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≪銃殺姫≫  作者: 矢沢 一男
≪毒殺姫≫
9/11

記憶と物語の目覚め


 夢を見る。

 その夢の中に居るのは幼い頃の私。優しそうな両親に連れられて歩いていた。嬉しいのか、この世の悪意など知らないような無垢な笑みを浮かべている。そして、その様子を微笑ましそうに眺めている兄の姿。優しい日常、何所にでもある日常。だけれども、とても大切なもの。でも――

「わたしは知らなくちゃいけない」

 ヴァイオラとしての記憶を思い出し、もう一度セザーリオとして生まれ変わらなくてはいけない。これはその為の通過儀礼。記憶を思い出し、自分と言う存在を思い出し、ヴァイオラと言う人間を葬り去る。なぜなら、私はまともな人間ではない事は明らかだ。

 決意と共に疾走を開始する記憶の欠片。平和なありふれた日常。しかし、今必要なものはそれではない。

「大丈夫。私は大丈夫」

 自らに言い聞かせて、辿り着く最後の記憶を受け入れるために自我を保つ。そして、自分に何が起きたのか、何をしてしまったのか、その全てを思い出せ。


 何気ない日常の一幕。その日、私達の家族はどこかに出かけていた。場所は関係がない。そこで起こったことが重要なのだ。

 起こった悲劇は暴力団の抗争か何かに巻き込まれた事。飛び交う銃弾。そして、気づいた時には両親は死んでいた。

 怖い。恐ろしい。他人が死んだ。肉親が死んだ。それだけで世界が終わるような絶望感と恐怖。


 だが、私は動く事が出来なかった。まるで、自分には死から逃れ生き延びようする全ての権利がなかったように。事実、私自身は逃げようとしていた。だが、動けないのだ。なぜなら、ヴァイオラ・アンシュッツは生まれながらの≪欠落者ラッカー≫。本来人間に備わっている行動真理や思い、信仰、現象、感情が一部分だけ欠落した人間。つまり、ヴァイオラは死と相対した場合何も出来ず死んでしまう存在であった。そのように設定されていた。


 動けない。自分を庇うようにして兄が殺された。再び、襲い来る世界が終わるような絶望感と恐怖。

 だが、同時に湧き上がる疑問。


―他人が死んでこれだけの恐怖感を味わうのなら、自分が死ぬときの恐怖感はどれ程の物だろうか?


――嫌だ。

 嫌だ。死にたくない。生きたい。生きていたい。死ぬわけにはいかない。生き足掻け、何所までも何所までも――

 しかし、思いは届かない。なぜなら、ヴァイオラにはその行動の権利を剥奪されている。基盤にそれがない以上、どうすることも出来ない。そこが、埋まらない限り私はそれを『する』ことが出来ないのだ。

 生きたい。生きたい。どうやっても、何をしても、何を――捧げても。

 そう念じた瞬間。天からの声が聞こえた気がした。だが、この世界に神などいない。神などいたら自分はこのような悲劇に会っていない。ならばその声はきっと――悪魔からの声なのだろう。


「お前は≪欠落者≫、それを『する』事ができない。お前は≪欠落者≫それを『受ける』事が出来ない。ならば、ここで死ぬ? 朽ちる? その狂弾に殺められ?」

 嫌だ。それは、嫌だ。その為ならば、何であろうとしてやろう。その為ならば、何であろうと捧げよう。だから、私は悪魔に願う。その叡智を私に授けて欲しい、と。

「ならば、知恵を貸そう。そして対価としてこの場の全ての血肉を贄に捧げて貰おう」

 いけない事。これは、禁忌。しかし、自分はそれを受け入れる。

「ならば、楽しめ。この場でお目の描く最高の楽しみを舞え。それこそが、生き足掻く事が欠落している≪欠落者≫であるお前に残された一つの権利。『生き足掻く』為の唯一塞がっていない正道、一本道になっていよう。しかし、努々忘れるな。それはお前が元々持っていた歪みであり、お前の正道。悪魔も神も親も人生も記憶も経験も、一切関係のないおまえ自身の業なのだ」

 その当時は悪魔の言い分を理解できていなかった。今でもそうだ。しかし、その時私は無意識の内に選び取った。生きるため、殺戮と言う道を――。


 瞬間に意識が入れ替わる。本能で行動を起こす機械と作り変わっていった。

 交差する無数の銃弾と銃声。これが家族を殺した。だから、これは恐ろしいものなのだ。そう、本能が学習する。

 そして掴み取ったのは皮肉にも家族の命を奪った銃。そして、幸福か不幸か私には銃を操る才能があった。


 銃を撃っていた。銃をこちらに向けてきた。あの男は私を殺すのだ。そう、理解した。だから、放つ。相手より速く、相手が打つよりも速く、正確に一撃で仕留めていく。そして、気がついたときには全ての人間が死んでいた。

