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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣

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第65話 商会長の教え

「……お久しぶりです、グラナートさん」


 自然と口から出た言葉は、どこか懐かしさと安堵を含んでいた。見慣れた老人の姿に、ユウの胸はひときわ静かに落ち着く。


 グラナートはゆったりとした足取りで近づき、ユウを見据えると安心したように、小さく頷いた。


「うむ。……なにやら絡まれたと聞いたが、怪我はないかの?」


 その声音には、商会の長としての威厳よりも親しくしている若者の身を案じる優しさが滲んでいた。

 その柔らかさを含んだ問いかけに、ユウは思わず照れくさそうに肩を竦める。


「その……心配してくれてありがとうございます。でも、俺は大丈夫です。……二人がいてくれたおかげで」


 言いながら、ユウは肩のフードの中に手を差し入れた。

 そこに潜んでいたルゥが、ユウの手を見つけるなり、すぐに額を押しつけてくる。手にあたる柔らかな温もりがくすぐったく、自然と心が和らいだ。ユウは指先でルゥの頭を優しく撫でる。すぐに小さな満足の音が喉から響き、甘えた仕草が返ってくる。


 隣に佇むセレスもまた、静かに尾を揺らしてユウにピタッと寄り添っていた。

 その姿は凛として変わらぬ幻獣の威厳を漂わせつつも、今はわずかに頭を傾け、ユウの方へと体を寄せている。 かつてはあまり見せなかった仕草だが、最近ではこうした甘えを隠さなくなってきていた。

 ユウは少し嬉しそうに、その毛並みに手を伸ばし、撫でながら小さく息を吐いた。


「……なるほど。見たところ、本当に平気そうじゃな」


 グラナートはユウの仕草をじっと見つめ、深く息をついた。

 安堵の吐息。

 その瞳には温かさが宿っていたが、すぐに表情は引き締まり、視線がユウの対面へと移る。


 ――モフモフ同盟のもとへ。


 フェリシアたちは、グラナートの鋭い眼差しを正面から受け、思わず背筋を伸ばした。普段は賑やかに“モフモフ愛”を叫ぶフェリシアでさえ、緊張を隠せない。イレーネは眼鏡を押し上げ、深呼吸して気持ちを整えている。ドランは無言で背筋を伸ばしていたが、その指先に力がこもっているのは隠せていなかった。


 グラナートが、静かに問いかける。


「それで……そちらは?」


 ただ一言。だが、そのわずかな言葉だけで空気が張り詰めた。

 まるで「説明を」と促すような強い圧がそこにあった。


 フェリシアは一歩前へ進み出る。

 ギルドマスターとして――そして何より責任者として。


「モフモフ同盟、ギルドマスターのフェリシアです。……今回は、私たちの仮加入メンバーが彼に大変な迷惑をかけました。そして会長にまでご足労をおかけする事態となってしまいました。深くお詫び申し上げます」


