした。その衝撃で、義輝と由紀子の剣は手から落ち床に転がった。

 それと同じくして靖家と敏雄と健一も、すかさず演壇に駆け上がって、宗明に靖家が剣で切りかかり、宗盛に健一が剣で襲いかかり、敏雄が浩介に襲いかかった。宗明、宗盛親子はすかさず立ち上がり、剣を抜き、靖家と健一と剣を交え始めた。浩介の目が白く輝き始め、襲いかかろうとした敏雄に狙いを定め、浩介の目から放たれた光が敏雄の剣に当たり、敏雄の剣が跳ね飛ばされた。宗明、宗盛親子の目も白く輝き始め、宗明、宗盛親子の目から放たれた光が靖家と健一の剣を跳ね飛ばした。

 後ろに吹き飛ばされ、演壇から転げ落ちた由紀子と義輝に、白く濁った瞳の武将達が剣を抜き襲いかかろうとした瞬間に、武将の持っていた剣が吹き飛ばされた。

「由紀子様、大丈夫ですか?」という懐かしい声が上空から聞こえて来た。

 由紀子が上を見上げると、カシムに抱えられたナトスであった。ケシム達バセル族に抱えられたサハル族が一斉に袋から白い粉を、悪霊に操られた武将に撒き散らした。白い粉がかかった武将達は、もがき苦しみ、その場に動けなくなった。

 その時、時を同じくして、シドの率いるシカベ族の騎士団と、ロタの率いる マシュケ族が宴の松原の広場へ東と西から雪崩込んできた。不意をつかれた武将達は右往左往しながら応戦した。シドとロタの軍勢が白い粉を吹き竹で武将達に浴びせ掛けた。白い粉がかかった武将達は、もがき苦しみ、その場に動けなくなった。

そこへ、さらに頼安の軍勢と頼義の軍勢が、宴の松原の広場へ北と南から雪崩込んできて、白い粉を吹き竹で武将達に浴びせ掛けた。

 それを見ていた徳子が、

「おのれ、貴様達はあの時逃げ出した源氏、許さぬ……」と言って両手を高々と上げて広げた。そして、徳子の両手が白く輝き始め、由紀子と義輝に狙いを定めた瞬間、上空のナトスが目を瞑り念じ、義輝と由紀子の床に落ちていた剣が、一直線に徳子目掛けて飛んで行った。徳子は、一瞬怯んで剣を避けようとして、白く輝き始めた手を一瞬降ろした。これを見た由紀子と義輝が二手に分かれ、由紀子が向かって右側に、義輝が向かって左側に走り、義輝と由紀子は、左右に分かれて、銅鏡を懐から取り出して、義輝と由紀子は、左右に分かれて、銅鏡を懐から取り出した。

「一二の三、天照(てんしょう)!」と由紀子が叫んだ。

 由紀子が向かって右側で、左側の太陽の光を、義輝が向かって左側で、右側の太陽の光を、丁度交差するように徳子目掛けて浴びせかけた。丁度徳子の両手から放たれた光と、義輝と由紀子が放った交差し合体した光とがぶつかり合い、徐々に徳子が放った光を押し戻していった。そして、ついに義輝と由紀子が放った光が徳子の顔面に当たった。その衝撃で、徳子が後ろによろめいた。すかさず、由紀子が演壇上に再び飛び上り、持っていた瓢箪に入っていた神水を徳子の頭から浴びせかけた。

 徳子の顔が歪み始め、その顔は女性の顔から、みるみるうちに赤黒い皮膚で、四つのつりあがった目があり、口が目のあたりまで裂け、その口から牙が生え、尖った耳が四つあり、頭のてっぺんに三本の尖った角を持った悪霊の苦しそうな顔が現れた。徳子は、両手でその苦しそうな顔を押さえ、苦しそうな喘ぎ声を上げながら跪いた。徳子の体が白く輝き始め、その輝きがみるみる大きくなり、演壇の上方に拡がり、その光が苦しそうな悪霊の顔になった。