「贄は頂いた。ならば、少女よ私は去ろう。お前にこそ我が力を扱うに相応しい。いつか、いつか来るその日を夢見て、我は汝に感謝しよう」

 現れた悪魔。漆黒の黒い狼に跨り、その体躯は天使、頭は鳥で、手に鋭利な剣を持つ不吉な悪魔。しかし、不思議と恐ろしさは感じない。むしろ、親近感を覚えていた。

「我が名は『アンドラス』。不和をもたらす殺戮の悪魔なり」

 それが、私がまともに思考していた最後の瞬間。その次の瞬間には精神が壊れて、まともな思考は出来なくなっていた。


 既に精神は壊れ、ただ恐怖するものを殺すだけの機械と成り下がった私は、何の目的も持たず街を徘徊する。

 そこからの記憶は曖昧だった。銃に恐怖を覚えていた私は、それを持つ人間を殺戮していたのかも知れない。ただ、確実に言える事が一つだけあった。殺戮人形となってからの私が知っている恐怖の対象は銃以外ない。つまり、ヴァイオラ・アンシュタッツは、どこにでも居るような通り魔のナイフで呆気なく最後を迎えたのだった。


     ◇◇◇◇◇◇◇


 落ちていた私の意識は、記憶を取り戻したと同時に覚醒していった。

「ここは……」

 自分が寝ているベッド以外に何もない部屋だった。それもその筈、ここはヴィンセントが用意した私の部屋だ。まだ、一週間足らずで私物もなく、ただベットが置いてあるだけの部屋。元は来客用として使われてたが、ここに寝泊りするのはアルウィーン以外に居らず、セザーリオの私室となった。ただ、難点があるとすれば今もアルウィーンが使っている事だろう。

「おはよう、セザーリオ。随分、暴れまわったそうね、お姉さん驚いたわ」

「アルウィーンさん」

 声の持ち主に目を向ける。そこに居たのはアルウィーンだった。

 黒く分厚いコートを羽織っている所を見るとどうやら外に出てたらしい。アルウィーンは、外出時にいつもそのコートを羽織るので分かりやすい。

「まったく、ヴィンセントには困ったものよね。あいつ私を連れてくるや、セザーリオが腹を大剣でぶっ刺されたから看病してくれって、強引にも程があるわよ」

「すみません迷惑かけてしまって」

「気にしなくていいのよ。全部ヴィンセントの所為でしょうから。アイツのバカ騒ぎに巻き込まれたのは災難だったわね」

 それは違う。巻き込んだの私の方だ。

「それは――」

 否定しようと声を上げるが、アルウィーンは立ち上がり部屋を出て行こうとする所だった。

「何か言った? 私は三日三晩ずーっと研究所に引きこもっているヴィンセントの奴引っ張り出してくるから、ちょっと待ってってね」

 ドアが閉まる音。同時に部屋の中の音は全て消えた。ここに居るのは自分一人だけという事が一層強くなって――少し寂しい気がした。


「あの後、自分は――」

 思い返そうとするのは、あの夜の事。襲ってきた私と同じ年くらいの金髪の襲撃者はどうなったのか。最後に一撃を入れた記憶はあるが、その後の記憶がない。それに、少女の目的も不明のままだ。ただ、言える事がある。あの少女の目的は私だった。後半はどうか分からないが、少なくとも最初に会った時見た彼女の瞳が憎悪を映し出していたのは間違いない。

「迷惑をかけるのは嫌だ」

 もう、迷惑はかけられない。ヴィンセントはここで自分などに構うべき人間ではない。本物の天才、その言葉そのものを体現した人間。それがヴィンセント。だから、私は邪魔になるだけだ。

 ただ、それはあくまで建前であって、本当の理由は自分が理由で誰かがなくなるのを見たくないからだ。自分は間違いなく一部たりともヴィンセントを心配していない。やはり、自分は利己的な人間だと思う。それも記憶を取り戻してからは顕著に現れている。

