第55話 仔竜と蒼狐が強すぎる!?
「……いや、ちょっとふたりとも!?」
ユウの声は裏返っていた。腰も思わず引け、草を踏む音さえ情けなく響く。
目の前では、風を切って迫る巨大な鳥――《ウィンドホーク》が翼を広げ、陽光を反射して白く光っていた。人の背丈ほどの大きな体躯、胸元には灰青の羽毛があり、鉤爪がきらりと光を跳ね返す。
「ほんとに……やる気か?」
ユウの問いかけに返事をしたのは、二匹の頼れる仲間だった。
ルゥは小さな体を前に押し出し、赤い瞳を細めて今にも飛び出しそうにしている。
一方のセレスは蒼い尾をゆらりと揺らし、落ち着いた足取りでユウの横に立っていた。耳はわずかに動いているが、危機を前にしているはずなのに、その蒼い瞳はむしろ余裕すら漂わせていた。
「いや……マジでやる気満々かよ……」
ユウは心の中で頭を抱える。
ルゥが強いのはよく知っている。小さな体に似合わないほどの力を持ち、スライムを殲滅したときに見せた力だけでも常識外れだ。だが、こうして比べると――相手は翼を広げると大人の人間よりも大きい鳥。どうしたって心配になる。
セレスに関しては、そもそも本格的に戦う姿を見たことがない。幻獣だということはわかっていても、具体的にどんな力を持っているのかは未知数だった。
「……いや、ほんとに大丈夫なのか……?」
そんな不安をよそに、群れは一斉に動き出す。翼が風を裂き、バサリと音が重なる。五体のうち、先頭の一羽が滑空し、一直線にユウたちへ突っ込んできた。
鋭い嘴が、銀霧ミントの束を狙って光を走らせる。
「うわっ……!」
ユウは思わず体を引き、後ずさる。だが、次の瞬間――
「ぴぃ!」
ルゥが駆け出した。
小さな体が草を蹴り、瞬間的にふわりと宙へ跳ね上がる。
「ぴぃっ!」
口から吐き出された炎が弧を描き、正面のウィンドホークの翼を包む。羽毛が一気に焼かれ、悲鳴じみた鳴き声とともに巨体がバランスを崩す。
そこへ勢いを殺さず飛び込み、尾で叩きつけるように追撃。大きな鳥は地面に叩き落とされ、草を巻き込んで動かなくなった。
一体目――瞬殺。
だが残りの群れがすぐさま襲いかかってくる。二羽が同時に翼を広げ、鉤爪を振りかざしながら急降下してきた。
「ルゥ、危ない!」
ユウが声を上げた、その瞬間。
ぱきん――と音がして、ルゥの足元に氷が走った。
突如現れた氷柱が進路を塞ぎ、ウィンドホークの翼が一瞬凍りついて動きが鈍る。
「……へ? 氷!?」
ユウは完全に面食らっていた。炎だけじゃない。そんなの今まで一度も見せていなかったはずだ。
すかさず、氷柱を足場にルゥが跳ね上がる。
尾がしなり、雷光が迸った。青白い閃光が枝分かれしながら空を裂き、二羽の体をまとめて撃ち抜く。
「おいおいおい……雷まで!?」
驚愕の声が漏れるより早く、ウィンドホークたちは翼を痺れさせ、草むらへ墜落していった。
二体目、三体目――瞬殺。
「つっよ!? いや、いやいやいや……え、マジで!?」
残るはあと二体。だが。
「ぴぃ!」
ルゥはすでにユウの元へ戻ってきていた。
小さな体がぴょんと跳ね、ユウの胸に飛び込んでくる。前足で服をぎゅっと掴み、赤い瞳をきらきらと輝かせて見上げてきた。
「……いや、え? 今の流れで戻ってくるの? 褒めてほしそうな顔してるし……」
「ぴぃぃ!」
満足げに尻尾をぶんぶん振り、さらに胸元へぐいぐいと顔を押し付けてくる。
ユウは一瞬、力が抜けて笑ってしまった。だが、すぐに残りの敵の存在を思い出し、ツッコミを入れずにはいられなかった。
「いや、ちょっと待って! まだ二体残ってるんだけど!? ルゥさん!?」
だがルゥはきょとんと首を傾げ、それからちらりとセレスの方へ視線を送った。
