猿ケ谷
第4章 猿ケ谷
猿ケ谷
次の朝、由紀子達の枕元には、各自の名前が書かれた服装が置かれており、数人の女性が現れ、由紀子達が各自の服装に着替えるのを手伝った。由紀子は、女性の一人に、髪を後ろで結ばれて男装の武士の格好になった。一方、早苗と恵美は、髪を梳かされ、十二単を着せられ女官の姿になった。佳子の方は髪が短いので、尼僧の姿にさせられた。
着替え終わった後、由紀子達は、別の部屋へと案内され、敏雄と健一と一緒に待つように言われた。敏雄と健一は、若武者の格好をしていた。
「皆似合っているわね、それぞれの役目が決まっているみたいね」と佳子が尼僧姿で言った。
「そうみたいだわ、何故かワクワクする……」と早苗が十二単で廻りながら言った。
「私は、武士の格好で、戦えということね」と由紀子が武士の格好でいった。
「僕たちも武士の格好だから、由紀子さんのお伴をするのかも」と敏雄が言った。
「僕は剣道二段ですから懐かしい格好ですよ」と健一が言った。
程なく、昨日の女性達が、朝食を運んできた。昨晩の宮殿での食事とは違って、焼き魚と白米と味噌汁と漬物が並んでおり、由紀子達の世界の朝食と何等変わらず、由紀子達には懐かしいものであった。
「懐かしい食事。私達の世界の朝食と変わらないです」と早苗がストレスから解放されたのか思わず叫んだ。
「佐和子様が、由紀子様の世界に行かれて、持ち帰ったものです。それで随分便利になりました」と昨日話しかけてくれた女性と別の少し立派な服装をした端正な顔立ちをした若い女性が言った。
「それで私達の世界と同じなのですね。貴女は私達と同じ位の年齢ね、私達二十歳になったばかりなの、貴女のお名前は?」と由紀子が言った。
「由紀子様、私の名前は、源義子です、十八になったばかりで、義輝は私の兄です。由紀子様達の世界は自由で、男女平等で平和な世界とお聞きしてます。異国との交流も盛んだとか、羨ましい限りです」と義子が羨ましそうに言った。
「でも、私達の世界でも未だ世界の何処かで戦争が起こっており、いつも犠牲になるのは庶民や子供達よ。本当の意味でこの世界も私達の世界も平和になればいいと思うわ」と恵美が言った。
食事が終わった頃に、義輝ともう一人別の若武者が部屋に入ってきた。
「お食事が終わったようですね。私と由紀子様は、二人で徳子様に銅鏡で光を浴びせる訓練と神水をかける訓練をします。敏雄様と健一様は、私の弟の義政と剣の練習をします。佳子様、早苗様、恵美様は、私の妹の義子と一緒に女官になりすます訓練を行います。それぞれに別れて下さい」と義輝が言ったので、由紀子達は、義政に挨拶をして、別れて部屋を後にした。
由紀子は、義輝に案内されて、屋敷を出ることになった。屋敷の外では、子供達が楽しそうに、武術の訓練を行っていた。由紀子の姿を見るなり、子供達は人懐っこそうに由紀子の傍に寄って来て、「由紀子様、徳子様の悪い悪霊をやっつけて下さい。由紀子様と義輝様なら大丈夫です」と口々に言った。
「有難う、貴方達のためにも頑張ってみるわ」と由紀子が微笑みながら答えた。
「由紀子様と二人で必ず悪霊を退治するから」と義輝が子供達を安心させるように優しく言った。
子供達に別れを言うと由紀子は、義輝に連れられて小さな広場になっている所にやってきた。広場には、双子の太陽が燦々と降り注いでおり、その中央には、木で造られた人形が置かれていた。