「よし、大丈夫」

 一人でも我慢できる。もう、自分は十分大人だから、孤独も耐えられる。

「ガキが何かっこつけてやがる。お前は黙って俺に着いてくればいいんだよ」

 振り返る。ドアを開けたその先にいたのはヴィンセントだった。

「でも、自分が居れば迷惑をかけます」

「それこそ何勘違いしてやがる。俺が負ける訳がないだろうし、これは俺にとってもチャンスだ」

 絶対的な確信を持って言い切る彼は、本当に心の底からそう思っているのだろう。その態度にセザーリオは呆れてしまう。だから、少し抵抗したくなった。

「でも、あの時の襲撃者を倒したのは自分ですよね?」

「そりゃ、お前が横取りしただけだろ。しかも俺の助けがなかったら死んでたぞお前」

「それは……」

「その程度でここから出て行くか? 言ってやるよ、すぐ殺されるぞ」

「……」

「≪殺人姫≫≪毒殺姫≫≪吸血姫≫≪斬殺姫≫」

 ヴィンセントが口に出した単語。その全てにセザーリオは聞き覚えがなかった。

「今、お前を狙っている連中の名前だ。≪斬殺姫≫ってのは襲ってきた奴な」

「だったら、なおさら自分は――」

「その分だと知らないってか。だとすると困るな、俺の予定が狂っちまう」

 ブツブツと独り言を呟くヴィンセント。この行動をセザーリオも見たことがあるので知っていた。こうなると、ヴィンセントは人の話をまるで聞かない。そして、必ず厄介な事に突拍子もないことを言い出すのだ。

「やっぱり、コイツを使って呼び起こすしかないか」

 何を? 決まっている。≪殺人姫≫≪毒殺姫≫≪吸血姫≫≪斬殺姫≫、そして――

「ヴィンセントは何を知ってるんですか?」

「今、この街周辺でで起こっていること。お前のこと。そして、これからどうなるか。聞きたいのなら教えてやる。でもな、どの道俺が一人で決着つけるつもりだ。お前が何しようと俺のしたいことは変わらない。それと一つ忠告しといてやる」

 ヴィンセントははっきと言い切る。

「ヴァイオラ・アンシュッツ。これを聞いたらお前は後には引けないぞ」

 セザーリオはヴィンセントが自分の本当の名前を言い当てたのは驚いた。しかし、彼は何が起こっているのかその全てを知っているのだから、答えれてもおかしくないのかもしれない。

「それでも、自分には聞く以外の選択肢はありません」

 セザーリオも言い切る。立ち向かわなければ勝ち取れない。ならば、戦う以外の選択肢はありえないのだ。

「それ、私も聞きたいんだけど」

 そしてもう一人。廊下の方からアルウィーンが現れた。

「正直言うとね。アンタに三日近くつき合わされたんだから、何の報酬もなければ釣合わないでしょ。私、そんなに安い女じゃないわ」

「別にそこらに生えてる草で物々交換できるくらいの価値だろ」

「アンタって奴は本当に――」

 アルウィーンが拳を作りワナワナと震わしている。それをヴィンセントは軽く流し、セザーリオの居る部屋に入っていった。

「分かったよ。聞きたきゃ勝手に聞いてろ」

「今日はいつもより素直ね」

「こっちは早く喋りたいんだ。邪魔するのならどっか行ってろ」




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欠落者ラッカー≫について

たまに生まれる欠陥人間みたいに思ってください。簡単に言うと、魂と肉体の回路の一部が接触不良で、何かをしようとした時に『行動』に繋げられない人間の事です。しかし、欠陥があると言っても本当にピンポイントなのでこの症状を持っている人間でも余り実感できない場合が多いです。例えば、野球で初球にバットを振れないだとかそんな超限定的な物です。ただ、セザーリオは誰かに殺される時に生き残るという行動に繋げられない人間なので比較的に重いほうです。と言っても現実社会で真正面から殺される機会に会わないし、あったとしても大抵逃げられないのでやはり軽めです。この症状は基本的に治る事がありません。しかし、特殊な方法で代用する事が出来ます。ただ、これには魂の質が必要なのでやはり通常は治りません。

例外としては、セザーリオが殺されかけても何もしないで八割の確立でセザーリオが死なない場合は普通に動けます。逆を言えば、死に直結する殺害行為の場合は動けません。と言っても、そこは主人公。コイツだけの特殊な例が存在します。まあ、才能なのか単なる不幸なのかは本編で確かめてください。



アンドラスについて

簡単に言うと悪魔です。特性としては非常に厄介なのですが、セザーリオとの相性は一応ネタバレっぽくなるので伏せておきます。



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