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後編

 そして、バレンタインデイ当日。

 日本全国学校や職場でチョコレートの受け渡しが行われる。さくら幼稚園でも朝からみんなソワソワしていた。男の子たちはいつチョコレートがもらえるんだろうかと気になって、遊びも手につかない。女の子たちもお目当ての子に渡すタイミングを狙ってる。

 ぼくなんて、渡されなれてるからちっともソワソワしない。

 一番最初は幼稚園の送迎バスの中。気が早くてせっかちな子は少しでも早いとこ渡したいらしい。ぼくは予め用意しておいた大きな紙袋の中に次々とチョコレートの包みを入れる。二番目は下駄箱の中。恥ずかしがり屋の女の子からのチョコが何個か入っていた。

 そして、三番目は幼稚園のクラス。ぼくの姿を発見すると、女の子たちがいっせいに集まってくる。


「海斗くん、ハッピーバレンタイン!」

 美咲ちゃんが、超ミニのスカートをヒラヒラさせながら一番に駆け寄ってくる。美咲ちゃんは桃組のアイドル的存在のかわい子ちゃんだ。他の男児達は羨ましそうな眼差しでぼくを見てる。美咲ちゃんのミニスカートからかわいいパンツが見え隠れする。今日は真っ赤なハート柄。パンツもバレンタインバージョンだ。美咲ちゃんはいつもパンツをチラチラさせてる。「見せてもいいパンツよ」って言ってるけど、あのパンツは見せてはいけないパンツだと思う。

 男児の前で見せる「悩殺パンチラ」攻撃で、桃組不動のナンバーワンアイドルの座を維持している。ぼくもパンチラ嫌いじゃないけど、美咲ちゃんはちょっと子供っぽいよね。

「美咲ちゃん、ありがとう!」

 そんなことを考えながらも、ぼくは美咲ちゃんがくれたピンクのリボンで飾られた大きな包みを笑顔で受け取る。

「海斗くん、大好き!」

 美咲ちゃんはおまけのプレゼントととして、ぼくのほっぺにブチュッとキスしてくれた。隅の男児達の集団から羨望のため息が聞こえる。これ、イケメンの特権。

「海斗君、ぼくの気持ちです。受け取ってください」

 美咲ちゃんのチューに気をよくしてると、義明くんがぼくにチョコの包みを差し出した。義明くんは男の子なのに、毎年ぼくにチョコをくれるんだ。しかも手作り。これが結構美味しい。

「義明君、ありがとう!」

 ぼくが嬉しそうに笑顔を向けると、義明くんも嬉しそうに微笑みかえした。義明くんもかわいい男の子だ。でも、義明くんって女の子より男の子が好きなんだって、という噂をよく聞く。ぼくって女の子よりかわいいけど、義明くん、ちょっとやばくない?

 義明くんからもキスされたらいけないから、ぼくはさっさとチョコを紙袋に入れて次の子のとこに行った。

 アッという間にぼくが持ってきた紙袋はチョコレートでいっぱいになる。すごく重い。去年は底が破けてしまったから、今年は頑丈な袋にしたんだ。


 今年も先生達からのチョコもゲットした。先生からのチョコはどのチョコも豪華だ。いわゆるブランドチョコで、ママがとても喜ぶ。滅多に食べることのできないチョコが多いんだって。てわけで、先生のチョコはいつもママのものになるんだ。

 麻美先生からももちろん手作りチョコをもらった。

「先生、『ひみつ』の人にはチョコレート渡した?」

 送迎バスに乗る前に、ぼくは先生を見上げて聞いた。先生ははにかみながらニコリと笑う。

「まだ。幼稚園のお仕事の後に渡すのよ」

「先生、がんばってね!」

 ぼくはめいっぱいの笑顔を向けて、先生に手を振る。

「うん、がんばるね!」

 先生もぼくに手を振る。麻美先生が、年下の女の子みたいに見えた。恋してる女の人ってすごくかわいくなるんだね。



 夕ご飯の後、ぼくはママと一緒に愛犬ララの散歩に行った。ララは雌のゴールデンレトリバー。すっごくデカイ。ぼくは時々ララの背中に乗って遊んだりする。おっきいけど、とても大人しくて人なつっこいんだ。

 ララは今夜も息を切らしながら嬉しそうに駆けていく。走るの速いから追いつくのが大変なんだ。当然、力ではぼくよりララの方が強いから、リードを握るのはママの役目。

 ララとママとぼくの吐く息が白い。「暦の上ではもう春なのよ」ってママは言うけど、まだまだ真冬だよ。それでも、最近暗くなるのが遅くなったかなぁと思う。

 いつものララお気に入りの場所でトイレをすませ、家に帰る途中近くの公園に寄った時、暗くなった公園のブランコに誰かが座っていた。ブランコはギィギィと小さな音を立てて静かに揺れている。地面につけた足を揺らしているだけで、漕いでいない。

 誰だろう? と思って、ぼくはブランコの後に近寄ってみた。公園の外灯に照らされてセミロングの髪の女の人が見える。なんとなく、後ろ姿が寂しそう。もう少し近寄ってみて、ぼくは驚いた。麻美先生だ!? なんでこんな時間に公園にいるんだろう? 『ひみつの』彼にチョコレート渡して、今頃は二人でどっかに遊びに行ってるはずだと思った。

 先生、どうしたのかな? ぼくは麻美先生のことが気になったから、ママとララに「ちょっと待ってて」と言って、先生のとこに走って行った。


「海斗くん?……」

 いきなり正面に現れたぼくに気づき、麻美先生はビックリしていた。でも、ぼくはもっとビックリした。なぜなら、麻美先生の目から涙が溢れ出ていたから。先生なんで泣いてるんだろう??