「由紀子様、この竹刀をお持ち下さい。由紀子様には、失礼とは思いましたが、男装で武士の格好をして頂きました。私と一緒に先ずは、合図をしたら、左右から同時に双子の太陽の光を、徳子様に代わりのあの人形の顔に当たるように訓練しましょう。相手側には、十人程度の武士が着く筈ですから、それらの者を倒して、同時に当てなければなりません。そして、当てたら素早く、徳子様が怯んだすきに、由紀子様は、瓢箪を取り出し、神水を徳子様の顔にかけなければなりません。宜しいですか?」と義輝が由紀子に竹刀を渡すために由紀子に近づいて言った。 「ええ、いいですよ、覚悟してますから」と由紀子が答えた。
「先ず、剣の使い方をお教えしましょう。このように両手で、雑巾を絞るように柄を握ります。そして、上から振り下ろす時に、雑巾を強く絞るように力を入れれば安定し、次の動作に素早く入ることができます。この様に……」と言って、義輝がお手本を見せた。そして、由紀子の手を握り、竹刀を構えさせた。
由紀子は義輝の顔を近くで見るのは初めてであったが、その横顔が丹精でハンサムであり、お香か何かつけているのであろうか、女性にとっていい香りがした。思わず、自分の頬が赤くなったのを由紀子は感じた。義輝の方も由紀子の手を握った時に柔らかく温かであったので、思わず顔が赤くなって、握った手を引っ込めてしまった。
「由紀子様、すみません、突然手など握ってしまって、許して下さい……」とばつの悪そうに義輝が言った。
「義輝様、由紀子様はおやめください。由紀子と呼んでいただいて結構です」と由紀子が答えた。
「分かりました、では、由紀子さんとお呼びします。私の事も義輝と言っていただいて結構です」と義輝が言った。
「では、義輝さんとお呼びしますわ、何か恋人みたいですね」と由紀子が頬をほんのり赤らめながら言った。
「そうですね、この戦いが終わったら貴女とゆっくりお話をしてみたいものです。では、私と、少し剣の練習をしましょう」と義輝が言った。
由紀子と義輝は、2時間程、義輝の教えにより、いろいろな形の剣に運び方について剣の稽古に励んだ。稽古が一通り終わった後、
「由紀子さん、貴女は剣の素質がありますよ。こんなに短時間で上手くなるとは……やはり、運命の人なのかもしれません」と義輝が言った。
「有難う、義輝さん。剣ていうのは面白いですね」と由紀子が言った。
「では、次に、二人で同時に、双子の太陽の光を、徳子様に代わりのあの人形の顔に当たるように訓練しましょう」と義輝が言った。
「いいですか、由紀子さん、合図を決めておきましょう。私が、『天照』と言ったら、同時に当てましょう。由紀子が向かって右側で、左側の太陽を、私が向かって左側で、右側の太陽を、丁度交差するようにしないと効果がなく駄目だと徳永様が仰っていました」と義輝が説明した。
義輝と由紀子は、左右に分かれて、銅鏡を懐から取り出して、義輝の合図で人形の顔に同時に当てる練習に取り掛かった。
「一二の三、天照……」と義輝が言った。
義輝と由紀子は、双子の太陽の光を同時に人形の顔に当てようと試みたがなかなか上手くいかなかった。
「もう一度、一二の三、天照……」数回繰り返したが、なかなか上手くいかなかった。
「義輝さん、今度は私が合図してみます」と由紀子が言った。
「そうだね、由紀子さん、私が合図するより、貴女が合図して私が合わせた方がいいのかもしれない」と義輝が言った。
「じゃあいくわよ、一二の三、天照……」と由紀子が言った。今度は、うまく息がぴったり合って、双子の太陽の光を同時に人形の顔に当てることができた。
「出来た、出来た」と言って、思わず、由紀子が義輝に抱きついた。その時、敏雄と健一が、義輝の弟の義政と、数人の武士とともにやって来た。
「兄上、上手くやっているみたいですね」と義政が義輝を茶化すように言った。
「義政、茶化すでない、由紀子様と私は必死になってやっておったのだぞ」と義輝が少し照れながら言った。
