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癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
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第57話 丘陵地でのキャンプ、焼き鳥

 残っていたウィンドホークの亡骸も、すべて解体を終えた。


 ふわりと光の粒子となって消えていく大きな鳥の影。その余韻を眺めながら、ユウは思わず深呼吸をついた。戦いの緊張も、もう遠い。胸の中に残るのは、戦利品を得たという実感と、妙な達成感だけだった。


「……よし、これで全部か」


 インベントリに目をやると、《ウィンドホークの肉》がいくつも並んでいる。羽根や爪、嘴といった素材も加わっていて、初めての解体スキルが思った以上に役立つことを実感した。


 ルゥはといえば、ユウの横でぴょんぴょんと跳ねながら、インベントリに視線を送り続けている。赤い瞳をきらきらさせ、尻尾をばたばた揺らして「早く肉を出せ!」とでも訴えているのは明らかだ。


「はいはい、気持ちはわかるけど……ちょっと落ち着け」


 苦笑混じりにルゥの頭を撫でる。するとルゥは鼻を鳴らしつつ、まだ諦めきれないといった様子でユウの手にぐいぐい顔を押し付けてきた。


 一方のセレスは、ユウのすぐ隣に腰を下ろしていた。

 蒼い毛並みを揺らす風を受けながらも、その仕草はどこか柔らかい。気づけば肩先がわずかに触れるほどに寄り添っていて、耳をぴくりと動かしながらユウをちらりと見上げた。その瞳は落ち着いているのに、尾がゆるやかに揺れるさまは、どこか静かな甘えを滲ませていた。


「……ああ、もう昼か」


 ふと空を仰ぐと、太陽はすでに高い。時刻は正午に近いだろう。朝の霧もとうに晴れ、乾いた風が丘陵地に流れている。


「んー、今日の昼はここでキャンプにしようか」


 ユウは周囲を見回し、緩やかに窪んだ場所を見つけた。背の低い木々が影を落とし、草は柔らかく踏み心地もいい。腰を下ろすにはちょうど良い場所だった。


 三人はそこに移動し、ユウはリクライニング椅子を取りだして腰を落ち着けた。


 すると――


「ぴぃ!」


 ルゥがすぐさまユウの膝上に飛び込み、場所を陣取った。そのままぴたりと体を収め、満足そうに目を細める。


「はは……ほんと、くつろぐの早いなルゥ」


 ユウは苦笑しつつ頭を撫でる。喉の奥で小さな音を鳴らし、ルゥはさらに頬をすり寄せてきた。


 隣では、セレスが音もなく腰を下ろす。ユウのすぐ横にぴたりと寄り添い、蒼い瞳で見上げてから、尻尾をゆるりと揺らす。


「さて……昼ご飯、作るか」


 ユウはインベントリを開き、戦利品の肉を取り出した。手に持った瞬間、ずしりとした重みが伝わる。


「……これ、もも肉か」


 初めて明確に「部位」を意識する。取り出した形状と肉の張りを見て、自然とそう理解できた。


(解体スキルがレベルアップすれば……もっといろんな部位も入手できるようになるのかもしれないな)


「今日の昼は焼き鳥にするか」


 そんな考察を頭の隅に置きつつ、ユウは取り出した肉を切り分け串に刺していく。

 皮も余らせるのはもったいないと、剥ぎ取ったものを切り分けて別の串に通した。


「よし、あとは焼くだけだな」


 いつものように火を入れた焚き火の上に自作の網を据える。そこへ串を並べ、湖塩と黒胡椒を振る。肉の表面がじりじりと音を立て、脂が滴り落ちて火花を散らす。香ばしい匂いが風に乗って広がり――


「ぴぃ……」


 ルゥの赤い瞳がじっと串を見つめていた。瞬きも忘れたように視線を固定し、鼻先がひくひくと小刻みに動く。尻尾は落ち着きなく揺れ、足先までそわそわと踏み変えている。今にも、ぴょんと跳ねて肉へ飛びつきそうな勢いだ


