表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癒し目的で始めたVRMMO、なぜか最強になっていた。  作者: branche_noir
2章 大都市ヴェルムスと蒼の幻獣
55/65

第54話 銀霧ミント採取へ

 翌朝。


 ログインの光が視界を抜けると、いつもの湖畔の拠点が広がっていた。湖は相変わらず朝日にきらめき、静かな水面には白い靄が漂っている。風は少し冷たく、それでいて澄んだ匂いを運んでいた。


「おはよう、ルゥ。セレス」


 ユウが声をかけると、焚き火跡のそばから小さな頭がひょいっと出てきた。

 ルゥはまだ眠たげに目をこすりながらも、すぐに「ぴぃ!」と弾む声を上げ、前足でユウの足に飛びついてくる。


「はは……元気だな」


 その体を受け止めて撫でてやると、銀色の鱗がさらりと指をすり抜けていく。尻尾はすでに全開で振られていて、目の奥には朝から冒険を待ちわびるような期待の光。


 一方のセレスは、湖面を背にして静かに佇んでいた。

 呼びかけに応じてこちらを振り返り、蒼い瞳を細めると「……コン」と短く鳴く。その声は控えめながらも、どこか甘さを帯びている。

 しかも、今日はいつもより近い位置に座っている。わずかな距離の縮まり――それだけで、信頼度上昇の効果をユウは感じた。


「よし、今日もよろしくな」


 ユウは二匹の頭を順番に撫でる。ルゥは甘えるように額を擦りつけ、セレスもほんの少しだけ首を傾けて目を細め、撫でられる感触を受け入れていた。

 ふと心が和らぐ。たったこれだけのやり取りなのに、「一日の始まり」を確かに実感させてくれるのだから不思議だ。


「今日はピクニックがてら、依頼をこなしてみようか」


 ユウがそう告げると、ルゥは「ぴぃ!」と声を弾ませ、尻尾をさらにぶんぶん振った。セレスも尾をゆるやかに揺らし、静かな肯定を示す。


 ユウは改めてグラナート商会から受けた依頼の内容を確認する。


《依頼名:香草〈銀霧ミント〉採取》

《内容:丘陵地の朝霧に濡れた個体を十束》


「……要は、朝露を吸った銀霧ミントを十束。採取系だから危険も少ないだろうな」


 淡く輝く葉のイラストが添えられた依頼書を眺め、ユウは思わず口元を緩める。

 こういう依頼なら、戦いよりも自然探索に近い。まさに“ピクニック”と呼ぶにふさわしいだろう。


「よし、行こうか」


 ユウはそう言い、二匹に目をやる。ルゥは「ぴぃ!」と返事をして先に駆け出し、セレスは一拍遅れてその後を静かに追った。


 湖畔を離れると、緩やかな丘陵地に続く道が現れる。

 朝露に濡れた草が靴の先をかすめ、踏みしめるたびにしっとりとした感触が残る。風は少し強くなり、草原を大きな波のように揺らしていた。


「いい天気だなー……これなら歩くだけで気持ちいい」


 ユウは深呼吸をし、胸いっぱいに朝の冷たい空気を吸い込む。草の青い匂いが肺を満たし、頭の中まで透き通っていくようだった。

 ルゥは足元で跳ねるように駆け、時折ぴょんと飛び上がっては草に鼻を突っ込む。 セレスはユウの隣を静かに歩いていた。尾をゆるやかに揺らしながら、朝の風を受けるその姿はどこか穏やかで、ユウの歩調に自然と寄り添っているようだった。


「ほんと、散歩してるだけでも十分楽しいな」


 ユウは笑い、二匹に声をかける。ルゥは「ぴぃ!」と応じ、セレスは「……コン」と低く返す。その温度差がまた心地よくて、ユウは歩を進めるたびに頬を緩めていた。


 丘陵地に入ると、風は湖畔より乾いて通りがよくなった。

 斜面に沿って草原が広がり、風に揺れて帯のように波打っていた。ところどころに小さな木が混じり、景色はのどかで開放的だ。ユウは二匹と並んで、草の間に自然とできた道をゆったりと歩いていった。


「さて……銀霧ミントはどこにあるかな」


 ユウが周囲を見渡して呟くと、ルゥは元気よく草むらに突っ込み、鼻をひくひく動かしながらあちこち駆け回った。けれど、どこか決め手に欠ける様子で首を傾げている。一方のセレスは、しばらく風に鼻先を向けてじっとしていたが、やがて尾をふわりと揺らし、斜面の先を示した。


