金色の襲撃者
度重なる大きな揺れのおかげで、既に照明は切れていた。今は窓から入る月明かりだけが、唯一の光源となっている。
その暗がりの中にこちらを値踏みするように見ながら立っている襲撃者。体格は小柄、それに恐らく女性だろう。それを踏まえて考察すると年齢はセザーリオと同じ位か。ヴィンセントはそう判断するが、襲撃者の両腕にある身長の三分の二はあるだろう大剣は大柄の男でもそう易々と持つことはできない。
「お前何者だよ」
分からなければ、訊ねるしかない。出来ればその異常な怪力に似合う、脳筋女ならいいと思いながらヴィンセントは訊ねた。
「聞きたいのは私の方だけど。まっ、構わないわ。あなたを殺す理由はないし、殺しは好きじゃない」
喋れる。会話も出来る。少なくともそれだけでヴィンセントとって最大の危機を回避した。一番やばいのは会話が成り立たない事。逆を言えば成り立つと同時に、相手が人間的な思考をしている可能性が高い。そうなれば――
「俺の勝ちって事だ」
「何?」
「いや、こっちの話だ。それで聞きたいんだが、何で俺の所に来たんだ? その分だと個人的な恨みって線はありえないだろ」
「当たり前じゃない。何でアナタなんか気にかけなくちゃいけないの」
「で、理由は?」
「臭いから」
おいおい、とヴィンセントが突っ込みを入れた。臭い? 魔術的なものだろうか? だが、自分が持っているものはその大半は文献だ。
「人の家が臭いからって、壊そうとするなよ。馬鹿かお前」
「あっ、違う違う。そうじゃなくて、私にとって嫌な匂い。いいえ、気配がするの。あなた、女の子とか匿ってる?」
それは間違いなくセザーリオの事だろう。何故と疑問が沸くが、そのような事はこの状況で考えるべきではない。
「大人一人の家で少女匿ってたら世間的にやばいだろう。何なら、下の戸棚でも見て来いよ。男用しか入ってないぞ」
嘘だ。だが、動揺はしていない。これなら――
「あなたは嘘を吐いている」
しかし、襲撃者は一瞬で見破る。ハッタリではなく絶対的な確信をもって言い切った。
「ふっ、理由は?」
「ただの勘よ」
暗闇の中、視認する事は出来ないが静かに笑いながら、コツコツと足を床に小突いている。癖だろうか? 稀にそのような行動を無意識で行なっている人種がいるのは事実。だが、この場は緊迫した場面。自分の癖を把握していないバカなら勝率は上がるが、相手はその様な低脳ではない。
突然、少女が上を指差した。
「上ね」
「残念、外れだ。確かに屋上はあるが、地下に降りる秘密の通路がある。今はもうどこかに行ってるんじゃないか?」
地下に降り通路の存在、これは事実だ。足を叩きつける行為の理由を考え、自分が出した回答からこのハッタリは通じるはずだ。相手が足で行なった理由は、振動を使ってこの家の構造を把握したのだろう。笑うしかない回答だが、自分の勘は良く当たる。
「それは嘘。私の勘が外れるはずないもの」
なるほど、とヴィンセントは納得した
「やっぱり俺の同類か。こいつはお目にかかれない人種だな」
自分と同じ本物の天才。あらゆる状況下で最適の回答を導き出す、言い換えれば何であろうと都合良くこなしてしまう人間以上化け物未満の貴重種だ。
「独り言を言ってる男はもてないわよ」
そして漸く襲撃者が動き出した。向かう先は一直線、屋上に登る階段だ。
「おっと、そいつは読めてたぜ」
ヴィンセントが一丁の銃を取り出し階段に向けて放った。襲撃者の移動速度は獣じみていたが、絶妙なタイミングで銃弾が行く手を塞ぐ。
「私もよ」
しかし、襲撃者はその大剣であろう事か銃弾を視認し弾き返した。
「だから、読めてるっていっただろう」
だが、ヴィンセントはこれだけで終わらない事を理解していた。仮定でしかないが三階に跳躍してこれる脚力、この研究室を単体で揺らせるほどの豪腕を考えれば、敵がどれだけの速度で動くか予想できる。
"コイツはとてつもなく速く動く"
それだけ考えれば、音速だろうがなんだろうが認識一つで対応できる。
出現したのは一つの結界。任意座標に発生させるタイプの《機構》だ。小規模であるが、範囲が狭い為強度だけ見れば家に張っているものと変わりはない。
「でもそれこの家に設置してるものでしょう。だから――私も分かっていたわ」
そして銃弾と同じく結界も切り裂かれた。結界の強度は、ここに持ち出せる大きさであれば現存するどんな重火器であろうと壊せない。だが、重要なのは彼女が分かったいたことだ。先ほどの振動だけで家に仕掛けている罠の種類まで把握していた。つまり、魔術の類に精通しているという確証。この事実に、さすがにこれはヴィンセントも驚く――事などなかった。
「じゃあね」
階段に足をかけ、友人に言うように襲撃者は別れを告げた。それをヴィンセントは不適に笑い。