「おいおい……そんなに見ても、早く焼けるわけじゃないぞ?」


 ユウが少しからかうように言うと、ルゥは「ぴぃぃ!」と抗議の声を上げ、さらに地面をかりかりと掻いた。ぷくっと頬を膨らませ、必死に食い下がる姿にユウは思わず笑みをこぼす。


「ははっ……わかったわかった。もう少しだから我慢しろ」


 そう言って串を軽く返すと、ルゥはなおも名残惜しそうに目で追いかける。


 一方、セレスは隣にぴたりと座り、静かに尻尾を揺らしていた。ユウをちらりと見上げるその蒼い瞳は落ち着いていて、ルゥの必死な様子を見守る姉のようでもあった。


 やがて、肉の表面に、食欲をそそる焼き色がついていく――。


 焚き火の上で肉がじゅうじゅうと音を立てる。脂が滴り、火が小さく弾けるたびに、香ばしい匂いが一層濃くなった。


「……よし、そろそろいいかな」


 ユウは串を手に取り、まずはルゥの前に差し出した。


「ほら、熱いから気をつけてな」


「ぴぃ!」


 ルゥは嬉しそうに鳴き、かぶりつくように食らいついた。

 もぐもぐと頬張りながら尻尾をぶんぶん振り、赤い瞳をきらきらと輝かせている。


「はは……そんなに気に入ったか」


 ユウが思わず笑みを漏らすと、ルゥは口を動かしながらも「もっと!」と言わんばかりに前足で服をちょいちょいとつついてきた。


「はいはい、ちょっと待ってな。 次はセレスの番だ」


 ユウはもう一本の串を取り、隣に座るセレスの前へ差し出した。

 セレスはじっと見上げてから、静かに口を開き、肉をひと口。


「……コン」


 短く鳴く声は、どこか満足げだった。尾がふわりと揺れ、瞳が細められる。ルゥのように大げさに尻尾を振るわけではないが、それでも十分に喜んでいるのが伝わってきた。


「よかった。セレスも気に入ってくれたみたいだな」


 ユウは安堵と嬉しさが混ざった声で呟き、次の串を手に取る。そこには切り分けて刺した皮が並んでいた。


「よし、こっちも焼けてるな」


 皮からはじゅわっと脂が染み出し、独特の香ばしさを放っている。ユウはそれを二匹に順番に食べさせていく。


「ぴぃ?」


 ルゥは食べた瞬間、首を少しかしげて、小さく首を振った。どうやら皮よりも先ほどのもも肉の方が好みらしい。


 一方セレスは、皮を噛みしめると、目を細めて「……コン」と小さく鳴いた。尻尾が先程より少し早く揺れ、どこか満足げな仕草を見せる。


「ぷっ……ははっ。お前ら……好みまで正反対かよ」


 ユウは思わず吹き出し、二匹を交互に撫でた。対象的な反応が可笑しくて、しかしどちらも愛おしい。


「さて、俺もいただくかな」


 ユウはもも肉の串をひとつ取り、自分でも口に運んだ。歯を立てた瞬間、表面の香ばしい焦げ目がさくりと解け、中から熱々の肉汁が広がる。塩と胡椒だけの味付けだが、素材の旨味がそれを引き立て、噛むほどに味わい深い。


「……うまっ」


 思わず声が漏れる。

 焼きたてのウィンドホークの肉は香ばしく、風に揺れる丘陵の空気と混じり合って、妙に贅沢な気分を与えてくれた。


「くぅ-……これは酒が欲しくなるな」


 苦笑交じりにそう呟き、ユウは串をもう一度口に運んだ。

 ルゥは「ぴぃ!」と鳴き、セレスも「コン」と短く返す。酒が欲しくなるという意味まではわかっていないだろうが、ユウの楽しげな様子に調子を合わせているかのようだった。


 丘陵の風は穏やかで、草は心地よく揺れている。

 焼き鳥の香りが漂う昼のひとときは、戦闘の余韻すら遠ざけ、ただ穏やかで、あたたかい時間を刻んでいた。


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