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四面京

第3章 四面京

..徳子と安徳天皇


由紀子達は、一人ずつ家来と思しき兵士の馬に乗せられて、四面京に向かうことになったが、馬は六足のせいか、揺れが全く感じられなかった。十分程で、一行は四面京の門に着き、宗明が声を掛けると門が開き、一行は四面京の大路を正面にある大きな宮殿に向かって進んで行った。四面京はまるで平安時代の絵巻物に出てくるような京都のようであり、大路の周りには、よそ者達を一目見ようと庶民でごった返していた。

 庶民の服装は、由紀子達が歴史で学んだ襤褸ぼろを纏った服装とは違って、シルクのような服装であり、庶民の暮らしは貧しいものには思えないくらいであった。由紀子達は庶民の好奇心の視線に晒されながら、ようやく宮殿の入り口に着いた。

 馬を降りた由紀子達は、宗明らに連れられて、宮殿の中を渡り廊下を通り、接見の間に通され、暫くの間待たされることになった。接見の間では、正面に平家の旗である大きな赤旗が飾られており、その前に大きな金色の玉座と、銀色の玉座が並べられていた。その前に、由紀子達は並んで座らされ、その両側には、先ほどの武将と宗明親子と、武将らしき数人が、着替えてきたのだろうか、衣冠束帯に身を纏った姿で接見の間に入ってきて並んで座った。

「徳子様のおなり……」という呼び声が聞こえたので、武将たちがこれに応じるように、由紀子達にひれ伏すように命じ、由紀子達と武将達はその場でひれ伏した。そして、接見の間に、数人の女官を従えて、歴史絵巻で見るような見事な紅色の十二単を纏った年の頃30代の女性が現れ、銀色の玉座に座った。

「表を上げよ、わらわは、平徳子である。そなた達は、外の世界から来られた者達であるな」と大きな声で叫んで、徳子は両手を挙げ広げ、右手に持った勾玉を振り下ろした。

 その途端、接見の間に稲妻のような閃光が走り、由紀子達の周りを光が舞い、由紀子達一人一人に目掛けて光が襲った。光が消えると、由紀子達の額に光の文字で、由紀子、佳子、健一の額には『源』の文字が、敏雄、早苗、恵美の額には『民』の文字が、そして、浩介の額には『安徳』の文字が刻まれていた。

「ほほほ、そなた達は、憎き源氏の者か……おお、言仁ときひと、いや安徳天皇懐かしゅうござります」と徳子が浩介の額を見て優しく言った。

 由紀子達が浩介の方を見ると、浩介の様子が変であり、目が今までの浩介の澄んだ目ではなく、少し白く濁った瞳になっていた。

「母上、お懐かしゅうござります。825年の長きにわたり時空を旅してやっと巡り会えました」と浩介が徳子に向かって言った。

「陛下、そこは下々の座る場所で、貴方様のような高貴なお方の座る所ではござりませぬ。こちらにお座り下さい。宗明あない致せ」と徳子が浩介に言い、宗明に命令した。浩介は、宗明に案内されて金色の玉座に座った。

「奥方様、これで、河原崎守永様の残した遺言のように、陛下の即位式が行われれば、この四面京の都は消滅せずにすみますな。徳永殿そう思わぬか?」と宗明が宗明の向かえに座っている人物に向かって言った。

「では、徳永、陛下の即位式を三日後に行い、そちの娘の佐和と陛下の結婚の儀をその後、三日後に行いましょう。良かろう? 陛下も宜しくうございましょう?」と徳子が尋ねた。「もったいないお言葉、有難うございまする」と徳永が答えた。

「母上、わたくしも依存はございませぬ」と浩介が答えた。「浩介君どうしたの? 私よ、由紀子よ、思い出して……」と由紀子が叫んだ。

「大人しくしなさい。無駄よ、安徳天皇の記憶しかないわよ、ほほほ」と徳子が笑いながら叫び返した。

「良い事を教えて差し上げましょう。安徳天皇の即位で我々平家は無敵になり、この世界を支配するとともに、いよいよこの四面京から外の世界に戻り、京を取り戻し、日本を再び治めるのです。思えば、憎き頼朝どもに檀之浦で敗れしより、八百有余年、今こそ我が積年の怨みを晴らす時が来たのじゃ……」と徳子が由紀子達に向かって言った。