「うううー、我はスファス、この怨み決して忘れぬぞ!」と言って、その白い悪霊が上空へと消えて行った。

 それと同時に、浩介、平宗明、宗盛親子の体も白く輝き始め、その体から小さな白い球が出て、スファスとともに上空へと消えて行った。さらに、武将達、外の兵士達も白い濁った瞳が透き通った瞳に戻っていき、動くことができるようになって、皆不思議そうな顔をしてお互いに顔を見合わせていた。

 徳子がうめきながら顔を上げて、

「私は一体何をしていたのでしょうか? 確か、平宗明様が私の家に来られて、徳子様の生まれ変わりと仰っていたところでした……」と善良そうな婦人の顔に戻って呟いた。

「うう。あの時、私が、河原崎徳永様の命令で、この四面京を平和に治めるために、宗盛と一緒に徳子様を迎えに行ったところだった……そうだその時白い光が我々を襲ったのだった……その後の記憶がないが……」と宗明が苦しそうに言った。

「そうです、その通りです、父上……徳永様どういうことですか? この者達は?」と宗盛も苦しそうに頷きながら、演壇に立っていた徳永に向かって尋ねた。

「私から説明しましょう。貴方方は、悪霊スファスに取り憑かれて、この大内裏に戻ってきました。ここにおられるのは、我々の祖先がいた元の世界から来られた救世主の由紀子様、安徳天皇の生まれ変わりの浩介様、そのご友人の敏雄様、健一様、佳子様、早苗様、恵美様、そして、こちらが源氏の末裔である義輝様、義子様兄弟です」と徳永が説明し始めた。

「そうでした、あの時、安徳天皇の生まれ変わりである人物が、元の世界から遣って来るというので、徳子様の生まれ変わりであるという冨美子様に大内裏に来てもらい、佐和様と結婚してもらいこの世界の平和のために御世継ぎをということで、登美子様の元に伺ったところでした……」と宗明が思い出したように呟いた。

「徳子様と、宗明様、宗盛様が悪霊スファスに取り憑かれてしまいました。そのため、我々河原崎家に伝わる古文書の教えに従って、佐和が元の世界に行き、救世主である由紀子様、安徳天皇の生まれ変わりである浩介様を、この世界へと導いたのです」と徳永が説明した。

「後は私から説明します。ここにおられるのは、義輝様の叔父の頼安様とそのご子息の頼義様です。我々は、悪霊スファスから貴方方を救うために、悪霊に効果のあるヤミ族の白い粉を手にいれる旅に出て、途中で、今回我々の味方をしてくれたシカベ族のシド様、マシュケ族のロタ様、バセル族のケシム様とセシム様、サハル族のナトス様に出会いました。ただ、残念なのは、悪霊に取り憑かれた宗盛様の軍勢に義輝様、義子様の父親である義明様、次男の義政様が亡くなられたことです」と由紀子が言った。

「悪霊に取り憑かれていたとはいえ、それは本当に申し訳ないことをしました」と宗明が義輝と義子に向かって言った。

「悪霊に取り憑かれていたので、徳子様、宗明様、宗盛様、浩介様には罪はございません」と義輝が徳子達に向かって言った。

「これでこの世界も安泰です。これからは徳子様とこの四面京を中心として、この世界のあらゆる種族と平和に暮らしたいと思います。それに……」と言いながら佐和子が浩介の方を見て顔を赤らめながら言った。

「そうか、浩介君と佐和子先輩は、悪霊に支配されていたといえ、結婚式をしたのだったわね……」と佳子が浩介に向かって言った。

 浩介は、ぽかんという表情をしながら、

「僕が安徳天皇の生まれ変わりだなんて……佐和子先輩と結婚したなんて信じられない。でもちょっと嬉しい気もするけど……」と少し頬を赤らめながら言った。

「あら、満更でもないみたいね」と早苗が茶化すように言った。 

「これから私達どうなるのかしら? 元の世界に戻れるのかしら?」と恵美が心配そうに呟いた。

「大丈夫です。義輝様がもう一度、あのトンネルを銅鏡で再び開けてくれるので、元の世界に戻れる筈です。この世界の100日が丁度1日に相当するので、元の世界では数時間しか経っていないことになります」と佐和子が言った。

