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★★★★★★★★★★コメディ【10分前後】★★★★★★★★★★

神様…仏様…白バイ隊員様…

作者: 有嶋俊成
掲載日:2026/02/07

ブォォォォォーーーン!!

 多くの車が行き交う道路。そこで法定速度を超えてエンジンを飛ばし続ける黒塗りの自動車があった。

「はい、そこの黒塗りの自動車の運転手さん。止まってくださーい。左側に寄って停車してくださーい。」

 黒塗りの車を運転していたガラの悪い男は、舌打ちをしながらふてぶてしい顔で路肩に車を止めた。

「失礼します~交通機動隊の者です~。スピードが出過ぎていましたのでね~止めさせていただきました~」

 白い歯を見せ、目元をクシャっとさせ、満面の笑みを浮かべた男の白バイ隊員がクリップボードを持ってガラの悪い男が座る運転席に顔を出した。ナヨナヨした態度がガラ悪男をイラつかせる。

「たった一瞬10キロ超えただけだろ。急いでんだから見逃せよ。」

 ガラ悪男は吐き捨てるように言う。

「いや~そういうわけにはいきません~。この道路は制限速度が40キロとなっています~。歩行者や他の車両の安全を守るためです~。10キロ超過はしっかり違反です~。」

 肩を縮め、言葉を発する度に体を揺らす白バイ隊員。ブレーキに乗せたままのガラ悪男の右足は激しく貧乏ゆすりしている。

「おめぇよぉ、キレイ事ばっか抜かしてねぇでよぉ、言うこと言ったらとっとと失せろよコノヤォ。」

「いえいえ~まだ失せられません~。まずは免許証を出しましょう~。」

 ガラ悪男に右手の平を差し出す白バイ隊員。その手をはたくガラ悪男。

「おめぇに出すものなんてねぇんだよぉ。」

 白バイ隊員を前に慣れたように悪態をつく男。

「出すものあるはずです~もしかしてお兄さん無免許ですか~」

「ナメんじゃねぇぞブルー免許だぞゴラァ」

「あ~違反しちゃってるんですね~」

「関係ねぇんだよ、早く失せろ!」

「免許~」

「失せろ!」

「免許~」

「失せろ!」

「免許~」

「失せろ!」

 ―バチィン!

 攻防の平行線が続く中、突如として響く乾いた音。男は思わず右頬を抑えた。

「免許~」

 男の頬に強烈な一打をお見舞いした白バイ隊員は、慈悲深い仏のような笑顔を保ったまま、まだその右手の平を男に見せていた。

 目を真ん丸にする男。しばらく沈黙が続く。固まっていた男はやがて頬を抑えていた右手でブルーの免許取り出し、目の前の手の平に置いた。

「『猪熊流太郎』さんですね~。あ~だから~猪みたいに止まれなくて~熊みたいに凶暴なのか~」

「う、うっせんだよ!」

 右頬をさすっている猪熊。

「まあまあお兄さん~あんまり態度が悪いと長引いちゃうよ~」

 それを笑顔でペンを走らせながら言う白バイ隊員。恋人への手紙を書いているかのようなその笑顔から溢れているのは慈悲か譴責か…?

「ところでお兄さん~これから誰となんの予定なの~デート~?」

「は? 関係ねぇだろが?」

「急いでるようだからさ~なんかとても大事なことなのかと思ってさ~」

「彼女とデートだよ。」

「第何位の彼女~?」

「どーゆーことだよ。」

「お兄さんのことだから何人もいそうだからさ~。」

「ナメてんのかコノヤロゴラ‼」

「一人だけなんだ~。」

「三人いるよ。」

 会話をしているうちに切符の作成が終わった。猪熊は白バイ隊員から切符と納付書を奪い取りサイドブレーキを解除する。

「待った~」

 白バイ隊員は猪熊の車の前に手を差し出す。

「何だ!」

 猪熊はシフトレバーに左手を掛けながら言う。

「お兄さんコレ~随分とガラの悪い車だよね~」

「なんだとゴラ! 早く行かせろゴラ!」

「このシールの日付~なにを意味するか~知ってる~」

「あーなんだよマジで…」

 フロントガラスの隅に張られた四角いシール。そこに書かれた日付は過去のものだ。

「やっちゃてるねお兄さ~ん♪」

「顔ウゼぇんだよ!」

 無駄に白い歯、目が侵食されんばかりに上げられた口角。ウッキウキの白バイ野郎に猪熊のはらわたが煮えくり返り過ぎて老廃物の結晶が出来そうだ。

「いや~まだまだ楽しめそうだね~僕たち~」

「お前、どんな訓練受けてそのダセェスキル覚えたんだ教えろよ!」

「まあまあもう一回免許~」

「さっき渡しただろ頭に残ってんだろ!」

「免許~」

「思い出せ!」

「免許~」

「もう無ェ!」

「免許~」

「無くした!」

 ―バチィィィン!