「ふっ、待てよ、だったらコイツはどうだ?」
その言葉とほぼ同時に室内に響き渡る銃声の轟音。そして、どこからともなく連射される無数の弾丸が侵入者に向けて放たれる。だが、侵入者の瞬発力では音を聞いてからでも対処は可能――であるはずだった。
「なっ!!」
しかし、階段を駆け上がろうとした襲撃者は何かに阻まれ一時停止する。そう結界を張れる《機構》は一つではない。そして、それは必ず設置しなければならない訳ではない。ヴィンセントが発動させたのは今手に持っている小型の《機構》。威力は数段劣るが、一瞬でも隙を作れば十分役目を果たせる。
「ちっ!」
襲撃者が飛び退く。そして、睨むようでありながら賞賛と興味の色が強く表れた目し、ヴィンセントを見た。
「不思議か? 教えてやるよ。こういう事だ。光学迷彩≪Stealth≫・解除」
そして右手を使ってヴィンセントはその《機構》を解除した。無色透明、ステルスで隠されていた物体。武骨で室内にはまるで似つかわしくない大型銃器――ガトリング砲が現れる。なぜ襲撃者がそれを感知出来なかったか、その理由は誰が見ても分かるだろう。そう、ガトリング砲は何もない空間で宙に浮かんでいた。
「そ、それ――ッ!!」
襲撃者が驚愕を述べよとした瞬間。その開いた口に何かが高速で撃ち込まれた。音も立たず放たれたそれは襲撃者を吹き飛ばし、その体が壁へと打ち付けられる。
「光学迷彩に加え音を一切出さない銃弾と銃だ。観察してたが、目に頼りすぎなんだよお前」
襲撃者は暗闇の中、全てを視認していた。ヴィンセントは微かに見える輪郭の角度から銃弾の対処の時などを考察し、視認していたと判断。感覚で対処できるのなら見るはずがない。そう結論を出し、このタイミングなら今の現状を作り上げられると実行した。
銃弾は恐らく口内にに当たっただろう。だが、襲撃者はゆっくりと立ち上がった。
「痛っいわね。レディの口に銃弾ぶち込むなんて、とても紳士的じゃないわ」
恐らくは無傷。血の一滴すら流れていないようにも思えてくる。
「なんとなく予想してたが、コイツは流石にきついな。主に俺の精神的に」
本当に何事もなく立ち上がり、吐き出した銃弾がゴロンと床に落ちた。
しかし、出し抜けたのは事実。ならば――とヴィンセント・フィッツモーリスは確信していた。負けることなどありえない。
だが、彼は気づいていなかった。自分があると仮定した世界の真理。その最深部がどこに繋がっているのか、この少女はどういう存在なのか。もし、理解できていたのなら、この場でこの少女を殺す事が可能だったかもしれない。だが、今だ人生で決定的な敗北を経験した事がないヴィンセントは己を悔い改める事などすることはないだろう。
◇◇◇◇◇◇◇
屋上、その一角にセザーリオは立っていた。
手にしているのは一丁の拳銃。屋上に放置されていたものだ。残念ながら弾は入ってなかったが、脅しとして使う分には十分だろう。そもそも、自分にはこんな危険なものを撃つ度胸などないのだから――弾丸など幾らでも作り出せる。
「何、今の感覚」
背筋が冷える。自分が二人いるような感覚。実際、過去に記憶を持っている自分がいるのだから、二人いるという表現は間違っていない。間違っていないのだが。
「一人は不安で怖い。だから早く、早く来てよヴィンセントぉ」
不安が溢れて、子供のように泣き出しそうになる。
こうなった彼女はセザーリオと言う名の仮面が外れ、あの時、ヴィンセントに拾われるまで何も出来なかった無力で弱いヴァイオラでしかない。
聞こえてくる銃声が脳を揺さぶる。何事もない筈なのに、脳裏に何かが高速で掠めて行き、不安が急速に積もっていく。
それと同じように自分の記憶が断片的に蘇ってくる。
忘れていたい過去でありながら、愚かにも取り戻そうとしてしまった物。そして、銃声と言う彼女を象徴する記憶が、決定的な映像を記憶から引き出した。
銃と言う忌々しい殺人道具によって命を奪われた人間が三人。大事な人だったのだろう。記憶が蘇った訳ではないのだが、なんとなくそういうことが、そういう悲劇が起きてしまったのだと分かる。分かってしまう。それと同時に感じた時の喪失感と恐怖感も蘇り、彼女は壊れていった・正常になっていった。
「怖い」
余りにも恐怖する記憶を幻視してしまい、自分を保てない。
「怖い」
あんな思いをするのは嫌だ。今の彼女に存在する物はそれだけだった。
奪われる事の恐怖。誰かが死んだときに感じた悲しみの大きさに加え自分の死に対する恐怖。その二つが間違った方向へ、向かい彼女は≪銃奴≫へと変えていく。
「私に恐怖感を与えるものは全部いらない。だから――」
全てを壊そう。全てを殺そう。死にたくない。死にたくないから、自分を脅かすあらゆる存在を殺めるのだ!!