「うーん、でも同じように壇ノ浦から825年経っている筈よね? 訳が分からない!」と早苗が頭を抱えていた。

「多分、時間圧縮の理論かも……こちらの100日が元の世界に戻る時には、1日に圧縮されて1日経過時に戻るのかも……」と敏雄が言った。

「駄目だわ、頭がおかしくなりそう……あまり考えないことにする!」と早苗が言った。

「ところで由紀子、敏雄さん、健一君大変だったでしょう? 無事でよかった!」と恵美が由紀子達に向かって言った。

「恵美先輩、大変だったです。恵美先輩達も大変だったでしょう?」と健一が答えた。

「私達は、明日香様と義子様がおられたから結構楽だったけど、ばれないかとヒヤヒヤだったよ」と恵美が答えた。

「徳子様、これからは私と一緒に四面京とこの世界を平和に導きましょう」と佐和子が言った。

「ええ、私にできることがあれば」と徳子である冨美子が答えた。

「これからは、源氏も平家も関係なく、平和に努めましょう。また、皆さん種族とも助けあっていきましょう」と徳永がシド達に向かって言った。

「佐和子先輩、そうそう、言ってなかったけど、守永様がまだ生きておられ、ヤミ族の長老のルカ様と私達を助けてくれました」と由紀子が佐和子に言った。

「えっ?でも800歳を越えているんじゃ?」と佐和子が驚いたように言った。

「ヤミ族によって二千年の寿命が与えられたそうよ」と由紀子が答えた。

「そうだ、我が河原崎家の古文書には、守永様が悪霊が支配するのを預言され、この世界の支配者に会うために旅に出て戻って来なかったことが記されています」と徳永が言った。

「会って見たかったわ」と佐和子が言った。


 第11章 元の世界へ


 再び鳥海山麓へ


 四面京では、徳子と安徳天皇が悪霊から解放されたこと、今後は、徳子と佐和が四面京とこの世界を平和に導き、この世界の種族と平和に暮らすことが伝えられ、源氏、平家の兵士、シド、ロタ、ナトス、カシムの一族の兵士を交えてお祝いムード一色になった。

 大内裏では、徳子、平宗明、宗盛親子、義輝、義子、頼安、頼義、由紀子、浩介、佳子、早苗、恵美、敏雄、健一、シド、ロタ、ナトス、ケシム、セシム達でお祝いの宴席が開かれた。

 次の日、シド、ロタ、ナトス、ケシム、セシム達は、それぞれの部落に帰って行くことになった。

「シドさん、ロタさん、ナトスさん、ケシムさん、セシムさん、本当に有難う! このご恩は決して忘れません。ヤミ族のルカさん、守永様、その他お世話になった方にも宜しくお伝えください」と由紀子が言った。

「由紀子様達、向こうの世界に帰っても我々の事を決して忘れないで下さいね!」とロタが目を少し潤ませながら言った。

「我々が、ルカ様、守永様には飛んで行って報告しておきます」とセシムが言った。

「ロタさん、ソフィーに宜しく伝えて下さい」と敏雄が少し顔を赤くしながら言った。

「言っとくわ、ソフィーも貴方の事満更じゃないみたいだし、寂しがるけど喜ぶと思うわ」とロタが答えた。

「由紀子様に何かあれば、むこうの世界に行ければ行きます」とナトスが言った。

 シドのシカベ族の騎士団の馬に、ロタのマシュケ族も一緒に跨り出発して行った。一方、ナトス率いるサハル族を、ケシムとセシムが率いるバセル族が一人ずつ抱えて、大空へ羽ばたいて行った。

