からあげこわい
みんなで美沙のマンションの部屋に集まって飲んでた時、流れで話題が『怖いものの話』になった。
あたしは正直に怖いものを打ち明けた。
「あたし、夜空の月が怖いんだよね。なんていうか、虚無の象徴みたいじゃん?」
「あー」
「そうなんだ?」
「ふーん。大変だね」
みんなの反応は明らかに、共感できないものに対するスルーだった。
まぁ、いい。わかってもらおうとは思ってない。凡人どもに、天才であるあたしの感覚なんか、わかるものか。
美沙が言った。
「あたしはカブトムシが怖いなー……。もしこの部屋にそんなものを放たれたらと思うと……。この部屋に隠れてる他の虫たちの霊とかも現れてきそうで、昆虫の王様みたいなカブトムシが怖い」
これもスルーされるかと思ったら、ふつうにみんなが共感した。
「うんうん、わかるー」
「あのツノがさ、なんかを連れて来ちゃいそうで怖いよね」
あたしにはわからない話だったので、黙ってるしかなかった。
「あたし韓国ホラーの『コンジアム』が一番怖かった!」
スイちゃんがそう言ったけど、あたしあれはあんまり怖くなかった。なんかパリピざまぁとしか思わなかった。
「夜中のトイレほど怖いものはないよー! あたし、だから夜中にトイレ行きたくなってもソファーでしてる」
そう言い出した星華ちゃんのほうがあたしは怖かった。
「あたしは鶏のからあげがこの世で一番怖い」
そう言い出した琴美のほうを、全員が「えっ!?」と言って注目した。
「何それー?」
「怖いん?」
「嫌いじゃなくて?」
「うん。ただ根源的に怖いの。見てるだけでぶるぶる震えてきちゃう。DNAに恐怖が刻まれてるみたい……。あの、ぶりゅぶりゅっとした鶏皮の部分が怖いのかも? だからあたしにからあげを近づけないでね?」
あたしは気づいてた。
琴美はおつまみに置かれた鶏のからあげをもう、めっちゃ食べてた。一人でほとんど平らげてた。
あー……。あれだな?
「怖いから近づけんといて」とか言って、大好物のからあげをもっと追加してほしいんだな? 見るとお皿にあったそれはもうぜんぶなくなってた。
なんかそういう落語あったよな。欲しいものを「怖い」って言って、みんなが面白がって怖がらせようと差し出したらぜんぶ食べちゃって、最後には「熱いお茶が怖い」って満足顔で言うの……。
美沙が言った。
「よーし、鶏のからあげ、追加注文しよ」
テーブルに置いてあったタブレットを立ち上げるとメニュー画面が表示され、その中から鶏のからあげを選択すると、美沙は10人ぶん注文した。
「鶏のからあげ10人ぶん、お待たせしましたー」
ウーバーイーツのお兄さんがそう言って持ってきたけど、ちっとも待ってない! 7分で来た! すげぇ!
「ほらほら琴美! あんたの怖いからあげが特盛でやって来たよ!」
意地悪な笑いを浮かべて美沙が琴美にからあげを突きつける。
「怖いんでしょう? ほらほら! これが怖いんでしょう!?」
「こ……、怖いっ!」
そう言いながら割り箸を持つと、琴美はいっぺんに3個、からあげを頬張った。
「ほわいっ! ほにょ、脂身が、ぶりゅぶりゅ! ひつにふまいっ!」
やっぱりだ……。
琴美のやつ、大好物なもんだから、みんなが食べさせようと仕向けるように、怖いだなんて嘘ついて……
今は令和なんだから、江戸時代じゃないんだから、素直に「好き」って言えばいいのに。
「うぐふ……!」
そんな声を発して、琴美が突然、倒れた。
口から鶏肉を出している。
「ちょ……! 琴美っ! 琴美っ!?」
「白目剥いてるよ! 泡吹いてるよ!?」
「救急車! 救急車!」
後でわかった。琴美はからあげが大好物だけど、ドクターストップをかけられていたのだ。
からあげの食べ過ぎで過去に若くして心筋梗塞で入院したことがあったので、大好きなからあげがそれ以来、怖いものになってしまったのだ。
「こ……、ころん……っ!」
息も絶えだえに、琴美があたしの名前を呼んだ。
「最後のひとつを食べきる時……、あんたのことを思い出すから……っ!」
そう言って、震える手で最後のからあげを口に詰め込んだ。
あたしは何もしてあげられなかった。