「そうですか? 兄上、私と敏雄様と健一様は剣の立ち回りの練習をしておりました。健一様は、あちらの世界では、剣道二段だそうで、かなりの使い手です。逆にあちらの世界の剣道の型もお教えいただいたくらいです。敏雄様も剣の扱いが上手で、何とかなりそうです」と義政が言った。
「私も、こちらの世界の剣術をお教えいただきました」と健一が言った。
「私は、剣の使い方を習ったのは初めてですが、義政様と健一に教わり、自身がつきました」と敏雄も頷いた。
「では、皆で、宴の松原での戦いの練習をしましょう。兵士が平宗明、宗盛親子とその手下役をしますから、早速始めましょう」と義輝が皆に言った。
由紀子達は、義輝の合図で、宴の松原での戦いの練習を行うことになった。家来の兵士役を皆で手分けして倒した後、平宗明、宗盛親子役と戦うことになったが、二人の役をしている兵士はかなり強く、平宗明、宗盛親子役に、義政、敏雄も歯が立たなかった。健一と宗盛役の兵士とが戦っている間に、一番強いと思われる平宗明役の兵士と義輝と由紀子が二人で戦うことになった。
健一と宗盛役とは、いい勝負をしていたのに対して、義輝と由紀子が平宗明役に交互に切りかかったが、剣を跳ねのけられてしまい、中々歯が立ちそうになかった。義輝と由紀子は目配せで二人で一緒に平宗明役に切りかかり、由紀子の太刀を避けている隙に、義輝が平宗明役を倒すことができた。その時、由紀子が振り返ると、健一が上段の構えから、太刀を振り下げ、相手の脇腹を一撃して打倒したところであった。
これを見た、義輝と由紀子は練習の通り、左右に別れ、
「一二の三、天照……」と由紀子が言い、二人は、うまく息がぴったり合って、双子の太陽の光を同時に人形の顔に当てることができた。
そして、素早く、由紀子が懐から瓢箪を取り出し、人形の顔に神水をかけるふりをした。
「これでいいのですね、義輝様」と由紀子が義輝に向かって言った。
「上出来だよ、このように本番で上手くいけばいいが、徳子様、平宗明、宗盛親子は妖術が使えるので、一筋縄ではいかないかもしれない。本番まで練習に励みましょう。それにしても、健一は剣術がすごく上手いです」と義輝が言った。
「はあ、平宗明、宗盛親子が私達の世界の剣道を知らないことを祈るばかりです」と健一が答えた。
由紀子達は、この後も数度繰り返して練習を行うことにした。
一方、佳子と早苗と恵美の三人は、義輝の妹の義子と一緒に女官になりすます訓練をしていた。
「先ずは、歩き方の練習からしましょう。十二単はかなり重いので、足をひきずるような歩き方で、優雅にゆっくりとこのように進んでいただきます」と言いながら、歩き方のお手本を見せた。
佳子達は、見様見真似で義子の歩き方を真似てみたが、十二単はかなり重く、ぎこちない歩き方になっていた。
「義子様、十二単はかなり重くて、背筋が痛くなりそうで、なかなか上手くいきません」と早苗が言った。
「頑張って下さい、貴女達は、私と一緒に佐和様の手引きで、佐和様付の女官として潜入して、宴の松原での戦いをお助けする役目です」と義子が佳子達を励ますように言った。
「由紀子達も頑張っているのだから、私達も頑張りましょう」と佳子が皆を励ました。
佳子達は、義子の後から十二単で歩く練習を繰り返し、漸くぎこちなさが取れてしずしずと歩くことが出来るようになった。その後、十二単を着たままで、他の女性が運んで来た食膳を運ぶ練習にとりかかった。練習の甲斐があってか大分様になってきた。