 蘇る頬の記憶。それを象徴する白バイ隊員の笑顔。真っ直ぐと虚空を見つめる猪熊の目。彼の手は勝手に免許を渡していた。

「ええと~『猪熊流太郎』さんですね~彼女いるの?」

「さっき言っただろ!」

「三人いるんですか~?」

「覚えてんじゃねぇか! バカしてぇんだろ゛あ゛ぁ‼」

「すいません~僕記憶力無さ過ぎて~顔も名前も~覚えられない~」

「警官辞めろよじゃぁ! ヘラヘラしやがってよぉ! あと痛てぇよ!」

 猪熊の顔の右半分はアセロラの皮を張ったかのようだ。

「お兄さんの車の方がイタイよ~なにこの後ろに付いてる変な巨人の肘掛けみたいな~」

「『リアウイング』な! 何が『巨人の肘掛け』だゴラ!」

「こんなダッサいの付けて~」

 白バイ隊員は車の後ろに回ると「巨人の肘掛け」こと「リアウイング」に手を伸ばす。鉄板を叩く音が道路に響く。

「ダセぇとはなんだコノヤロ! おい触んな触んな! おいゴ…ぶほっ!」

 自分の車が弄ばれて居ても立ってもいられなくなった猪熊は車の扉を開けて飛び出そうとしたところ、扉ごと白バイ隊員のブーツで蹴飛ばされ、助手席に手を突いた。

 助手席に仰け反る猪熊と白バイ隊員の目と目が見つめあう。白バイ隊員の笑顔、口を開けた猪熊の真顔。

「お兄さん~逃げようとすると公妨になっちゃうよ~」

 大人しく運転席に座る猪熊。

「そんなに逮捕が怖いかい?」

 突然、至近距離に立ちはだかる白バイ隊員の顔。黒い笑顔。

「警官が脅迫かよ…」

「冗談冗談~♪」

 顔が離れる。屈託のない笑顔。日に照らされた慈悲深い笑顔。それが物語る狂おしさ。

「早いとこ行かせてくれよ。第二位の彼女が待ってんだよ。」

「いやいやお兄さん~車検切れの車を運転させるわけにはいかないよ~」

「後からでも出せんだろ! それか後ろの肘掛け外すか?ああ?」

「お兄さん~一旦、車から出ようか~」

「………」

「お兄さん~」

 無視を決め込む猪熊。

「お兄さん~」

「………」

「お兄さん~」

「………」

「お兄さん~」

「………」

「お兄さん~」

「………」

 ―バッ…

 振り下ろされた白バイ隊員の平手を右腕で防御した猪熊。

「警察さんよォ、俺が何度も同じ手に係ると思うなよ? その薄汚ねぇ笑顔でごまかせると思っちゃったか? うひゃー! その顔にタバコの煙でも…」

 ―ドゴォッ!

 猪熊の手からライターが消失する。窓から突っ込んできた黒いブーツが猪熊の手に鈍く衝突した。

 火のないタバコを咥えながら、助手席に落ちたライターと白バイ隊員の狂った笑顔を見回す。

「お兄さん~僕が普段、どんな訓練してるか実践してみようか?」

「出る出る出る出る…」

 猪熊はドアを開けて素早く車外に出る。無防備な状態で白バイ隊員と目が合うと、蛇に睨まれた蛙のように体が固まってしまう。

「どしたの~お兄さん~」

「怖くねぇよ!」

 別に聞かれてもいないのに素早く自白してしまう猪突猛進な小心者・猪熊。

「そんでどうすんだよ! 警察署に連れてくのか?」

「その必要は無いよ~お兄さん~」

「どういうことだよ?」

「お兄さん~彼女は三人いるよって言ってたけど~本当は四人じゃないの~?」

「はぁ?」

 他人をどれだけおちょくれば気が済むのだろうか? こんな自分でも四人以上の女と同時に交際するほど不純な人間ではない(猪熊見解)。

「おいお前サツの立場だからって調子乗ってんじゃねぇぞおい! 俺の自由恋愛に首突っ込んでんじゃねぇぞおい! そろそろ上のヤツにクレームつけるぞ~」

「フクハシリンナ」

「は…? リンナ…?」

「お兄さん~その顔は知ってる顔だね~」

 フクハシリンナは知っている。何度か遊びであっている女だ。

「そうか~僕の妹は~彼女に入ってないのか~」

「妹…?」

「改めまして、警視庁交通機動隊のフクハシコウジです~」

 警察手帳を提示する。確かにコイツはフクハシコウジだ。

「リンナの兄がどうして…?」

「この度は~リンナがお世話になりました~リンナは~ショックで大変でした~」

「……ん、う、ちょ、ちょっと待って…くだしゃい…。」

 冷たい黒塗りの車体を背に追い詰められる猪熊。

「純粋なリンナで~遊んでくれましたね~」

「銃だけは…やめてくだしゃい…。」

「そんなに~酷いことを~しようとは思ってません~ただ…ようやく見つけました。」

「殺しゃないでくだしゃい…お兄しゃま…!」

「白バイ隊員様と呼びなさい~」

「白バイ隊員しゃま…!」

「良い顔をしていますね~」

「やめてくだしゃい…白バイ隊員しゃま…」

 車体に背中を預けたまま、しゃがみ込み手を合わせる猪熊。先ほどまでの虚勢はもうない。

「その顔のまま~罰金を支払ってきてください~」

 縮こまっている猪熊に納付書を突き出すフクハシコウジ。

「わかりました…わかりまちた…献金いたします…」

「良い心がけです~巨人の肘掛けで殴ってやろうか‼」

「キャーーー‼」

 猪熊の悲鳴が黒塗りの車体から情けなく反響する。

「冗談冗談~♪」

 フクハシは、満面の笑み。討ち取った猪熊の肝を抱えて。

「それじゃ~三人の彼女さんにも、よ・ろ・し・く~」

 白バイに跨り、颯爽と去っていくフクハシの背中は、猪熊に消えない余韻を残していった。

 その場に取り残された猪熊は弱弱しく愛車に寄りかかる。

「…一途になりたい…。」

 猪熊は一途どころか三途の川を渡るところであった。


  ――終わり

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