「そんな事、許される筈がないわ」と佳子が叫んだ。

「そうだ、そうだ、時代錯誤もいいところだ」と健一が叫んだ。

「控えよ、陛下と徳子様の御前なるぞ」と宗明が制した。

「その者達を牢に入れよ」と徳子が宗盛に命じた。

「徳子様、陛下、私の娘の佐和が、陛下にお目にかかれるとのことで、そろそろ参るころです」と徳永が徳子達に向かって言った。

「徳子様、河原崎徳永様のご令嬢の佐和様が参られました」と家来の一人が接見の間に入って来て、徳子に報告した。

「ここに通せ」と徳子が家来に言った。家来は、接見の間を出て、暫くして一人の桃色の十二単に身を纏った一人の貴族姿の女性を従い戻ってきた。

 その女性は、年の頃、二十歳位で、色白で、目がパッチリとしており美人であり、どこか気高ささえ感じられる端正な顔つきをしていた。

「徳子様、お久しぶりです。そちらのお方が安徳天皇の生まれ変わりであらせられますか?」と佐和が徳子と浩介に向かって深々と頭を下げて尋ねた。

「佐和、そなたも知っておろうが、この四面京が存続するためには、安徳天皇が即位して、そなたと結婚して、後継ぎを生まなければなりませぬ。これは、825年前から決まっていることであり、そなたの運命でもある。分かっておろう」と徳子が佐和に言った。

「徳子様、父からも聞いており、河原崎家代々から伝わっておりますこと故、重々承知しております。陛下、どうぞ宜しうお願い申し上げます」と佐和が答えた。

「佐和と申すか? 苦しうない、近う寄って顔を見せよ」と浩介が言ったので、佐和は、浩介に近づいた。

「佐和、そなたは美人であるな。気にいったぞ」と浩介が佐和に言った。

「陛下、それは宜しうございます」と徳子は満足げであった。

 由紀子達は、接見の間から、宗盛の家来により宮殿の側にある牢に閉じ込められた。牢は、これまた紅色の木でできた格子でできており、その前に二人の頑強そうな兵士が見張りに着いた。

「浩介はどうなってるの?」と牢に入るなり早苗が言った。

「多分、あの徳子の妖術で、安徳天皇が乗り移ったのかもしれないわ」と恵美が答えた。

「私達どうなるのかしら?」と奮えながら健一の腕を掴んでいた早苗が呟いた。

「多分、大丈夫だよ。もしあの徳子が我々を殺そうと思えば、あの時、即座に命じていた筈だと思うな。即位式と結婚のおめでたい時に、むやみに殺傷はしないと思うよ」と敏雄が落ち着いた様子で言った。

「ということは、それが終わると危ないってこと?」と由紀子が尋ねた。

「そのようね、その前に此処をなんとか出ないと……。由紀子と健一君、貴方達の額に『源』の文字が刻めてるわ、貴方達の祖先は源氏だったみたい。由紀子の文字は黄金色に光っているから何か特別な意味があるのかもしれないわ。だって、浩介の額の文字も黄金色に光っていたもの……」と佳子が言った。

「佳子さんにも、額に源の文字がありますよ」と健一が言ったので、佳子は思わず額に手をやって自ら確かめ、

「本当だ、私の祖先も源氏だってことか? 全然知らなかった」と佳子が呟いた。

「私達の祖先は平民みたい。良かったのか悪かったのか」と恵美が言った。

「私は、今回の隠れ里旅行の日に、両親から河内源氏の血を引き継いでいるって言われたわ、ほらこの銅鏡をお守りに持たせられたの」と言って胸ポケットから銅鏡を取り出した。

「由紀子さん、その銅鏡見つからないように早くしまった方がいいですよ。ひょっとしたらその銅鏡の力でこの四面京に来られたのかもしれないし、帰りの鍵になるかもしれないから」と敏雄が由紀子に向かって言った。

「分かったわ、隠しておくわ。敏雄さんの言うように、何か力があって助けになるかもしれないし……今は藁をもすがる気持ちだわ」と由紀子が銅鏡を胸ポケットに仕舞い込んだ。

 その時、七人の女官達が現れ、一人ずつ六人分の小さなお膳に載った食事と、最後の一人がお茶らしい急須を運んできて、見張りの兵士と一言何やら話した後、牢の鍵を開けさせた。女官達は牢の中に入ってくると、由紀子達の前にそれぞれ食卓を並べて、一人の年輩の女官が、

