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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第63話 格の違い

 肩のフードから顔を覗かせたルゥが、短く鳴いた。

 ――それだけのはずだった。


 けれど、その一声はただの鳴き声ではなく、空気そのものを震わせるような力を帯びていた。


「……っ!」


 リーダー格の少年の足元にいた狼が、唐突に腹を地面へ落とした。

 牙を引っ込め、耳を伏せ、小さく鳴きながら動きを止める。

 ――それは本能に刻まれた服従の姿勢。竜という存在に逆らえず、思わずひれ伏したようだった。


「え……?」


 一頭だけではない。

 仲間の少年たちが連れていた他の狼も、次々と同じように体を伏せていく。

 石畳に身を押しつけ、尾を垂らし、全員が揃って「逆らう気はない」と言わんばかりに静まり返った。


「お、おい……なんだよ、これ……!」

「どうした、立て! 命令だろ!」


 牙を収め、石畳に頭を近づけるように身を伏せる。

 どんなに命じられても立ち上がる気配はない。

 ――その瞬間、主人の声よりも竜への本能の方が勝っているのは明らかだった。


 通りに居合わせた人々からも、どよめきが上がる。


「いま……見たか?」

「仔竜が鳴いただけで、狼が……」

「いやいや、なんだこれ……」


 ざわざわとした声が波のように広がり、足を止める通行人が増えていく。

 リーダー格の少年はその視線を受けながら、必死に叫んだ。


「立て! 行けってんだよ! なんで動かねぇんだよ!」


 だが返ってくるのは、震えた息と小さな鳴き声だけだった。

 ユウは、あまりに急に変わった状況を理解できず、思わず目を瞬かせる。


(……まさか、ルゥの一声で?)


 フードの中から顔を出しているルゥは、伏せて動かない狼たちを一瞥した。

 そして、興味がなさげに何事もなかったかのようにユウの胸元へしがみつき――小さな前足で服をとんとんと叩く。


「ぴぃ」


 視線は真っ直ぐにユウを見上げている。

 ――その瞳には、役目を果たしたんだから褒めて、とでも言いたげな色が宿っていた。


「……いや、お前な」


 ユウは苦笑を浮かべ、肩を落とした。張り詰めた空気の中で、ルゥだけはいつもと変わらず甘えた仕草を見せている。そのあまりのマイペースさに、ユウは思わず力の抜けた息を漏らした。


 そして、セレスはといえば――ユウの隣で、まるでこの結果を初めから知っていたかのように佇んでいた。


 蒼い毛並みは太陽の光を受けてかすかに揺らめき、澄んだ瞳は狼たちを見下ろすように静かに光っている。耳はぴんと立ち、尾はゆるやかに揺れ、その所作一つ一つが「幻獣」という存在の格を示していた。


「おい……今の見たか?」

「仔竜の一鳴きで狼が全部伏せたぞ……」

「やばすぎるだろ……」


 視線の先でルゥは、まるで自分がしたことを誇るようにユウへと甘え続けている。

 強大な力を見せつけながらも、その仕草はただの子どものようで――その落差が人々を余計にざわつかせていた。


「それに幻獣の方もまったく動じてないぞ」

「これが……格の違いってやつか?」

「……間違いない」


 野次馬たちのざわめきが膨らんでいく。

 少年たちの顔は赤くなり、焦りと困惑が混ざり合っていた。


「ふ、ふざけんな……! こいつら、なんで言うこと聞かねぇんだよ!」

「おい、立て! ……早く行動しろってんだ!」


 リーダー格の少年は必死に怒鳴り、仲間も続いた。

 だが狼たちは主人の足元で身を低くしたまま、石畳に鼻先を押しつけ、決して動こうとしない。


「くっ……いいから、あいつに噛みつけっ!」


 焦りに駆られ、リーダー格の少年がついに攻撃的な危険な命令を吐き出した――その瞬間。


【警告:街中での危険行為を複数確認】

【当該プレイヤーのアカウントを一時凍結しました】


 無機質なシステム音声と共に、リーダー格の少年の姿が光に包まれ、次の瞬間には通りから消え去っていた。


「なっ……!」

「い、今消えたぞ……!?」

「アカウントの一時凍結……? いくらなんでも対応早すぎないか?」


 ざわめきが一気に広がり、通りは騒然となる。

 残された仲間たちは顔を引きつらせ、狼たちは依然としてルゥの方に頭を垂れたまま。


 ユウは一拍遅れて状況を理解し、目を瞬かせた。


(……運営の対応って、こんな早いのか?)


 そして、ルゥはと言えば、目の前の光景に興味がなさげにユウの腕の中で小さく欠伸をしたかと思うと、またも服をとんとん叩いてきた。


「ぴぃ」


「……ルゥ、少しは空気読め」


 ユウはため息交じりに苦笑しながら囁く。

 だがルゥは赤い瞳をきらきら輝かせ、撫でてもらうことを当然のようにせがんでくる。


「はいはい、あとでしっかり撫でてやるから」


 仕方なく指先で軽く撫でてやると、ルゥは満足そうに目を細め――それでも名残惜しそうに前足でユウの服をとん、とんと叩いた。

 まるで「まだ足りない、もっと撫でて」と言いたげに。


「……ほんと、お前はマイペースだな」


 苦笑まじりに優しく撫で直すと、ルゥはようやく満足したらしくフードの奥へ潜り込んだ。残された尻尾だけがユウの肩口で揺れ、その仕草がまた人々の視線を引き寄せていく。


 その仕草を見ていた野次馬の中には、息を呑む者もいた。


「……やべぇ、甘えてる……」

「仔竜なのに、完全に子どもだな」

「かわいすぎて怖いんだが」

「でも、めちゃくちゃ強いんだよな」

「それな、一声で伏せさせるとかやばい」


 ざわめきはさらに広がり、通り全体が騒然とした雰囲気に包まれていく。

 ユウは苦笑を浮かべながらも、心の中でぼやいた。


(……これ以上騒ぎが大きくならなきゃいいけどな)


 そう思ったところで――通りの奥から、複数の足音と共に別の影が近づいてくる気配があった。


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