そして、それこそが自分にとって一番の――■■■だから。
◇◇◇◇◇◇◇
対峙する二人は互い牽制し膠着状態が続いていた。
「さあ、第二ラウンドと行こうぜ」
ヴィンセントが漸く、動き出そうとしたとき、それは起こった。
両者とも何が起こったのか分かってはいない。だが、間違いなく感じていた。屋上で何かが起こったこと、ヴィンセントはそれを瞬時に理解した。
しかし、ヴィンセントすら感じられなかった"あるものの気配"を感じ取った女がここに一人。
「やっと、見つけた」
侵入者の纏う雰囲気が変わった。周囲にぞくりと来るような死臭を感じたように死が間近に迫ってくる感覚。先ほどまでの勝算が泡のように消え去っていく様に感じられた。
これが彼女の実力。敵を斬殺に導く戦乙女――≪斬殺姫≫の本領に他ならない。
ヴィンセントは勝手に両腕が動いていた。二挺拳銃を素人とは思えない天才の勘で連射する。
「うおおおおおおおおッーーー!!」
撃つ。撃つ。撃つ。引き金を一心不乱引き続ける。彼を動かしているのは恐怖だった。
理解できない。自分より強いものが存在している事がありえない。自分が常に頂点だった。人も人を外れた人間、魔術師、超能力者、神、何であろうと抜き去った気持ちでいた。だから、これは初めての挫折。
俺が勝てないだと。俺が何も出来内だと。何を恐れる? ヴィンセント・フィッツモーリス。
勝てない事? 何一つできない事? そうだ。自分はこの程度だと自覚する事。それが一番恐ろしい。なら、目の前にいる全銃弾を意図も容易く切り刻んでいる怪物は、俺の感じている恐怖見比べればどうしようもなく小さい筈だ。
今分かった世界は広い。だから、同時に理解する。自分はこの程度で終わるはずがない。この広い世界で神の座に至るような絵空事に臨む者がその程度で良い筈がない。
震えが消えた。しかし、このままでは勝てない。そもそも、この場で勝つことは不可能だと先ほど悟った。
いつもどおりの勘。それを駆使し、既に相手が神の座に足を踏み入れているのが分かる。だからこそ言いたい。人間以上の存在になって神になろうとするそんな方法に叫びたい。
「そんな、屑みたいな方法で神に至るだと、神に成り変わるだと」
有りっ丈の憎悪を込めて、その行為を認めない。その方法はありえないと糾弾する。目の前の化け物が望んで人から成り下がったのかもしれない。或いは他の誰かだったのかもしれない。だが、人はかくも美しい。それを、誰であろうとその美しさを――貶める事は許さない。だから――
「スマートじゃねーんだよ!!」
喰らいつく。そうすれば、あるいは眼前の化け物に届きうるかもしれない。
マズルフラッシュの光により見えた歪んだ口元と血走った少女の目。瞳孔が開ききり、正しく狂気と呼ぶに値する。しかし、誰であろうと恐怖で塗りつぶされるその目を正面から見据えて、ヴィンセントは正気を保ちながら一つの《機構》を取り出した。
「光共振器―反転分布―誘導放出《Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation》」
形は筒状で手に収まる大きさ。その先から放出される光を敵に向かって振るう。放出される光は魔性の力によって更に高められ、あらゆる加護を切断する魔性の刃となる。そして、小型の《機構》はその軽さゆえに驚くほど速く振るわれ、侵入者を襲った。
「ぶッ切れろッーー!!」
しかし、無刃の刃は避けられ、壁に一筋の線を入れただけだ。
「じゃましないで!! やっと、やっと見つけた。これが消したかった。この匂いと気配、いい加減イライラする」
≪斬殺姫≫は最初に入ってきた窓から飛び上がった。向かいの建物の壁を蹴りつけ、屋上へと登る。
「逃がすか!!」
ヴィンセントも敵の行動を悟ったと同時に階段に向かって駆け出していた。
「セザーリオ」
屋上に行かせた少女。敵は間違いなく彼女を狙っている。記憶にない部分で、彼女が何かしたのかまるで分からない。だが疑問があった。敵はヴァイオラ本人を見ていない。まるで、そのにある何かを幻視している様にも思う。
そして、屋上で何かが起こった感覚。何一つ自分は分かっていない。だが、確実に分かる事が一つ。十中八九、セザーリオが関係していることは間違いない。
「助けたからには、最後まで面倒見ないとな」
屋上への階段を登りきり、勢いよくドアを開ける。その先で見た光景。間違いなく人生で驚いた事のトップに来るだろう光景だった。
ようやく戦闘に入りました。次話でプロローグは終わります。