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≪銃殺姫≫  作者: 矢沢 一男
プロローグ
2/11

邂逅――そして物語が動き出す

 その場所は、清潔感の一欠けらもない豚小屋のような場所だった。イースト・エンドに存在するようでいて完全に孤立した独自のルールで回っている黙認地域。有体に言えば吹き溜まり、最大限に褒めるならば外れ者の楽園。政府に軍、その他諸々からも黙認され、ここならば幾ら犯罪をしようと問題がない、そのように囁かれるほどの無秩序。だが、外れ者達にはこの場所が必要だった。誰もがその由を理解できる迫害されるべき人間達。殺人狂、黒ミサを行うカルト集団、そして余りにも理不尽に進んだ知能を持つ科学者、その様な外れ者が集まってくる場所。

 そしてその街の住人であり外れ者の一人にヴィンセント・フィッツモーリスという男が居た。またの名を≪天才機構学士≫。その操る《機構》は機械にあらず。機械の更に上の領域、機械が物理法則の中で働くなら、彼の《機構》はこの世の法則の中で働く。それはこの時代の機械の域を軽く千年は抜いていた。

 故にそのような物を作り出せるものがまともな筈がない。その思想、その目的、その行動は常人には歪すぎた。そうして人々から恐れらた彼は今この街に流れてきたのだった。

 しかし、彼はそのようなこと少しも気にかけず絶えず自問自答を繰り返す。


 人は何所に行くべきなのか? 退化などありえない。ならば、進化するべきだ。だが、彼はそれを完全に否定した。人間が進化して良い筈がない。いや、進化できる筈がない、と。彼曰く、人は完成されている。人はその進化の究極地点。なぜなら、これほど美しい人間が完成していないなど誰に言わせよう。いや、誰も言えない筈だ。そのような思想の人間は滅ぶ他ない。まして、人の身をを神に近づけて退化させようなど、是非が是非でも止めてやろう。そう、神は人間を作り出した。生命を作り出すその術、素晴らしいとしか言いようがない。だが、それは神以外にも持つ者がいる。

 人間だ。

 人は生命を生み出す。その魂を神の元から拝借し、新たな人間を作り出していく。ならば、人間が次に歩むべき事は何か? それは、一つしかない。神を超えるには、神の御業を超える必要がある。


「人はかくも美しい。その肉体は既に完成されているが故に魂までも無から生み出す究極の器を創り上げるべきだ」


 それが、彼が科した矜持であり、最も彼が願う思い。

 《機構》を持って魂の宿る生き物を作り出す。神ですら出来なかった難問。自ら行なえばそれは神へと至る道となり神の領域に踏み込む。いや、超越するだろう。


     ◇◇◇◇◇◇◇


 その思想は崇高。目指す物に必要な能力も段違いに高い為、彼自身の能力もまた破格だ。だが、この街で生きる彼は今日生きる事に手一杯の状態であった。

「なかなか上手くいかないものだな。人生ってのは」

 手始めに技術力と資金を獲得するために、常人に理解できるレベルに抑えた機械を金持ちの屋敷やマフィア共に売りつけ、《機構》という名の兵器を世界の暗部に流していた。そのため獲得した資金の総額はそれなりに上るだろう。だが、一つの《機構》を作るに掛かる費用は莫大。消費と供給が追いかけっこを行い。十年近くの期間を経てようやく、第二段階に漕ぎ着けた所だった。

 既に創り上げたのは、魂の器。人間で例えるなら脳味噌に当たる。機能としては問題がないが体がなく不完全でもある。人ならば体全体を持って魂の入れ物となすが、資金面の都合でこうなったのはいささか科学者としてどうか。それよりも食事をどう切り詰めるのかそれが重要だ。