「いっちゃったわね……何だか淋しい気もするわ」と由紀子が呟いた。

「さあ、由紀子達も戻らないと……」と佐和子が由紀子達に言った。

 由紀子達は、宗盛から手渡された元来ていた服装に着替えると、馬に跨り、義輝の案内で、由紀子達が現れたトンネルの出口の前の小さな広場に向かった。広場に着くと、

「佐和子先輩は、この世界に留まるのね?」と佳子が尋ねた。

「私は、元々この世界の人間、でも、貴方達の世界での生活は決して忘れないわ……貴方達の事を……」と佐和子が半分涙ぐみながら言った。

「私達も……」と由紀子、佳子、早苗、恵美が涙を浮かべながら佐和子と抱き合った。

「僕達も決して佐和子先輩の事を忘れません……」と健一と敏雄が言った。

「僕は何て言ったらいいか分かりません、複雑な気持ちです……この世界に佐和子先輩と残りたい気もするし……」と浩介がとまどいながら言った。

「貴方は、元の世界の人間、元の世界に戻った方がいいわ……ご両親もいるだろうし……」と佐和子が目を少し潤ませながら言った。

「浩介君、私、何て言っていいか分からないけど……でも、佐和子先輩の言った通り、貴方は私達の世界の人間だから……貴方が決めて」と由紀子が言った。

「皆の迷惑になるといけないので、佐和子先輩、淋しいけど元の世界に戻ることにします」と言った浩介の目も少し潤んでいた。

「由紀子様、私も寂しくなりますが、佐和様、徳子様をお守りしてこの世界に平和をもたらしたいと思います」と義輝が由紀子の方を見ながら言った。

「私も、寂しくなりますが、兄上とともに佐和様、徳子様をお助けしたいと思います……兄上は寂しがると思いますが」と義子が目を潤ませながら言った。

「何を言うか、私は大丈夫だよ!」と義輝が顔を赤らませながら言った。

「義輝様、義子様、有難う、宜しくお願いします。貴方方ご兄弟の事は元の世界に戻っても決して忘れません」と言って、由紀子が言った。

「明日香様、いろいろお世話になりました……」と佳子達が明日香に言った。

「いえ、別の世界から来た佳子様達をお世話でき、しかも我々の祖先のいた世界の事をいろいろお聞きすることができ、とても嬉しかったですよ。女官姿もお似合いでしたし……淋しゅうございます……」と明日香が涙を袖で拭うようにして言った。

「それでは、義輝様、銅鏡であのトンネルのある壁を照らして上げて下さい」と徳永が言った。

 義輝が、銅鏡を持ち出し、双子の太陽の右側の太陽の光をトンネルのある山の斜面の壁に照らし出した。すると、辺りに霧が出始め、山の斜面にトンネルの入り口が出現した。

「由紀子達、トンネルの入り口が再び閉じるまで時間がないわ、早く中へ入って!」と佐和子が由紀子達を促した。

「佐和子先輩元気で!」と由紀子達全員で言った。

その時、佐和子が由紀子の傍に近づき、

「由紀子には助けてもらったわ、ピー助を大事にしてあげてね! それと、私のお腹には世継ぎがいるみたいなの、名前はもう決めたの『粉雪』、運命の星の下に生まれる子だから……この世界と貴方達の世界を結びつける唯一の存在だもの……これを持って行って」と由紀子の耳元で囁き、青色に輝く勾玉を由紀子に渡した。

「えっ? これは……」と由紀子は声にならない声を上げた。

「早く行って!」と再び佐和子が叫んで、由紀子の体をトンネルの方に押した。

「元気で!」と言いながら、由紀子達は、敏雄を先頭に再び元来たトンネルの中に入って行った。

 由紀子達が入り終えた瞬間、トンネルの入り口が消滅した。

「落石防止用のヘルメットとヘッドライトを着用して下さい」と言いながら敏雄がヘッドライトを点灯した。

 トンネルの中は、来た時と同じく、暗く、少しジメジメした生暖かい感じであった。100m程トンネルの中を進むとトンネルは直角に曲がり、また、100m程暗いトンネルが続いた。さらにトンネルは直角に屈曲し、そこを曲がると遠くに前方から明かりが見えてきた。由紀子達は、一歩一歩慎重にトンネルの中を進んで行った。