――まるで「ここからは任せた」とでも言うかのように。
ユウは呆気に取られつつも、その仕草に小さく息を呑んだ。
ユウの視線を受け、セレスは静かに一歩前へ出た。その蒼白い尾がふわりと揺れ、風の中に淡い残光を描く。
「セレスも……やる気、なのか?」
返事の代わりに、セレスの姿がふっと揺らいだ。次の瞬間――そこには、誰もいなかった。
「っ……消えた!?」
ユウは目を見開く。
セレスの姿が、出会ったあの日と同じように――ふっと幻のように掻き消えた。
残りの《ウィンドホーク》が困惑したように鳴き声を上げ、首を左右に振って位置を探る。
だが、その時にはもう遅かった。
――どんっ。
一羽の横に、いつの間にかセレスが現れていた。いつもの姿はそのままに、尾だけが幻のように膨らみ、巨大な影を帯びてしなやかに振り抜かれる。衝撃が走り、鳥の体が吹き飛んで斜面を転がった。
「す、すげぇ……!」
ユウは思わず声を漏らす。
セレスはすぐに姿を再び消し、今度はもう一羽の死角に滑り込んでいた。
淡い幻影の尾がまた実体を伴って叩きつけられる。羽音をかき消すほどの一撃。最後の一羽も地へ落ち、草の上で痙攣し、そのまま動かなくなった。
残ったのは、淡く揺らめく大きな尾の幻影。
それがすっと解け、本来のセレスの姿だけが、そこに戻った。
その凛としたその姿に、ユウは息を呑み、ただ見惚れていた。
――そして、目の前に半透明のウィンドウが立ち上がる。
【通知】
レベルが 1 → 5 に上昇しました。
「……レベルアップ、か」
ユウは思わず声に出した。
(俺が戦ってないのに……セレスが倒した分の経験値が入ったってことか。やっぱり“正式にテイム済み”だから、システム的に仲間扱いされてるんだろうな)
ルゥのときには一度も出なかった通知。
(やっぱり《???》扱いだから、そこは反映されないのか……。まあ、深く考えても仕方ないか)
考えはそこまで。
どうせ詳しい仕組みを知ったところで、やることは変わらない。大事なのは――いま目の前で、自分を守るように立っている二匹の存在だ。
「……いや、それにしても強すぎるだろ、ふたりとも」
ユウが苦笑しながら伝えると、ルゥは「ぴぃ!」と誇らしげに鳴いて胸を張った。胸元で小さな体をぐいっとさらに押し付け、尻尾をぶんぶんと振りながら「もっと褒めて!」と訴えてくる。
「はいはい、よくやったな」
ユウが優しく撫でると、ルゥは得意げに鼻を鳴らした。だがその横で、セレスがすっとユウに歩み寄る。蒼い瞳で見上げ、尾を一度だけゆるりと振った。
「……セレスも、すごかったぞ」
声をかけながら空いている手で撫でると、セレスは小さく「コン」と鳴いた。
その反応はルゥのように大げさではないけれど、確かに嬉しそうで、ユウの足元に静かに身を寄せる仕草が答えだった。
「いやほんと……ルゥは竜の子だし、セレスは幻獣だし……そりゃ強いんだろうけどさ。目の前で無双されると、なんか現実感なくなるな」
ユウは二匹を交互に撫でながら、思わず笑った。――さっきまで「ウィンドホークやばい」なんて思っていたのに。蓋を開ければ、まるで歯牙にもかけない戦いぶり。
「……まあでも、助かったよ。ありがとな」
ルゥは「ぴぃ!」と尻尾を振り、セレスは「コン」と短く鳴いた。その声はどちらも違うはずなのに、不思議と調和して耳に心地よかった。
倒れ伏した《ウィンドホーク》の羽が、丘陵の風に揺れている。ユウは銀霧ミントの束を抱え直し、ふたりを見下ろして小さく笑った。
「さて……依頼の続き、片づけちゃうか」
丘の向こうでは草が風にざわめき、空には雲がゆっくり流れていた。戦いの余韻を残しつつ、三人の冒険は再び穏やかな時間へと戻っていく。