婚約破棄のショックで前世の記憶が蘇り、「この男、推しじゃないわ」と一瞬で冷めました
婚約破棄された瞬間に前世の記憶を思い出したセシリア。
婚約者を見れば、なんと乙女ゲーム屈指の残念&不人気キャラ!
絶望も涙も一瞬で冷めたので、速攻で慰謝料をむしり取って「最推し」に会いに行くことにしました。
元婚約者が何か追いかけてきている気もしますが……誰でしたっけ、あいつ?
爽快ざまぁ&推し活ラブコメです! ぜひ気軽にお楽しみください!
王立学園の卒業パーティー会場。眩しいシャンデリアの下で、第一王子エドワードの声が甲高く響いた。隣には涙を浮かべた男爵令嬢マリアがぴたりと寄り添っている。
「セシリア・ローゼンバーグ! 悪逆非道な行いでマリアを虐げたお前との婚約を、本日限りで破棄する! ふふ、ふははははは!今までの人生は一体何だったのだ!僕はやっと真実の愛に目覚めたのだ!」
突き刺さるような周囲の視線。ついさっきまで隣で笑っていたはずの男からの、あまりに理不尽な裏切り。しかもよりにもよって王子からだ。こんなもの、どんな令嬢でも耐えられないだろう。
(嘘、嘘よ……、こんなの、こんなのって!)
案の条、ただの令嬢にはあまりにも大きすぎるショックに耐えきれず、セシリアは膝から崩れ落ちた。
――ガツン。
床に頭を打ちつける。痛みに一瞬、視界が真っ白に染まった。
(……痛っ……え?)
頭の奥で、何かが外れる音がした。
記憶の隙間を埋めるように、見知らぬ景色が溢れ出す。すし詰めの満員電車。手のひらに収まる小さな画面。夜遅くまで没頭していた乙女ゲーム『聖なる乙女のロンド』――。
「……は?」
倒れたまま、ゆっくりと目を開ける。
目の前には、腕を組んで見下ろしてくるエドワード。
(待って、待って待って!いや、いやいや!……私の前世ってオタク女子? ていうかオタクってな……あ、思い出した。ていうかちょっと待って!ここ、あのゲームの世界……?)
怒涛のように繋がる記憶。胸を占めていた絶望が、急激に冷えていく。
冷たい床に伏せたまま、セシリアはじっと婚約者の顔を見つめた。
婚約者……とは言ったが、ゲーム知識が蘇った今となっては『チョロ王子』というキャラコンセプトが合わず、数あるクズ発言も相まって、全ユーザーからただの小物という烙印を押された、全乙女ゲーム史を振り返ったなかでも屈指不人気キャラ。
……要するに、可哀想な男としか認識していないが。
(……顔はいい。顔だけは。でもこいつ、自分のことしか頭にない超自己中だし……公式人気投票でも『性格が面倒くさい』って最下位争いしてた残念キャラじゃん……。こんなんだから、ネットのおもちゃ用でしか愛されないのよ……)
数秒前の激しい悲しみはどこへやら、残ったのは呆れ混じりの冷めた感情だけだった。
「ふっ、ショックで声も出ないか。だが今さら許しを請うても遅い――」
(うっ、こ、これ、渾身のネタゼリフ……。なんでこんなセリフをあのバカ運営は採用したのよ……ッッッ)
酔いしれるエドワードの声を聞き流し、運営に突っ込みを入れて今にも笑いそうなのをを堪え、セシリアは静かに腕に力を込めた。
すっと立ち上がり、何事もなかったかのようにドレスの裾を払う。乱れた布地を整える手つきには、微塵の揺らぎもない。
「セシリア……?」
怒鳴られるか泣きつかれると思っていたエドワードが、気押されたように言葉を詰まらせた。
セシリアはその視線を正面から受け止め、静かに深々と深く頭を下げた。
「かしこまりました。婚約破棄のお申し出、謹んでお受けいたします。これまで大変お世話になりました」
「……は?」
エドワードの口から間抜けた声が漏れる。マリアも状況が飲み込めず、固まっている。
「なお、正式な手続きおよびこれまでの過失に対する慰謝料の請求につきましては、後日、我が伯爵家より王家へ書類をお送りいたします。……それでは皆様、どうぞお幸せに」
令嬢として理想的である隙のない微笑みと、淡々とした祝福。
静まり返る大広間を置き去りに、セシリアは一度も振り返ることなく、凛とした足取りで会場を後にした。
それからのエドワードの様子は、どこかおかしかった。
公然と捨てたはずのセシリアが、未練を一切見せてこない。自分を責める怒りも、新しい相手への嫉妬すらない。まるで最初から存在しなかったかのように扱われる毎日に、エドワードの胸には不気味な焦りが募っていった。