「お食事です。四面京の食事ですが、お口に合うかわかりませぬが、どうぞ召し上がって下さいませ」と言い、女官達は彼女に続いて牢を出て行った。食事の内容は、強飯こわめしと、魚、肉、山菜や野菜、お吸い物、果物などが並べられていた。

「そういえば、もう夕方よね、朝から何も食べていないわね。腹は減っては戦はできぬと言うからいただきましょう」と佳子が言って、皆が食事を食べ始めた。

「平安時代の貴族はこのような物を食べていたんですね、参考になりますね。帰ったらレポートにしなくっちゃ」と早苗が言った。

「そのようね、でも帰れたらね……」とポツリと恵美が言った。

「きっと帰れますよ、このような状況こそ、皆で一致団結しなくてはいけません」と敏雄が言った。

「そうね、食事を食べ終わったら、今後の事について少し考えましょう」と佳子が食事を食べながら言った。

 食事が終った頃を見計らって先ほどの女官たちが、お膳を下げに戻って来で、例の年輩の女官が、

「お口に合いましたでしょうか? 明日は、陛下のご結婚の儀ですので、今宵はちと豪華なお食事ですが、明日からはこのようなお食事はかないませぬ、お覚悟しておいてください」と言った。

「美味しかったです。明日からは覚悟しています」と佳子が答えた。女官たちは、一礼をして牢から出て行った。

「食事が終わったので、今後の事を話し合いましょう」と佳子が、女官達が出て行ったので、番兵に聞こえないように小声で言いながら、皆を集めた。

「荷物は全て没収されたので、この牢から脱出するのは大変だと思いますが、幸い、僕の胸ポケットには、ワンダーフォーゲル部の七つ道具が入ったままになっています。その中に、薪を切るために簡易の鋸があります。これで、牢の柱を夜中にゆっくり切ることができます」と敏雄が言った。

「それは助かるわ。ここを出たとして、どのようにして浩介を助け出せばいいのかな? 彼、安徳天皇が乗り移っているみたいだし……」と由紀子が皆に言った。

「僕と敏雄先輩とで、無理やり連れて帰るしかないと思います。もし、僕たちの世界に戻ったら、そこまで、徳子の妖術が及ぶとは思わないので、記憶を取り戻すんじゃないかと思います」と健一が言った。

「この牢を出たとして、浩介の居場所をどのように探せばいいの?」と早苗が聞いた。

「私には分かると思うわ、ここに連れて来られるまで、町の様子、門など、建物を見ていたら、多分、ここの人たちは、平安京への望郷の念がかなり強いので、平安京と全く同じ造りなのよ。私たちが、この宮殿、大内裏へは、朱雀門から入ったのが分かったわ。建礼門から入れば天皇のいる内裏に行ける筈だわ。後、即位式の行われるのは、大極殿だいごくでんで先程の接見の間があったところよ」と恵美が言った。

「恵美、よく覚えているわね」と由紀子が感心しながら言った。

「歴史が好きで、いろいろ調べてたから」と恵美が言った。「先ずは此処を脱出しなくちゃ……」と佳子が言った。

「僕と健一君で交代で、この頑丈そうな格子を少しずつ切りますから。もう夜の10時を廻っているみたいです。佳子さん達女子は寝て下さい。疲れたと思うので……」と敏雄が、幸い腕飾りだと思ったのだろうか、兵士達に没収されなかった腕時計を見ながら言った。

由紀子達は、今時の若者らしく、携帯が時計がわりであり、携帯の電池の節約のために、トンネルを抜けた後に敏雄の指示で電源を切っていたので時間が全く分からなかった。敏雄は、ワンダーフォーゲルの為にいつもソーラー駆動式の電波腕時計をしており、時間を把握していた。

「眠れるかどうか分からないけど、みんな明日の為に寝ましょう。敏雄さんと健一君悪いけどお願い」と佳子が言った。

由紀子達は、牢の片隅に置いてある寝具を床に敷いて寝ることにした。由紀子達は興奮したせいか、なかなか寝付くことが出来なかったが、由紀子は敏雄と健一が鋸で格子を切る僅かな音が子守唄の代わりになり、いつの間にかうとうとし始めた。