 トンネルを抜けると、トンネルの出口の前には、暖かい地方にあるような広葉樹が生い茂り、道の脇の木の枝に敏雄が針金で括り付けた荷札のような物がそのまま残っていた。由紀子達の張った二つのテントも元のままで置かれていた。由紀子が振り返ると、トンネルの入り口が薄くなり今にも消えそうになっていた。由紀子達は、テントの前まで走って行った。

「やはり、ここはどこかわかりません。ほら、GPS装置も作動しないし、磁石の針も廻ったままです、携帯もつながらないし……」と敏雄が言った。

 その時、薄らと霧が漂い始め、徐々に濃い霧となったので、敏雄の指示で、テントの中に敏雄と佳子と由紀子が同じテントに入り、浩介と健一と早苗と恵美が同じテントに入った。

「敏雄さん、この霧が晴れたら、私達の居場所が分かりますか?」と佳子が敏雄に尋ねた。

「多分ですが……」と敏雄も自身がなさそうに答えた。

 敏雄が暫くGPS装置と地図と磁石を見つめていたが、

「見て下さい! 佳子さん、由紀子さん、GPS装置と磁石が動き始めましたよ!」と敏雄が思わず叫んで言った。

 由紀子達がテントの外に出てみると、辺りは河原宿への八丁坂の登り道の途中であり、その傍らに由紀子達のテントがあった。

「あれ、ここは、河原宿を目指して歩いていた道じゃないですか?」と健一がテントから出てきて驚いて言った。

「見て、僕の携帯が動き出しましたが、僕たちがトンネルに入ってから、まだ三時間程しか経っていない……向こうの世界では三十日程過ぎていたのに……」と浩介が携帯を見ながら言った。

「やっぱり、考えると頭が痛くなりそう!」と早苗が呟いた。

 その時、滝の小屋を目指す数人の登山客が下の方から歩いてくるのが、由起子達には見えた。

「登山客の邪魔になりますから、浩介君、健一君テントを片付けて、我々も登山客と一緒に頂上を目指しましょう!」と敏雄が言った。

 敏雄達男性がテントを片付け、登ってきた登山客の後ろから、由紀子達は鳥海山の頂上を目指して八丁坂を登り始めた。八丁坂は高山植物が豊富であり、30分程で河原宿に到着した。河原宿の目の前には、外輪山が聳えており、山に向かって右側の小雪渓を登って行った。

「わあー綺麗な眺め、別世界に来たみたい」と早苗が感動して行った。

「ここからは落石に注意してください!」と敏雄が言った。

 小雪渓を登り切ると、急坂あざみ坂が現れ、由紀子達は外輪山の伏拝岳(ふしおがみだけ)を登って行った。新山ドームが目の前に姿をあらわした。新山の山頂へは溶岩の岩山をよじ登ることとなるので、敏雄の助言により手袋を嵌めて慎重に登って行き、ついに新山の山頂に辿り着いた。

「すごい、雲海が広がっており、まるで天国に来たみたい……」と佳子が感動したように叫んだ。

「私達、本当にあの世界に行って、本当に悪霊と闘ったのかしら……」と恵美が呟いた。

「全員が覚えているから間違いないと思うわ……」と由紀子が言いながら、ポケットの中で青色に輝く勾玉を握りしめた。

「星の子粉雪か……」と由紀子が勾玉を握りしめながら感慨深げに呟いた。

「えっ? 雪渓はあるけど粉雪は降っていないけど……」と浩介が言った。

「ちょっとね、あまり景色が綺麗だったから……」と由紀子が答えた。



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