「なぜだ……怒ってでもいい、いや、怒るべきだろ!悲しむべきだろ!この僕が振ったんだぞ!なぜだ、なぜ僕を見ない……!」
離れれば離れるほど、去っていく彼女の背中が頭から離れない。気づいたときには、怒りは歪んだ執着へと変わっていた。
もっとも、当のセシリアにとって、元婚約者の空回りなど知ったことではない。
「よし! 慰謝料もきっちり回収できたし、これで自由の身ね!」
柔らかい日差しが差し込む自室で、セシリアは楽しそうに鞄へ荷物を詰めていた。元婚約者の顔など、とうに記憶の彼方だ。頭の中は「最高の第二の人生」の予定で埋まっている。
「待っててね……! 私の最推し、アルフレッド様……!」
画面越しに愛で続けていた憧れの人物。その美しい姿を思い浮かべるだけで、口元がゆるむ。
「準備完了。……よし、推しに会いに行こう!」
パンパンに膨らんだ鞄を手に、セシリアは軽やかな足取りで部屋をあとにした。目指すは隣国。セリシアの決意は、誰にも止められない。
数ヶ月後。隣国の王宮で催された夜会は、華やかな熱気に包まれていた。
会場の壁際で、エドワードは必死に周囲を見回していた。
セシリアが去ってから、彼はようやく己の愚かさに気づいた。マリアの計算高さに愛想を尽かし、セシリアを失った恐怖に耐えかねて、プライドも捨てて追いかけてきたのだ。
(やり直せるはずだ。あいつだって、僕を簡単に忘れられるわけがない……!)
人混みを押し分けていたエドワードの足が、ふと止まる。
会場の中心。男女問わず誰が見たとしても、息を呑むほど美しいと思う男と、その隣で輝くような笑顔を浮かべるセシリアの姿があった。
(あの男、確か、隣国の……誰だっけな)
エドワードは思い出すことは出来なかったが、彼は隣国の第一王子、アルフレッド。
「セシリア、少し頬が赤いが……長旅の疲れが出たのだろうか。無理はいけない。少し休もうか」
アルフレッドは心底愛おしそうに彼女を見つめ、その手を優しく取って指先に口づけた。
(尊い……! やっぱ生は違う……!推しの対応が神すぎて無理……尊死する……!!)
「最推し」の眩しすぎる仕草に、セシリアの心は多幸感で満たされていた。
そこへ、雰囲気をぶち壊す掠れた声が割り込む。
「セ、セシリア……! 探し……探したぞ! 僕が悪かった、やり直そう――」
必死の形相で手を伸ばすエドワード。
セシリアはゆっくりと振り返ると、不思議そうに軽く首を傾げた。
「――あの……、本当に、本当に……失礼ですが、どなた様でしょうか?」
嫌味すらない、本気で思い出せないと言わんばかりの視線。
かつての熱など欠片もない冷ややかな瞳に、エドワードは息を詰まらせた。
「なっ……僕だ! お前の元婚約者のエドワードだぞ!?」
(エ、エドワードねぇ……。正直どうでもいいし忘れてたわ……。そういえば、ゲームでも根性、というか執念だけは一丁前だったわねぇ……)
セリシアをよそに取り乱す男の前に、すっとアルフレッドが立ち塞がる。
静かな圧力が、エドワードの肩に重く伸しかかった。
「私の大切な人に、気安く触れないでいただけますか。……それ以上不躾な態度をとられるなら、相応の覚悟があると受け取りますが。事によっては、国際問題にまで発展しますよ」
男として、いや、人間としての圧倒的な格の違い。セシリアを背にかばう立ち姿に、エドワードはその場にへたり込み、言葉を失った。
惨めにうずくまる元婚約者には目を向けず、セシリアは眩しいアルフレッドを見上げた。
(あーあ、自業自得ね。まあ、私は最高で最良の「最推し」と幸せになりますから!)
セシリアは差し出されたアルフレッドの手に自分の手を重ね、前を向いて歩み始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
元婚約者をすっかり忘れて推し活に走るセシリアと、自業自得な元婚約者のお話でした。
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【作者より御礼】
本作をお読みいただき、誠にありがとうございます!
おかげさまで、[日間]異世界転生/転移〔恋愛〕- 短編にて19位にランクインすることができました!
たくさんの読了、評価、ブックマーク登録に心から感謝いたします。
セシリアの「スン…」と冷めるスカッと感を少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです!




