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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
3章 妹との旅路、水上都市ミレシア

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第81話 お酒を飲むよ

「ふぅ、しっかし結構食べたなー」


 ユウが最後の串を皿に戻し、ほっと一息つく。焚き火の炎がゆるく揺れ、脂と塩の名残りがまだ軽く鼻先をくすぐった。


「だねー。私もお腹いっぱい」


 サラもほっと息をつき、カップを両手で包み込むようにして焚き火を見つめた。ぱち、ぱちと燃える音が静かな夜に溶け、食後の余韻がゆっくりと身体に染み込んでいく。風が青い花の上を渡り、淡い光がふわりと舞った。


「ルゥとセレスも、満足したか?」


「ぴぃ……」


 ルゥは焼き鳥の入っていた小皿の前でころんと仰向けになり、ちいさなお腹がぽっこりしていた。とても満たされた顔で羽をふにゃりとたたみ、気の抜けた声を出す。その動きだけで、もう食べられないと言っているのが伝わってくるようだった。


 セレスはというと、尾をゆるやかに左右へ振り、蒼い瞳を細めて「……コン」と短く鳴いた。毛並みが焚き火の光を受け、こちらも満ち足りた色に見える。


「しかし……ゲームの中とは思えないくらい、酔う感じが似てるな」

「んーたしかに。体の奥からあったかくなって、ちょっと眠くなる感じ」

「これ……どういう仕組みなんだろうなー」


 ユウは焚き火を見つめながら、指先でカップを軽く揺らした。液面が炎の光を映してゆらゆらと揺れる。感覚の再現度、体温の変化、意識のぼやけ方、お腹の満腹感――どれもさほど現実と変わらない。


「……まあ、考えても分かるわけないか」

「そりゃそうでしょ、お兄ちゃん」


 サラが呆れたように笑いながら肩をすくめる。ユウも思わず吹き出し、二人の笑い声が焚き火のぱちぱちとした音に混じった。炎がぱちりと弾け、オレンジ色の火の粉が夜空へ舞い上がる。


「あ、そうだ。俺が買った方の酒は……流石に、ちょっと休憩してから飲むか」

「うん、ちょっと休憩してからじゃないとゆっくり楽しめないからね」


 サラは苦笑しながら腹のあたりをさすりながら言った。


「じゃあ、ちょっと片付けてのんびりするかー」


 ユウとサラは協力して、使い終わった串や皿を手際よくインベントリへと片付けていった。すべてをしまい終えると、二人は並んで焚き火の前に座り、ユウがグラナート商会で買ってきたリクライニング椅子へ体を預ける。


 風がひとすじ、青い花々の間を通り抜ける。薄青い光が細かく瞬き、焚き火の橙と静かに混じり合った。食後の余韻が胸の奥に降りてきて、鼓動がゆるやかに落ち着いていく。


「そういえばさー」


 サラが椅子の上でゆるく体を伸ばしながら、ふと思い出したように言った。


「焼き鳥に気を取られてたけど……この椅子、めっちゃ良くない? 座り心地、最高なんだけど」

「はは、そうだろそうだろ」


 ユウが満足げに笑い、背もたれに体を沈める。


「これもグラナート商会のやつでなー。ちょっと高かったけど、その分ちゃんとしてるだろ」

「うん。ほんとに包まれる感じっていうか……これ、現実でも欲しいぐらいだよー」


 サラが体を預けて心地よさそうに伸びをしたそのとき――ユウの足元から、小さな鳴き声が聞こえた。


「ぴぃっ」


 見ると、満腹で寝っ転がっていたルゥがいつの間にか足元でこちらを見上げている。赤い瞳をきらきらと輝かせ、尻尾をぱたぱたと床に叩いている。完全にいつものかまってほしいモードだった。