「それでは、次は、話し方の練習をします。佐和様から貴女達は、歴史に興味があり、古い言葉も知っているとお聞きしております。多分、大丈夫だと思いますので、後は、紗智に任せることにします。紗智、佳子様達に古い言葉を教えて差し上げて」と昨日話しかけてくれた女性に向かって言った。
「紗智と申します。宜しくお願いします」とその女性が自己紹介して、別室で佳子達に古い言葉を練習するために佳子達を案内した。
鷄ケ谷へ
即位式の前日、由紀子達が義明親子と朝の食事をしている最中に、義明の命で四面京に潜伏していた家来の者が、六つ脚の馬に乗って、義明の屋敷に息を切らせながらやって来た。
「義明様、ここの場所が、間者の通報で、徳子様達に知られました。平宗盛の軍勢がこちらに向かっております。幸い、計画を喋る前に、私が矢で射とめました。計画は知られておりませんので、由紀子様達とお逃げください」とその使いの者が言って前のめりに倒れた。彼の背中には矢が刺さったままの状態であった。
「義輝、義子、由紀子様達を伴い、馬で『鶏ケ谷』の叔父の源頼安の所へ無事逃げて、計画を実行してくれ。私と義政で軍勢を喰い止めるから……」と義明が言った。
「父上、義政、ご無事をお祈りしております。由紀子様と民を連れて、無事に叔父様の所へ向かいます」と義輝が言った。
「父上、兄上、どうかご無事で……」と義子が目を潤ませながら言った。
「義明様、義政様どうかご無事で、この御恩は決して忘れません」と由紀子も目を潤ませながら言った。
「由紀子様達もご無事で、どうかこの世界をお助け下さい」と義明が言った。
「由紀子様達どうかご無事で、兄上、義子も無事逃げ、計画を実行して下さい」と義政が言った。
「香取、戦の準備だ。由紀子様達がでたら門を閉めるように」と義明は家来の香取内蔵助に命じて、義政とともに部屋を出ていった。
「では、私達も急いで、叔父の所へ逃げましょう」と義輝が皆に言った。
由紀子達と女子供達と警護の兵士三十名、合わせて総勢三百名は、義輝の先導で、馬が通れない秘密の道を通り、一路、鷄ケ谷に向かった。
門を閉ざした猿ケ谷では、戦の準備で余念がなかった。塀の上、門の上には、弓矢部隊が並び立ち、その横に石と熱湯を浴びせる部隊総勢五十名が並んだ。門の中には、百騎の馬に跨がった槍を構えた騎馬隊が並び、その後ろに二百名の歩兵隊が、総勢三百名が並んだ。その最前列に鎧兜に身を固め、馬に跨がった義明と義政が並んでいた。
平宗盛の軍勢は、これに対して、騎馬隊三百名、歩兵隊三百名、総勢六百名の兵士が並び、義明の軍勢の倍近い軍勢であった。しかも、彼らは、徳子のかけた妖術のせいか、全員死んだような白く濁った瞳をしていた。
「全員、かかるのじゃ、突撃!」と宗盛が剣を振り降ろした。
その合図に合わせて、全員「わぁー」と叫びながら猿ケ谷の門を目指した。
香取の合図で、門に近付いた途端、弓矢隊がいっせいに矢を放った。矢は、次々に兵士に突き刺さったが、徳子の妖術のせいか、平気な顔をして進んで来た。今度は、石と熱湯を浴びせたが、やはり平気な顔をして、後ろから運ばれて来た梯子を塀に架けて攀じ登って来た。
塀の上の部隊は、剣を抜き応戦して切り付けたが、腕を切り落としても、胸を突き刺さしても血を噴きながらも襲い掛かって来た。
これを見ていた義明が、香取に向かって、
「脚を狙うのだ。脚を切り落とせ」と叫んだ。
香取達は、相手の脚を狙いはじめたが、多勢に無勢、門を越えられてしまった。香取も脇腹を突き刺さされて倒れ落ちた。
「香取! おのれ皆かかれ」と義明が刀を振り降ろした。それを合図に騎馬隊が槍で脚を狙い倒し始めた。
門が相手の兵士に開けられ、相手の騎馬隊がなだれ込み、壮絶な戦いになった。しかしながら、多勢に無勢の上、相手は徳子の妖術にかかっているので不死身であり、誰がみても形勢は源氏側に不利であった。