 彼女の声はわずかに震えていた。だが、それは恐怖ではなく責任を負う者としての覚悟の表れだった。


 その言葉に続くように、イレーネが眼鏡を押さえながら深く頭を下げる。


「イレーネです。……ギルドとしての監督不行き届き、痛感しております」


 最後に、ドランが低い声で短く続けた。


「サブマスターのドランです。……今回の不始末、弁解の余地はございません」


 普段は言葉遣いも粗い彼が、珍しく敬語を使い、丁寧に頭を下げる。

 ――それだけ、この場に立つグラナートの放つ雰囲気は格別だった。

 商会の会長としての地位だけではなく、人として積み重ねてきた重みが、自然と周囲の振る舞いを正させていた。


 三人の声はどれも硬い。だがそこににじむのは、飾らない真剣さだった。


 フェリシアたちが深々と頭を下げる姿を、グラナートは黙って受け止めていた。

 沈黙――それだけで十分に圧を持つ時間。

 その場にいた誰もが息を潜め、老人の次の言葉を待った。


 やがて、低く落ち着いた声が通りに響いた。


「……なるほど。事情は理解した」


 その一言に、三人は思わず姿勢を正す。

 グラナートはゆっくりと顔を上げ、ひとりひとりの瞳を見据えたあと、ユウの方をちらっと見て言った。


「彼が納得している以上、儂からこれ以上とやかく言うのは野暮じゃろう」


 一拍置き、しかし声には再び重みが宿る。


「――ただ、これだけは覚えておけ。たとえ仮加入であろうと、一度迎え入れた以上は“仲間”じゃ」


 フェリシアの肩がぴくりと震えた。

 イレーネは唇をかみしめ、ドランは背筋を伸ばしたまま目を伏せる。


「仲間の行動に責任を持つのは、上に立つ者の義務。……それを忘れれば、組織は瓦解する」


 短く切り出された言葉は、淡々としていながらも組織の長としての重みを帯びていた。それは大声で責め立てるよりもずっと強い圧を持ち、三人の胸に突き刺さる。


 グラナートはゆったりと、群衆のざわめきの中でなお揺るがぬ声を続けた。


「もちろん、起こってしまったことを消すことはできん。……じゃが、いつまでも悔やんでいては前へは進めぬ」


 フェリシアは拳を握りしめる。

 悔しさと恥、そして学ばなければならないという思いが入り混じり、胸の奥が焼けるように熱くなる。


「大切なのは、同じ過ちを繰り返さぬために――どう動くかじゃ」


 商会を率い、数え切れぬ失敗と成功を積み重ねてきた者だからこそ言える言葉。

 それはただの説教ではなかった。

 経験に裏打ちされた“教え”として、周囲にいた野次馬たちの心にさえ届いていく。


 イレーネは眼鏡の奥で目を伏せ、小さく頷いた。

 ドランはわずかに唇を歪めたが、それは反発ではなく、己の不甲斐なさを噛みしめる表情だった。

 そして、フェリシアは真っ直ぐに老人を見上げた。


「……はい。肝に銘じます」


 その声は強張ってはいたが、確かに真剣さを帯びていた。

 彼女の背筋には、改めて責任を引き受ける覚悟が宿っていた。


 グラナートは、その様子にわずかに目を細め、しばし黙考する。

 そして再び言葉を投げかけた。


「そして……責任を取るとは、ただ謝罪することだけではない。再発を防ぐための策を考え、実行し、仲間へ徹底させること――それが出来て初めて責任を取ったと言えるじゃろう」


 淡々とした言葉。

 だが、そのひとつひとつが長年培ってきた、確かな重みを持って通りに響く。


 フェリシアたちは同時に深く頷いた。

 言い訳はしない。ただ受け止め、前へ進む決意を表すように。


 その姿を見届けて、グラナートはようやく口元に小さな笑みを浮かべた。


「……まあ、老人の小言じゃよ。聞き流してくれて構わん」


 重苦しくなりかけていた空気が、ふっと緩んだ。

 張り詰めていたフェリシアの肩がわずかに下がり、イレーネは小さく息を吐いた。ドランも複雑な表情ではあったが、どこか表情を和らげている。


 その様子を、周囲の野次馬たちが固唾をのんで見守っていた。


「……あれが、グラナート商会の会長か……」

「噂は聞いたことあるけど、実物を見るのは初めてだ」

「てか……なんだこれ、ゲームのはずなのに胸に刺さる」

「説得力がすごすぎて、現実のクソ上司に聞かせたいくらいだ」

「責任とか組織とか……思わず真剣に聞いちまった」

「これ、ゲームだって忘れるだろ……」

「まさかVRMMOで、ここまでためになる教えを聞くとは思わなかったわ」


 囁き合う声には、畏怖と感嘆が入り混じっていた。

 通りに集まっていた野次馬たちは、先ほどまでの好奇心まじりのざわめきとは違い、尊敬を滲ませた眼差しで老人の背を見ていた。

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