「おっと、ルゥ。どうした、甘えたいのか?」

「ぴぃ!」

「はは、おいで」


 ユウが笑顔を浮かべながらそっと手招きすると、ルゥは嬉しそうに小さく跳ねてぴょんとユウの膝の上によじ登った。胸元にすり寄って、自身の頭をグリグリとユウに擦り付け、喉の奥で「ぴぃ、ぴぃ」と甘えた声をあげる。ユウがそれに応えて優しく撫でると、ルゥはさらに嬉しそうに目を細め、尻尾をぶんぶんと大きく揺らした。


 そして、まるで「もっと!」と言いたげに、更に体をユウの胸元にピッタリと寄せ、ユウの手の下で小さく体を丸める。焚き火の炎を写した銀の鱗が、嬉しさを表すようにきらりと煌めいた。


「完全に甘えんぼさんだね。ルゥちゃん」

「だなー……っと、セレスも来たか」


 気づけば、ユウのそばで静かにしていたセレスが立ち上がり、ゆるやかな足取りで近づいてきた。蒼白い毛並みをゆるく揺らしながら、ユウの隣に座り込み、ふわりと頭をユウの足にスリスリと擦り付けた。


「はは……最近は、積極的に甘えてきてくれて嬉しいぞー」


 ユウが穏やかな声でそう言いながら優しく撫でると、セレスは一度だけ小さく瞬きをし、目を細めて小さく「……コン」と鳴いた。そのまま尾をゆるやかに揺らしながら、さらにユウの足へ頬を寄せる。焚き火の橙が毛並みをやわらかく照らし、光の粒がその輪郭をなぞった。


「ふふ、セレスちゃん、ちょっと照れてるみたい」


 サラが尊い光景を見たようにくすりと笑う。ユウはそんなセレスの頭をゆっくり撫で、優しく言葉を重ねた。


「いつもありがとな、セレス」


 セレスは満足げに目を閉じ、尾でユウの手をそっと包むように撫で返した。


「もちろん、ルゥもな」

「ぴぃっ!」


 名前を呼ばれた瞬間、ルゥが元気よく翼をぱたぱたと広げ、胸を張って声を上げた。その勢いでユウの胸元に小さく頭をぶつけ、「もっと撫でて!」とでも言いたげに尻尾をぶんぶんと振り回す。


「はいはい、わかったって」


 ユウが笑いながらその頭を撫でると、ルゥは嬉しそうに喉を鳴らし、満足げに小さく羽を畳んだ。


「……なんか、いいね。こういうの」


 サラが隣の椅子から微笑む。


「これがいつものお兄ちゃんの光景なんだね。日常って感じがして、見ててほっとするよ」

「はは、まあ……毎回こんな感じだな」


 ユウは少し照れくさそうに頬をかき、苦笑する。


「でもさ、いい楽しみ方してると思うよ。ちょっと羨ましいもん」


「羨ましい?」


「うん。私、戦闘とかクエストばっかりでさ。こうやって、この世界の中でのんびり過ごすって発想、あんまりなかったんだよね。でも、見てたら思った。――こういう楽しみ方も、すごくいいなって」


 サラの声は柔らかく、少しだけ憧れを含んでいた。その言葉を聞いていたルゥが、ユウの膝上からぴょんと軽やかに飛び降りる。ふわりと地面に着地すると、迷いなくサラのほうへと歩いていった。


「ぴぃっ」


 可愛らしい声をあげながら、ルゥはサラの膝の上によじ登り、膝上でちょこんと座り込む。つぶらな赤い瞳で見上げ、「撫でてもいいよ」とでも言いたげに首を傾げた。


「……え、いいの? ありがと、ルゥちゃん」


 サラがそっと手を伸ばすと、ルゥは嬉しそうに目を細め、軽く喉を鳴らした。尻尾がぱたぱたと揺れ、焚き火の明かりを反射して、金色の光が夜風の中に溶けていく。


 その穏やかな光景に、ユウもどこか満足そうに目を細めた。


「よし、じゃあ――」


 ユウはインベントリへ指を滑らせ、丁寧に一本の瓶を取り出す。深緑のガラスが夜の光を吸い、内側で液体がとろりと揺れた。ラベルには、気品のある書体で《翠雫》の文字。


「お腹も結構落ち着いたし、これでも飲むか」


 ユウの脳裏に、店内で手に取ったときの景色がよぎる。一番手前の棚。淡い光を帯びた商品説明のプレートには、こう記されていた。


 ――《翠雫》:北方の山岳地帯で採れる〈霧の果実〉を原料にした淡緑のリキュール。雪解けの水を思わせる澄んだ香りと、果実のやわらかな甘みが口の中で静かに広がる。冷やしても温めても風味が変わり、飲むたびに表情を変える逸品。