義明と義政は、二人で、宗盛と馬の上で剣を交え始めたが、義政が、宗盛の放つ刀からの妖術の閃光で目が眩み、一太刀で馬から振り落とされ、胸に宗盛の刀が突き刺ささり、崩れ落ちた。
「義政、義政!」と義明が叫んだ。
「おのれ、卑怯な、許さん」と義明が馬ごと宗盛の馬に体当たりした。二人は、馬ごと倒れ込んだ。
二人は、素早く起き上がり、剣を激しく交えた。義明の方が優勢で宗盛を押し倒して、宗盛の上にのしかかり、義明がとどめを刺そうとしたが、宗盛が義明目掛けて息を吹きかけると、小さい多数の針が義明の顔、目に突き刺ささった。宗盛が怯んだ義明を跳ねのけ、すかさず、宗盛の剣が義明の胸を貫いた。
「無念じゃ。義輝後は頼んだぞ」と叫んで義明が倒れ落ちた。
「宗盛様、源氏どもを皆殺しにしましたが、むこうの世界の彼らは既に逃げたようで、女子供もおりませぬ」と家来の一人が近付きながら言った。
「遅かったか、これ以上深追いすると、痛手を負っておる我が軍と彼らの援軍とぶつかってしまうかもしれぬ。一旦引き上げるぞ」と宗盛が家来に命じた。
その頃、由紀子達は、丁度、峠に差し掛かり、眼下に猿ケ谷が見渡せる所にやってきたところであった。遠く猿ケ谷に煙が上がっているのが見て取れた。
「父上、義政」と義輝が叫んだ。
「父上、兄上……」と義子が泣き崩れた。
「親方様、義政様……」と家来達、猿ケ谷の民たちも口々に言いながら涙を流していた。
これを見ていた由紀子達は、何も言えず、茫然と立ち尽くすのみであった。
「泣いている場合ではない。父上、義政の死を無駄にしないよう、叔父上の所へ急ぎましょう」と義輝が気を取り直して皆に言った。
その時、後ろの方で、「キャー」と悲鳴が上がった。その途端、由紀子達の目の前に黒い二本足で立ち、角の生えた獅子の顔で、恐ろしい形相で牙を剥き、こちらに威嚇するような唸り声をあげ例の獅獣が、20匹程の群れで由紀子達にいまにも襲いかかろうとしていた。兵士が剣を獅獣に向けて威嚇したが、獅獣達はものともせずに兵士達に襲いかかった。義輝と義子も剣を抜き、由紀子、敏雄に健一も、猿ケ谷を出る際に、義明から戴いた剣を抜き、獅獣達から女子供を守ろうとした。何人かの兵士が獅獣によって怪我を負ったが、幸い大きな怪我ではなく、由紀子達も何頭かの獅獣を倒すことができ、合計で十頭程の獅獣を倒すことができ、獅獣はかなわないと思ったのか逃げて行った。
「また襲ってこない内に先を急ぎましょう」と義子が言ったので、由紀子達は義輝の先導で、再び一路、鷄ケ谷を目指して歩いて行った。
猿ケ谷を出発してから、6時間程歩いただろうか、漸く大きな道に出て歩いていると、向こうから、六つ脚の馬に跨った五十騎程の騎兵隊がやって来るのが見えた。騎兵隊の先頭に立った若い武将らしき人物が近づいて来て馬から降りて跪いて義輝に一礼をしながら、
「義輝様お久しぶりです。源頼安の長男で従弟の頼義です。猿ケ谷からの知らせにより、警護のために、お迎えに上がりました。良くご無事で……、そちらの方々は?」と言った。
「これは、頼義殿、お出迎え有難うございます、こちらは、もう知っておられると思いますが、私の妹の義子、そして、この方が、あちらの世界から来られた源氏の直系の末裔の由紀子様に、そのご友人の方々です。鶏ケ谷に着いてからゆっくりとご紹介します」と義輝が頼義に答えた。
「それで、義明様と義政様はどうなりましたか?」と頼義が尋ねた。
「無念ですが、平宗盛の軍勢により全滅したようです」と義輝が頼義に言った。