..河原崎佐和


いつの間にか、由紀子は深い眠りについていた。その時、ドサッという音がして、由紀子は目が覚めた。牢の外を見ると、見張りの兵士が倒れ、その脇に一人の若武者と若い女性が立っていた。その女性が若武者に何か合図して、牢の鍵を開けさせた。

「私よ、佐和子よ。助けに来たわ」と女性が言った。

由紀子がその女性を見ると、平安時代の髪型と服装をしているが、まさに由紀子達歴女サークルの部長の河原佐和子であった。

「えぇ? さ、さ、佐和子先輩どうしてこんな所にいるの? オーストラリアに留学してた筈じゃ……」と由紀子が驚いて聞いた。

「詳しい話は長くなるから、見つかったら困るから、皆私たちに着いてきて……」と言って、佐和子が若武者に合図をした。

 若武者は、由紀子達に会釈をすると、ゆっくりと牢から出るように手招きをして、着いてこいと言わんばかりに、壁伝いに進んで行った。由紀子達は、若武者の後に、由紀子、佳子、健一、早苗、恵美、佐和子、そして最後に、敏雄が続いた。

 由紀子達は、牢のある刑部省を脱出し、皇嘉門こうかもんに向かって歩いて行った。皇嘉門の脇にある番兵詰所である仗舎じょうしゃでは、若武者の手下の兵数名により既に占拠されていた。若武者は手下の兵士に目配せで合図して、皇嘉門を開かせ、由紀子達を大内裏の外へと案内した。

 大内裏の外には、十数騎の例の六つ脚の馬が待機しており、由紀子達は、それぞれ馬の前に乗せられ、その後ろに兵士が跨り、駆け出した。由紀子の後ろには、例の若武者が乗って手綱を操っており、由紀子の耳元でその若武者が、

「私は、源義輝です。源氏の間者の末裔です。ご無事で何よりです、我々の源氏の隠れ里である『猿ケ谷』にお連れしましょう。由紀子様、貴女様は、佐和様のお話によれば、源氏直系の末裔とお聞きしております」と囁きながら、馬を急き立てた。

 由紀子達は、暗い夜道を、松明の明かりを頼りに、一時間程で進んだところの谷合にある猿ケ谷部落に漸く到着した。部落では、由紀子達の到着を待っていたのであろうか、夜遅くにも拘らず、大勢の老若男女の部落民が出迎えてくれていた。

「義輝様、佐和様、ご無事で。そのお方が由紀子様ですか? 良く来られました、由紀子様、私達のこの世界を助けて下さい」と一人の老婆が叫んだ。

 その中を由紀子達は、部落の中で一番大きなお屋敷に向かって進んで行った。お屋敷の前に着いた由紀子達は、馬から降ろされ、お屋敷の中へと案内された。お屋敷の中では、既に数人の武将が座って待っていた。由紀子達が座ると、この屋敷の主と思われる中年の武将が、

「由紀子様、お待ちいたしておりました。私が、この部落の長の源義明です。息子が貴方達をお助けしました義輝です」と挨拶した。

「私は、もう既にご存知でしょう。今日、接見の間でお会いしましたから、陰陽師の河原崎徳永です。徳子様の傍に仕えておりますが、徳子様の圧政に反対しております。詳しい事は、貴方達もご存じの佐和から話してもらいましょう」と義明の隣に座っている男性が言った。

「助けて頂きどうも有難うございます。何故、私が? 私達、何が何やらさっぱり解らなくて……」と由紀子が言った。

「じゃあ、私から話すわね。私の本名は、河原崎佐和、陰陽師の河原崎家の長女です。壇ノ浦の合戦で落ち延びた平経盛、安徳天皇、その母の建礼門院徳子達と辿り着いたのがこの世界で、四面京を築き上げました。安徳天皇は、ここの過酷な環境で、寒い冬の気候により、1年後に没しました。徳子様は嘆き悲しみ、河原崎守永に、825年後に、安徳天皇と母徳子が生まれ変わり、四面京で再会し、安徳天皇が即位するようにと頼みました。河原崎守永は、その見返りとして、河原崎家の繁栄を約束させるために、安徳天皇の生まれ変わりと結婚する娘が、河原崎家に生まれようになると言い、もし、安徳天皇が即位して、その娘と結婚して後継ぎが生まれなければ、この四面京が滅亡すると言いました。その娘と言うのが私です。そして、今後825年間は、この四面京が決して知られないように呪術をかけたのです。ところが、徳子様の生まれ変わりは、何かに取り憑かれたのか妖術を使えることができ、思うが儘に四面京に圧政を強いたのです。家来の平宗明、その子の平宗盛も何かに取り憑かれているみたいで、妖術を少し使えることができます。父は、この事を嘆き、平家に混じってここに来ていた源氏の間者の子孫が、この猿ケ谷を築いたのを知って、源義明様と秘かに通じて、何かに取り憑かれた徳子様、平宗明、平宗盛様を討とうと策略していました」と佐和子が話し始めた。