「うわー。名前からして高そう……って、ほんとに高そうなんだけど!」

「結構いい値段したぞ。まあ、ゲームの中でくらい贅沢してもいいんじゃないか」

「たしかに。それくらいのご褒美、あっていいよね」


「ぴぃ?」


 ルゥが瓶の匂いを確かめるみたいに首を伸ばし、セレスも喉を小さく鳴らして近づく。ふたりとも興味津々という顔だ。


「はは。ルゥとセレスにはちゃんとジュース買っただろー」


 ユウは笑いながら《翠雫》を近くの地面にそっと置くと、インベントリから小ぶりの瓶を二本取り出した。果実の絵柄がかわいらしく描かれた、甘いジュースだ。


「ほら、こっちはルゥ。で、こっちがセレスな」

「ぴぃっ!」

「……コン」


 小皿に注ぐと、ルゥは嬉しそうに鼻先をジュースへ寄せ、セレスは一度だけ香りを確かめてから舌先で上品に口をつけた。ふたりの尾が同時にふわりと揺れる。


 ルゥは一口飲んだ瞬間、瞳をぱっと輝かせて「ぴぃっ!」と弾むような声をあげた。果実の甘みが気に入ったのか、尻尾をぶんぶんと振り回しながら、もう一口、もう一口と夢中になって飲んでいく。一方のセレスは、最初の一口でほんのりと目を細め、舌先で味を転がすようにしてから、静かに喉を鳴らした。口元に残る光沢が、月光のようにやわらかくきらめいた。


 「ぴぃ……♪」「……コン」


 ふたりが満足そうに鳴くその声に、ユウとサラは思わず顔を見合わせ、笑みを交わした。


「じゃ、俺たちも始めるか」

「うん」


 ユウは《翠雫》の封を丁寧に外す。――ころん、と控えめな澄んだ音。

 瓶口から立ちのぼるのは、雪解けの水みたいに澄んだ香りに、淡い果実の甘みが重なった、なんとも美味しそうな気配だった。


「……いい匂いだね」

「冷やしても温めてもいけるらしいぞ。とりあえず今夜は、まずは常温で」


 カップに《翠雫》が静かに流れ込む。焚き火の橙を受けて、表面がかすかに金色を帯びた。二人は視線を合わせ、そっとカップを軽く触れ合わせる。


「アーヴェンティア初キャンプ、第二幕に」

「かんぱーい」


 唇を湿らせる一口。


 澄んだ入り口のすぐあとに、果実のやわらかな甘みが舌の上でほどけていく。角のない優しい甘さで、まるで雪解け水に蜜をひとしずく落としたようだった。それでいて、ただ甘いだけじゃない。喉を抜ける瞬間にふわりと清涼感が走り、優しい甘さがいっそう際立つ。


「……これ、すごいね。ちゃんと甘いのに、全然くどくない」

「だな。けっこう軽い口当たりなのに、味の余韻がしっかり残る。不思議な酒だ」


 カップを傾けながら、二人は焚き火の揺らめきを眺めていた。炎が小さく弾けるたび、果実の香りがふわりと立ちのぼる。言葉は少なくても、どこか落ち着いていて心地よい静かな時間が流れていく。


 ルゥが満足げに小さく羽を震わせ、セレスは焚き火へ目を細めた。夜はゆっくりと深まり、四つの影が寄り添う輪の中で、静かな日常がまた一つ積み重なっていった。

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