「それは無念です、義明様と義政様がやられるとは……。追手がこないうちに、さあ鷄ケ谷に参りましょう。女子供を馬に乗せ、先を急ぎましょう」と頼義が涙を浮かべて行った。
由紀子達一行は、女性と子供達を馬に乗せて、頼義の先導で鷄ケ谷に向かって進んでいった。鷄ケ谷に入ると、部落では、由紀子達の到着を待っていたのであろうか、大勢の老若男女の部落民が出迎え歓迎してくれた。
「義輝様、義子様、由紀子様、よくご無事で!」と口ぐちに部落民が叫んだ。
その中を由紀子達は、部落の中で一番大きなお屋敷に向かって進んで行った。お屋敷の中では、既に数人の武将が座って待っており、由紀子達が座ると、この屋敷の主と思われる中年の髭を生やした武将が、
「義輝、義子、良く無事で……」と言った。
「叔父上、お助けいただきありがとうございます。無念ですが、父上と義政は、平宗盛の軍勢により討死したようです」と義輝が報告した。
「このお方が、由紀子様、そして、ご友人の佳子様、早苗様、恵美様、敏雄様、並びに健一様です」と義輝が由紀子達を紹介した。
「由紀子様、皆さん、この世界の今後は貴方達にかかっています。我々もできるだけお助け致します」と頼安が由紀子達に言った。
「こちらこそ、宜しくお願いします」と由紀子が答えた。
「明日、安徳天皇の即位式なので、暫くは動きがないと思うので安心して下さい。義明より計画の概略を聞いているので、その間に計画を進めましょう。明日、佐和様の使いの者がくる手筈になっているので、佳子様、早苗様、恵美様のお三人と義子は、佐和様付きの女官として、宮中に潜入して戴きます」と頼安が佳子達に言った。
「分かりました。怪しまれないようにします」と義子が答えた。
「今日は、疲れていると思うので、先ずは夕食を食べて下さい」と頼安が言った。
次の日、鷄ケ谷に佐和の使いの兵士数名が、馬に跨がりやって来た。
「頼安殿、佐和様の使いでやって来た徳永の甥の河原崎貞利です。佳子様達をお迎えに来ました。噂で既にご存知だと思いますが、義明様、義政様はご立派な最後だそうです。相手は、徳子様の妖術で、不死身で切りつけても向かってくるそうです」と貞利が頼安達に報告した。
「無念です。父上達の死を無駄にしないよう、義子と佳子様達の事宜しくお願いします」と義輝が貞利に言った。
「分かりました、無事に佐和様の元にご案内します」と貞利が言った。
「貞利様、義子様、佳子達の事宜しくお願いします。佳子、早苗、恵美、どうか無事でいてね」と由紀子が言った。
「由紀子、敏雄さん、健一君も気を付けて……」と早苗が不安そうに由紀子達に言った。
由紀子達歴女サークルのメンバーは、お互いに抱き合い無事を祈って別れた。義子達は、馬に乗り、貞利とともに佐和のいる河原崎の屋敷を一路目指して行った。
一方、猿ケ谷の合戦で勝利した平宗盛は、四面京に凱旋し、徳子、安徳天皇、父親の平宗明に戦況を報告するために、接見の間に通された。
「徳子様、陛下、父上、猿ケ谷の源義明と次男の義政を討ち取りましたでござります。しかしながら、あちらの世界の6人は、猿ケ谷を落とした時には、既に義明の長男の義輝と長女の義子とともに、どこかに落延びたようです」と報告した。
「それで、宗盛、取り逃がしておめおめと帰ってまいったのか?」と宗明が怒ったように宗盛に尋ねた。
「我が軍勢も合戦でかなりの痛手を負っており、これ以上深追いすると、相手の援軍にも遭遇しようものなら、危のうございましたから……」と宗盛が答えた。
「まあよい。今日は、陛下の即位式であるぞ。もし、我が軍勢が全滅でもしたら縁起でもないわ。いつでもあやつらは倒すことができるぞよ。宗盛ご苦労であった」と徳子が宗明を窘めて言った。