前編
ぼく、樋口海斗5才5ヶ月のさくら幼稚園桃組。
ぼくの通う幼稚園は、赤組、桃組、緑組に分けられている。赤組は4歳児の年少組、緑組は6歳児の年長組。ぼくの桃組は中間ってとこ。緑組は今年の春から小学生。だから、ちょっとばかり生意気なんだよね。もうすぐ小学生、大人の仲間入りって顔で、幼稚園児のことをバカにする奴もいるんだ。でも、ぼくから見ればまだまだガキだね。お漏らししたり、転んで泣き出したり、滑り台の順番がなかなか回ってこないってだだこねたりする奴もいるんだ。
その点ぼくは大人だね。
ママの送り迎えがなくても、一人で幼稚園の送迎バスに乗れる。滑り台の順番だって譲ってやってる。泣いてる子を見たら慰めてあげるし、お漏らしをよくする子は気をつけて、一緒にトイレに連れてってあげる。
ぼくはいい子だ。その上かわいい。色が白くて、おめめがパッチリしてて、まつげがすごく長い。よく女の子に間違えられたりするけど、そこいらの女の子よりぼくの方が断然かわいいね。
当然、女の子には大人気。何にもいわなくても、あっちから寄ってくる。5ヶ月前のぼくの誕生日には、プレゼントの山だった。女の子だけじゃなくて、男の子にも人気があるから、桃組全員からプレゼントをもらった。赤組のチビっ子達や、緑組のお姉さんお兄さんからもたくさんもらった。毎年、家の誕生会は芸能人並の華やかさだ。
ちょっと疲れた。モテるのも大変だ。
幼稚園の先生達からも、プレゼントをもらった。幼稚園では毎月その月の誕生日の子達のために誕生会を開く。その時、ささやかなプレゼントをもらうんだけど、ぼくはそのプレゼントとは別に豪華なプレゼントももらった。
いわゆる、えこひいきってやつ?
うちの幼稚園には、女の先生が三人と女の園長先生が一人いる。幼稚園の先生って大人なのに、園児と一緒にお遊戯したり園児レベルで会話したりしなきゃいけないから大変だと思う。園長先生なんて、ぼくのおばあちゃんより年上のはずだけど、ぼく達と一緒に『大きな栗の木の下で〜』って大きな口開けて歌いながら踊ったりするんだ。仕事とはいえ、よくやると思う。5才のぼくだってあの幼稚いお遊戯は恥ずかしくなるっていうのに。感心感心。
クリスマスには園長先生を含めた4人の先生からプレゼントを貰った。
「みんなには内緒よ」
と言って、先生達はぼくにプレゼントをくれる。
「はい、ありがとうございます!」
ぼくは満面に天使の笑みを浮かべて、プレゼントを受け取る。もちろん、他の奴らにチクルつもりはない。プレゼントはいくつもらっても嬉しい。中味はどうであれ……。
よくもらうのは「ぬいぐるみ」。毎年ぬいぐるみ屋が開けるんじゃないかと思うくらい、どっとぬいぐるみが集まる。本当は興味ないんだけど。ぼくはいつももらってすごく嬉しそうな顔をする。でもって、そのぬいぐるみ達の運命は、次の誰かの誕生日用のプレゼントとなる。ぬいぐるみのリサイクル。物は大事にしなきゃね。くれぐれも、貰った人に渡さないよう細心の注意が必要だ。誰からもらったのかちゃんと紙に書いて、その紙をテープでとめてぬいぐるみに貼り付けておく。
ぼくって結構几帳面。
桃組の担当は、矢野麻美っていう女の先生だ。担当ってことで、特にぼくを可愛がってくれる。茶色に染めた長い髪をおさげにしてリボンでとめている。幼稚園の先生だから、子供に合わせてかわいく見せようと思っているんだ。
麻美先生の年は知らないけれど、もう随分長く幼稚園で働いているらしい。お下げ髪に無理があるような気がする。一度、考えのない奴が先生に年を聞いた。
「せんせいは、なんさい?」
麻美先生の笑顔がひきつったのが分かった。
「う〜ん、何歳かなぁ? 先生、忘れちゃった」
首を傾げる先生に、そいつは「え〜っ?」といってしつこく聞いた。ぼくのフォローがなけりゃ、麻美先生マジで切れていたと思う。
「先生はきっと二十歳だよ!」
ぼくは先生を見上げてニッコリと笑った。麻美先生は心からの笑顔で、ぼくの頭を何度もなでてくれた。麻美先生、分かりやすい。園児の母親には、小学校を卒業するまで25才から年を取らなかったというママもいるそうだから、女性に年を聞くのはやばいんだと思う。
ぼくは結構麻美先生が好きだ。顔はそれ程美人じゃないし、胸もないけど、いつも一生懸命で優しい。ドジでよく失敗するとこもかわいいと思う。それに先生のプレゼントはいつもとびきり豪華で、ぼくの欲しいと思ってたものを選んでくれる。クリスマスプレゼントで貰った48色入りのクレパスも気に入った。
