第6話 【運営視点】未確認事象報告コード「銀竜」
《Everdawn Online》運営本部、東京某所。
無機質なフロアに、十数台のモニターが並ぶ“GMルーム”では、数名のスタッフが静かに業務にあたっていた。
「……なあ、これっておかしくないか?」
モニターを覗き込んでいたGM補佐のひとり、川口が声を上げた。
「どした?」
「ログに……“戦闘判定が出てない”のに、エリアのスライムがごっそり消えてる。
しかも、1フレーム以内に。同時に複数体。」
「バグ?」と隣のスタッフが言いかけると、川口は首を振った。
「いや、それだけならログ抽出ミスで済む。でもこの座標……例のスレで話題になってた、“肩に銀色の竜を乗せてる男”と一致してる」
その一言に、隣のスタッフの手が止まった。
「……待って。あれ、都市伝説じゃなかったの?」
「もう掲示板スレがPart15まで行ってる。
動画も上がってる。“焚き火を囲む銀竜”ってタグ付いてる」
川口は素早くサーバー監視ツールを叩き、対象アカウントのログイン情報と行動履歴を引き出した。
「ユーザーネーム《ユウ》。生活スキル偏重型。戦闘スキルはゼロ。レベルは初期のまま」
「マジで? じゃあ、スライム倒したの誰よ?」
「わからん。ログには、《自発的行動スキルなし》って出てる。
ただ一つだけ出てるのが――“近くの非プレイヤーオブジェクトが属性魔法反応”。」
「非プレイヤーオブジェクト……って、あの肩に乗ってた仔竜か」
「で、その仔竜のデータは取れてるの?」
川口は苦い顔でモニターを切り替える。
「いや、それが問題でさ……IDが存在しない」
「存在しない? なにそれ、ユーザーが持ってるペットでしょ?」
「普通ならな。だがこの個体にはテイムログも存在しない。
管理データベース上にも、類似種どころか“同系統のモデルすら未登録”なんだよ」
「おいおい……自然生成モンスターでも、最低限のタグデータは持ってるはずだろ?」
「だからおかしいんだ。
見た目は明らかにドラゴン種。銀色の鱗、属性行動反応あり、ステルススキルらしき兆候もある。
ただしレアエネミーリストにも存在しない。イベントリスト、GM配布枠、β版プレイヤー特典のいずれにも該当せず」
「つまり……“誰も知らない何か”ってことか」
重苦しい沈黙が、室内に落ちた。
やがて、別の端末を操作していた上級GMの神谷が、冷静な声で口を開いた。
「――暫定コードを振る。観察対象。
当該プレイヤー《ユウ》と、その随伴個体は以後“特異監視対象”とする。
過干渉は避け、ユーザー体験優先のもと、慎重にログ収集を継続せよ」
「了解しました」
川口がすぐさま指示を記録に残す。
その間、神谷は一瞬だけ、サーバールーム奥の“アクセス不可領域”を映すウィンドウに視線を向けた。
「……まさかとは思うが」
「例の“Everdawn Core”領域ですか?」
もう一人のGMが低く呟いた。
「俺たち運営が監視しているのは、あくまで“表層のゲーム構造”だ。
だが、コア層――Everdawn Coreは違う。そこは自己成長型AIが環境反応を繰り返し、独自の生態系と存在を“創発”するための領域だ。
すべてをコードで制御できるわけじゃない。あれは、いわば《世界の意思》そのものだよ」
「……つまり、“銀竜”は、Everdawn Coreが“必要とした”存在?」
「そういうことだ。
そして、それを最初に見つけたのが――《ユウ》だったと」
「可能性はある。――人為的に用意されていない要素が、AIの手によって生まれ、誰かに見つけられる。
そういう“奇跡”を想定して、この世界は造られている」
「プレイヤー《ユウ》は――偶然、それを引き当てた?」
「偶然なのか、必然なのかは……これから見ていけばいい」