「でも。何故、佐和子先輩、いや佐和さんが、私達の世界で、私達の歴女サークルにいたのですか?」と佳子が怪訝そうに尋ねた。

「佐和子先輩のままでいいわ。それはね、父の河原崎徳永の話によると、河原崎守永が残した河原崎家の予言書によれば、自然には安徳天皇の生まれ変わりがこの世界に来ることは有り得ないとの事なの。私が貴方達の世界に行って、安徳天皇の生まれ変わり、すなわち、浩介さんをこの世界に導く運命だということなの。また、由紀子さんが源氏の直系で、徳子様に取り憑いた悪霊を取り除くための鍵になるということなのです。あのトンネルを開けるには、源義輝様の持っておられる銅鏡の力が必要で、義輝様にあのトンネルの場所に同行してもらったの。そしたら、銅鏡の力でトンネルが出現したのよ。一年後に同じ場所で、またトンネルを開けてもらうように約束して、貴方達の世界に行ったの。河原崎家の予言書によれば、横浜に源氏の隠れ里があって、その末裔である由紀子さん貴女が鍵なの。そこで、貴女が入ってくる筈の横浜百合大で秘かに歴女サークルの部長になり待っていたの。私も、陰陽師の術が使えるので、簡単だったわ。前田教授にも術をかけて、この世界の事を講義するように暗にしむけたの、佳子と恵美、早苗と由紀子、貴女達にも術をしかけたのこの世界に導くように、ごめんなさいね。由紀子、貴女のお母様にも一度会って術をかけて、貴女の家に代々伝わる銅鏡を持たせるように仕向けておいたの。だから、ここへ来れたのよ」とすまなそうに佐和子が話した。

 そして、佐和子が義輝に銅鏡を見せるように目配せをした。義輝は、胸元から小さな銅鏡を取り出し、由紀子達に見せた。由紀子が見たところ、由紀子の持っている銅鏡と同じであり、違うのは、銅鏡の裏には、左の方を向いた鹿の絵が右側に刻まれており、全く逆の構図であり、その鹿のお腹には、『天』の文字が描かれているところであった。由紀子は、胸ポケットから銅鏡を取り出し、佐和子に見せた。

「そうです。この二つの銅鏡は対になっており、二つで『天照』、すなわち、神である天照大御神の力が備わっているのです。この二つの鏡で、この世界の二つの太陽を反射させれば、多分、徳子達の妖術も撥ね返すことができる筈です」と佐和子が銅鏡を眺めながら言った。

「後は、私から話しましょう。源義明様達は、佐和も言ったように、源氏の間者の子孫で、平和を願い平和部隊を組織しています。徳子様の圧政に庶民は苦しんでおり、徳子様は若武者の魂を貪っているという噂です。徳子様の呪いが解けない限り、安徳天皇の生まれ変わりである浩介様の記憶は戻りません。私達の計画では、出陣式が執り行われる宴の松原が狙い目です。佐和が源義明様達と貴方達を秘かに内裏内に招き入れます。この河原崎家の庭に湧き出る神の泉の神水を徳子様にかければ、徳子様に取り憑いた悪霊が取り除かれ、徳子様の呪いが解け、浩介様の記憶が戻る筈です。ただ、神水は、源氏の直系の由紀子様がかけないと効果がありません。源義明様の軍勢も密かに夜陰に紛れて、四面京を取り囲み、出陣式の最中に雪崩れ込む手筈になっております。徳子様の妖術で兵士は不死身の体になっており、そのような者達が貴方達の世界に攻め入ったら大変な事になります……」と徳永が由紀子達に説明し、瓢箪に入った神水を由紀子に手渡した。