「……コン」


 短く鳴き、まっすぐにユウを見上げる。その仕草は「こっちだ」と言っているようだった。


「ありがとう、セレス」


 ユウは微笑み、セレスの頭を軽く撫でた。ルゥは「ぴぃ!」と声を上げ、待ちきれないとばかりに先へ駆け出していく。


 緩やかな下りを抜けると、空気が少しひんやりした。


「……あった」


 湿り気の少し濃い場所で、ユウはしゃがみ込む。

 そこだけ葉の色が他と違っていた。銀色の粉をうっすらまとったような、青緑。触れる前からスッとする香りが鼻に届く。


「銀霧ミント。これだな」


 葉の付け根に朝露が集まり、丸い粒になって光っている。ユウは手早く銀霧ミントを採取していく。


「十束か……群生してるから、ここ一角で足りそうだ」


 採取した束をどんどん、インベントリに収めていく。

 ルゥは横で「ぴぃ?」と覗き込み、葉の匂いを嗅いで小さくくしゃみをした。


「刺激が強いか? 食べ物じゃないぞ、今日は依頼だからな」


 そう言うと、ルゥは食べ物じゃないの部分を理解したようで、すぐに興味を失って尻尾で周りの草をはたいた。セレスはといえば、ユウのすぐそばに腰を下ろし、のんびりと待っていた。耳はときどき小さく動き、視線は草むらや空をゆったりと追っている。まるで、採取が終わるのを静かに見守っているかのようだった。


 ユウは作業の手を止めて、ふとセレスに声をかける。


「もう少しで終わるからな」


 セレスは短く「……コン」と返し、再び視線を戻した。


 四束、五束……葉を傷めないように採取する。何度かやっているうちに、手はすっかり速くなった。

 六束目をインベントリに収めたとき、ルゥが急に首を上げた。


「ぴ……?」


 小さく鳴いて、東の空を見上げる。

 セレスも続いて顔を上げ、耳をピンと立てた。風向きがわずかに変わり、草むらの波が逆流する。


「……なんだこの音?」


 最初は、風のうなりだと思った。

 けれど、違う。一定の周期がある。

 バサ、バサ、と、布でも強く煽ったような空気の振動。しかもひとつではない。複数が重なっている。


 ユウは立ち上がり、斜面の上に目をやった。

 小高い丘の肩の向こうから黒い影がどんどん近づいてきて、輪郭がはっきりとしてきた。


(……鳥?)


 いや、鳥と言うには大きすぎる。

 翼を広げれば人の背丈を優に越える。体高は一・五メートルほどか。長い翼を風に乗せ、低空で滑空してくる個体がいくつも。数えると、五。


 そのとき、脳裏で一瞬、別の光景が再生された。


 ――グラナート商会、一階の肉売り場。

 整然と並ぶ肉塊を前に、店員が柔らかく微笑んで言った。


『お目が高い。《ロックボア》は東林の若猪で、脂に甘みがございます。《アロマディア》は北原の放牧群より、香草を好むゆえ独特の風味を宿しております。《ウィンドホーク》は丘陵の狩猟品で、肉質は柔らかく煮込みにも適しておりまして』


(もしかして……あれがウィンドホークなのか?)


 言葉の最後が、脳内で現在の音と重なった。

 バサ――低空でひとつが旋回し、こちらと同じ高さに降りてくる。

 翼が陽光を反射して白く光り、胸元には青みがかった灰色の羽毛。鋭い鉤爪がきらりと光り、人の背丈ほどもある大きな鳥だった。


「うわ、ちょっと、マジかよ……あと少しで終わりそうだったのに!」


 ユウは思わず叫び、反射的に数歩後ずさる。心臓がばくばくとうるさくて、足元の感覚が定まらない。


 だが。


 ルゥが一歩、前に出た。

 小さな体が軽やかに地面を蹴り、赤い瞳が細く光る。


 その横では、セレスが蒼い尾をゆらりと揺らし、静かにユウの前に位置を変えた。耳も尾も落ち着いていて、危険を前にしているはずなのに、不思議なほど余裕がある。


 ――まるで、迫る影を「敵」とすら見なしていないかのように。


 ユウが息を呑んで後ずさるのとは対照的に、二匹はむしろ一歩前へ。

 草を切り裂く影を迎え撃つように、その小さな背中が並んで立った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