「先生、どうしたの?」

 何て言っていいか分からなかった。先生はさっきまであんなに嬉しそうに笑ってたのに、今は顔中悲しみでいっぱいになってる。麻美先生は黙ってぼくを見つめた。なんとか笑顔になろうとしてるけど、どうしても笑えなくて代わりに涙が次から次へと流れていた。

 しばらく黙って泣いた後、先生は両手で涙を拭ってバッグの中から包み紙を出した。

「……これ、海斗くんにあげるね」

 赤いリボンで飾られた四角い箱。それってバレンタインのチョコレート?

「どうして? それ『ひみつ』の人にあげるんじゃなかったの?」

 麻美先生はうつむいて首を横に振った。また涙がこみ上げてきたみたい。

「もういいのよ……その人には受け取ってもらえなかったから」

 先生は小さな声でやっとそれだけ言った。そして、チョコの包みをぼくに差し出した。先生きっと振られちゃったんだ。片思いでバレンタインに打ち明けたけど断られたんだ。ぼくも女の子の告白をよく断る。断られた女の子はちょっとガッカリした顔するけど、すぐまた笑顔になって一緒に遊んだりもするようになる。

 幼稚園児の付き合いってそんなもんだもの。でも、大人はもっと複雑なんだね。断られたらものすごく落ち込んで泣いちゃって、なかなか笑顔になれないんだね。

 先生の姿がとても小さく弱々しく見えた。


 幼稚園で飼っているウサギのピョン太が死んじゃった時、ぼくは初めて人前で大声あげて泣いた。ピョン太はぼくによくなついていて、毎日世話してやってた。かわいい弟みたいな奴だった。そのピョン太がある日突然死んじゃった。ぼくはぐったりしたピョン太をつかんだまま、なりふり構わず泣きわめいた。

 その時、麻美先生は何もいわないでぼくの頭を優しく何度もなでてくれたんだ。泣き疲れて涙が出なくなるまでずっと側にいてくれた。そして、涙はかれたけどまだヒックヒックしゃくり上げてるおれを連れて、幼稚園の裏庭に行ってピョン太のお墓を作ってくれた。 ピョン太を土の中に埋めて、木の十字架も立ててくれた。ぼくは今でも毎日ピョン太のお墓に行ってピョン太の大好きだったニンジンをお供えしてやってるんだ。


 うつむいてブランコに座ってる先生の頭に、ぼくはそっと手をあてた。そして、「良い子、良い子」って優しくなでてあげた。ピョン太が死んだ時、先生がぼくにしてくれたように……。

 麻美先生はゆっくり顔を上げてぼくを見た。

「海斗くん、ありがとう」

 先生が微笑んだ。顔にはまだ涙のあとがあるけど、それでも嬉しそうな笑顔になった。ぼくもなんだか嬉しくなって笑った。

「先生、ぼくが大きくなったら麻美先生の恋人になってあげる」

 半分冗談でそう言うと、ぼくは先生の隣りのブランコにちょこんと乗った。

「海斗くんが? ほんとに?」

 麻美先生の顔はマジで嬉しそうだった。

「うん、いいよ!」

 調子に乗ってぼくは気やすく返事した。そして、勢いよくブランコを漕ぐ。

「先生、ブランコ漕いだら気持ち良いよ」

「海斗くん、約束ね」

 麻美先生はブランコの鎖をしっかりつかむと、大きく後にひいて漕ぎ出した。

「約束?」

 ブランコで後に前に揺れながら、ぼくは先生の方を見る。

「そうよ、海斗くんが大人になったら先生の恋人になること」

 麻美先生は子供みたいに笑った。ぼくと先生のブランコが交互に揺れて交差する。

「うん、約束!」

 先生が真横に来た時、ぼくは元気よく返事した。

 年上の恋人でもいいや。麻美先生のこと大好きだし。ぼくは楽しくなって笑った。

 ……でも、ちょっと待って、ぼくが大人になった時って麻美先生はいくつになってるんだろう? ぼくのママは28才、もしかして麻美先生ってママより年上かも?……。

 ま、いいか、そんなのずっと先のことだ。一抹の不安がよぎったけれど、ぼくは夜空に向かって勢いよくブランコを漕いだ。空にはたくさんの星がまたたいている。ぼくと麻美先生は、夜空の星まで届くような笑い声をあげながら、ブランコを漕ぎ続けた。       完





読んで下さってありがとうございました!

最初コメディのジャンルで投稿してましたが、やっぱり微妙だったのでその他に変更致しました。(^^;)コメディは難しいです。

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