 そのような事を考える彼は、壮大な思想を持ちながらも今は現実に生きる人間であった。そう、今はまだ。


 薄暗い夜道。メインストリートではなく、小汚く狭い路地。いつもの帰り道であるその場所で彼の運命をは動き始めていく。


 目に入ったのは、布に包まれた何か。徐々に近づいて行くと人が蹲っているのだと理解した。服の類は一切つけていない。ただ、布を纏っただけの少女。

「お前、此処で何してる?」

 一人身の娼婦と言うにはまだ年齢は足りていない。だが、何も持たない少女がのうのうと暮らせる程この街が甘い所ではないのは事実だ。ならば、逃げてきたのだろうか。人攫いか、それとも都市の方でヘマをやらかしたのか。どちらにしろ、助けてやる義理はない。

「分からない。記憶が……ないの」

 記憶がないと言い張る少女。普通の場所なら、疑問を感じ耳を疑うだろう。だが、この街での話なら別だ。薬か何かを飲まされたなど、原因は数え切れない。それに近頃、様々な新種の薬が出回ってると聞く。だから、この程度の話に気に止める必要はない。そう判断して、この場を立ち去ろうと彼は決めた。

「もうちょっと、マシな話が聞けるかと思ったが。現実、こんな物か」

 興味深い内容なら気分を入れ替えられ、行き詰まりかけている研究の足しになるならば行幸、そのような期待は少なからずあった。いや、そのようなものがあると感じたのか? どちらにしろ何度か聞いたような話らしい。期待はずれだ。

「ねえ、私の記憶知らない?」

 被っていた布から顔を見上げてこちらを覗いて来る。赤みを帯びた髪に中世的な顔立ち。しかしまだ歳の若い顔は、凛々しいとは言えず可愛らしいという印象を受ける。大人になっても、今のままでも需要がある。このような無秩序な街なら尚更だ。

「俺が知るわけないだろう」

 彼の言葉が聞こえなかったのか、少女は少しも動じずに纏っている布の中を探り出した。

「これ」

 少女が手から出したのは時計。しかし、見た事もないような変わった形をしていた。

「これだけ、私は持っていたの。何なのか知らない?」

 ただの時計。そう、ただの時計だ。取るに足らない。見る価値もない。機械を超えた《機構》を操る自分にとってどうでもいいはず。なのに―――。

 手が伸びた。耐え難い何かの魔力に引かれ、少女の手の平へ手が向かっていった。少女の柔らかい肌を感じ、その時計を受け取る。

「これは」

 紛れもない。これには《機構》が使われている。微細で繊細《機構》がもたらす極小の世界法則の変化。有象無象の輩には到底理解できないそれが、手の平から伝わってきた。

「オイ、お前。これを何所で手に入れた!」

 分かるはずがない。むしろ、この少女の方が聞きたいのだろう。そしてこの時既にヴィンセントは気が変わっていた。

 助ける義理が出来た。この世の大半はギブアンドテイク、必要があれば何かを与え、与えてもらう。この少女はこの《機構》の持ち主への鍵になる。それだけで助ける理由としては十分だ。

「そうだな、記憶がない。だったか、お前?」

「うん、分からない。それで私の名前は…………」

「そいつも忘れてる訳か」

「……そうみたい」

「お前の持っていたコイツ。俺はコイツを作った奴を見つけ出したい。そいつは、まあ、お前の記憶の手掛かりを探すのとそう変わりないだろう?」

「うん」

「だから、付いて来るか? 行く場所もその様子じゃないんだろう? 食い物と安全ぐらいは用意できる。もっとも、俺を信用するかしないかが重要だがな」

 彼の家はそこらにある家とは違う。厳重なロックと高度な認識システムを兼ね備えた時代を流れを通り越している代物だった。

「安全…………安全、安全な方のが私もいい。それにあなたは怖くなさそうだから大丈夫。たぶん、嘘もついてなさそうだし」

 安全だという事を強調するように呟く少女。無意識下に刻まれた恐怖的な体験でもあるのかも知れない。どちらにしろ、少女はヴィンセントに付いて行く事を決意した事に変わりなかった。

「俺は、ヴィンセント。≪天才機構学士≫ヴィンセント・フィッツモーリスだ」

「うん」

 今度は恐る恐るではない。両者、はっきりとした意思を持ちながら、手を伸ばした。少女の手が彼の手を握り、彼の手が少女の手を握る。硬く、硬く結びついた絆。どこまでも続く絆がこの瞬間生まれたのだった。





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