いつもワンテンポずれてる天然ボケキャラの麻美先生だけど、去年のクリスマスあたりは元気がなかった。先生には今のとこ彼氏がいないらしい。赤組の桃香先生や緑組の愛先生には、ちゃんと彼氏がいる。ぼくの見たところ、桃香先生も愛先生も麻美先生よりはかなり年下だと思う。桃香先生は去年の春先生になったばかりだ。
そんな年下の先生達の幸せそうな顔を見るのが、麻美先生は辛かったんだと思う。どうやら一人暮らしをしている麻美先生は、クリスマスの三連休はずっと家にいたらしい。麻美先生が園長先生に、三連休はずっとレンタルビデオを観ていた、と話していたのをぼくは聞いた。大人もいろいろ大変だね。
そんな麻美先生がお正月開けて幼稚園が始まった頃から、急に変わった。なんていうか、生き生きしてる? 前より明るくなって綺麗になってきたと思う。
ぼくのカンだと、あれは恋してる顔だね。
麻美先生は冬休みの間、故郷の実家に帰っていた。もしかしたら、お正月に新しい出会いがあったとか? お正月の同窓会っていうので、昔の好きな人に再会したとか? 色々想像できるけど、とにかく麻美先生に好きな人ができたのは間違いなかった。
なぜなら、先生はもうすぐ訪れるバレンタインデイのことをとっても楽しみにしているみたいだから。去年のバレンタインの時は、クリスマスの時みたいに元気なかった。彼氏のいない女の人にとって、クリスマスやらバレンタインは辛いものらしいね。
なぜかな? 5才のぼくにとってはどっちも楽しいイベントだ。彼氏だの彼女だの関係ないよ。まあ、イベントのたびにぼくは数え切れないくらいのプレゼントやチョコレートをもらっちゃうんだけどね。
今年のバレンタインもチョコレートの山に囲まれるんだろうなぁ。チョコは嫌いじゃないけど、あれだけたくさんのチョコはとても食べきれない。ホワイトデイのお返しだって大変なんだから。それで、クリスマスプレゼントの時みたいに、チョコレートをホワイトデイ用に取っておくんだ。ママがちゃんとラッピングし直してくれるから助かる。
でも、バレンタインのたびにたくさんの女の子たちから、告白されるのって大変だ。素っ気なく断るのはかわいそうだ。だから、ぼくはいつも「ありがとう」って言ってる。
ぼくの年なら付き合う付き合わないってのあまり重要じゃない。みんなとは平等に仲良く付き合ってるさ。その点、大人はややこしいな。付き合う人は一人に決めなきゃいけないらしい。
バレンタインの前の日。いつものようにぼくは麻美先生と残って、お片付けをした。
常にいい子ちゃんでいるためには、先生のお手伝いは欠かせない。
「海斗君は今年もたくさんチョコレートをもらうんだろうね」
大きな積み木のブロックを抱えて麻美先生が言った。
「先生からも手作りのチョコレートあげるからね」
麻美先生は笑顔でそう言う。
「わあ、うれしいな! ぼく、先生からのチョコレートが一番うれしいや」
ぼくはあどけない天使の笑みを先生に向ける。大抵の大人はこの笑顔でメロメロだ。
「ありがとう。先生、今年はあまりチョコレートを贈らないことにしたのよ」
先生は心底嬉しそうにフフフと笑う。
「義理チョコとかやめて、本当に好きな人にしか贈らないことにするわ」
「へえそうなの? 先生、チョコレート何個贈るの?」
「3個よ。田舎のお父さんと海斗君ともう一つはひみつ……」
先生は少し恥ずかしそうに口ごもる。本当に好きな人の中にぼくが入ってることは、喜ぶべきことかな? 最後の「ひみつ」の人ってのが、きっと先生の大本命の彼に違いない。
ぼくがそんなことを考えていると、ガッタン! ドッテン! というものすごい音が立て続けにした。ふと見ると、前を歩いていた麻美先生が大きな積み木ブロックをおっことして、床にしりもちをついていた。 麻美先生っていつも何にもないとこでつまずいたりするんだよね。
「先生! 大丈夫!?」
ぼくはすぐに麻美先生のとこに駆け寄る。先生はお尻をさすりながらゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫よ」
あんなデカイ音立てて転んだんだから、痛くないはずはない。けど、先生はニコニコ笑顔のまま、積み木を持ち上げた。先生はきっと「ひみつ」の彼のこと考えてぼ〜っとしてたんだ。先生はお尻の痛みなんか忘れるくらい「彼」に夢中なのかも。