「私達は、何をすればいいのですか?」と敏雄が尋ねた。

「預言書では、貴方達のことも書かれています。由紀子様をお助けになるということです。詳しいことは分かりませんが、当日になれば分かると思います」と徳永が答えた。

「佐和子先輩、浩介君、いや安徳天皇の生まれ変わりと結婚してもいいのですか?」と早苗が佐和子に訊ねた。

「これは、825年前からの定めなのです。この世界の存続のためにも必要な事です。それに、今日父と一緒にお会いしましたけど、とてもハンサムだしね。気に入っちゃったわ」と佐和子が答えた。

「佐和子先輩に、一つだけ質問があるのですが、あの宮殿の人達は、皆古い言葉を喋ってましたが、貴方達は現代語を喋られていますが、何故なんですか?」と恵美が聞いた。

「本当は、貴方達の世界と同じで、皆ほとんど現代語を喋るのですよ。彼らは、徳子様に強制され、仕方なく古い言葉を喋らされているのです」と佐和子が答えた。

「ところで、その額の文字は目立つので、この神水で消して上げましょう」と言って、徳永は、懐からもう一つの瓢箪を取り出し、指に神水を付けて由紀子達の額に順に付けた。たちまち、由紀子達の額から、刻まられた文字が消失した。

「これで、徳子様達に気付かれずに隠密に行動することができます」と徳永が言った。

「私と父は、即位式と結婚の儀式のために一旦、家に戻ります。義輝様達を助けてね」と佐和子が由紀子達に言った。

「分かったわ。佐和子先輩、気をつけてね」と由紀子が言って、皆が佐和子と硬い握手をして別れた。

「今日はもう遅いから、お風呂で汗を流して、寝て下さい。疲れたでしょう、お風呂と寝床の準備をさせていますから」と義輝が言った。

 由紀子達は、部屋に入って来た数人の女性達に部屋に案内された後、風呂に入ることになった。お風呂は、この猿ケ谷では温泉が湧いているらしく、現代の温泉と同じように露天風呂であり、混浴風呂ではなく男女別々に造られていた。由紀子達は、お風呂に浸かり、長かった今日一日の疲れを癒した。

「あー気持ちいい、癒されるわ、何か凄い事に首を突っ込んだみたい」と佳子が由紀子達に言った。

「でも、私達で大丈夫かしら」と早苗が呟いた。

「私、責任重大で今にも押し潰されてしまいそうだわ……」と由紀子が不安そうに言った。

「自分達を信じてやってみるしかないと思うわ」と恵美が自分に言い聞かせるように言った。

「そうね、頑張ってみるしかないわね、頑張りましょう」と佳子が自分を励ます様に言った。

 由紀子達は、風呂から上がり、女性達が用意してくれていた浴衣に着替え、部屋に戻った。部屋に戻ると、女性達が布団の準備をし終えたところであった。

「由紀子様、皆さん、お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい」と女性の一人が由紀子達に言った。

「有難うございます。いい湯でした。すっかり疲れが取れました」と由紀子が答えた。

 由紀子達は、疲れが溜まっていたのか、布団の中に入ると直ぐに眠りに着いた。敏雄と健一も、二人で風呂に入った後、別の部屋で、眠りについていた。

 その頃、四面京では、牢から由紀子達が逃走したのが判明して、大騒ぎになっていた。

「徳子様、何者かがあの者達を牢から逃がしたようにござります。今、追ってを差し向けておりますが、捕らえられるかどうか分かりませぬ、見張っておった兵士は見せしめに首をねましたでござります、申し訳ござります」と平宗明が徳子と浩介に向かって言った。

「おのれ、憎き源氏の間者の仕業に違いあるまい。見つけ出し、その者達の首を刎ねるのじゃ。我らの昔年の怨みを邪魔立てさせてなならぬぞ」と徳子が怒りの形相で宗明親子に向かって言った。

「ははー。仰せの通りに致します」と宗明親子が膝間づいて言って、外へ飛び出して行った。

「陛下、ご心配には及びませぬ、必ず、あの者達を捕まえて首を刎ねてみせまするゆえ」と徳子が浩介に向かって言った。

「母上、宗明親子を信じておりますゆえ、大丈夫でございます」と浩介が徳子に向かって言った。



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