第53話 大事なのは、一緒にいること
【通知】
個体|《???》が「ロックボアの照り焼き」に強い反応を示しました。
→ 該当アイテムが“好物”として登録されました。
→ 信頼度上昇補正:+5%
「おっと、また出たか。それにしても、ルゥは……“個体|《???》”のまま、か」
もう見慣れた表示。それでも不思議な気持ちは拭えない。名前も、種族も、何も表示されない。けれど、好物の通知だけは確かに出る。
そう思った矢先――続けざまに、もうひとつ。
【通知】
テイムモンスター|《蒼狐セレス》が「ロックボアの照り焼き」に強い反応を示しました。
→ 該当アイテムが“好物”として登録されました。
→ 信頼度上昇補正:+12%
「……おお。セレスにも出るのか」
思わず声に出していた。
ルゥに出たときと同じ表示。しかし、そこにはしっかりと“テイムモンスター”の肩書きがあり、数値も大きく違っている。
「セレスはテイムモンスター表記で……補正は+12%。差が大きいな」
ルゥと違って正式に“テイム済み”として扱われているのだろう。
ユウはこの差に一瞬だけ、考える顔になる。
(表記の違いは、やっぱりテイムしてるかどうかの違いなんだろうなー。セレスは正式にテイム扱い。ルゥは……未だに《???》のまま。システムがどう扱えばいいか、決めあぐねてる……そんな感じか?)
(補正値の差も不思議だな。セレスはこの通知が初めてだから大きめで、ルゥは何回か出てる分、ひとつずつの伸びが小さい……そんな仕組みなのかもしれない。……まあ、正直よくわかんないけど)
そんな分析をしかけたところで――
「ぴぃ!」
ルゥが椅子に座ってるユウの膝上に飛び込み、両前足で服をぎゅっと掴んだ。
顔を擦りつけるでもなく、ぐいっと押し当ててくる。まるで「難しいことは置いといて、撫でて」と言っているみたいだ。
「……そっか。うん、そうだな。肩書きなんて、どうでもいいか」
どうせ詳しい仕組みを知ったところで、やることが変わるわけじゃない。大事なのは、目の前でこうして飛び込んできて、甘えてくれる存在がいるってことだった。ユウはルゥの頭を撫で、服をぎゅっと掴む小さな体を受け止めた。
そして、ふと気づいた。セレスが、足元にやって来ていた。いつもなら椅子の隣に静かに腰を下ろして、湖面を眺めていることが多いのに――今日は違う。ユウの足に柔らかな毛並みを触れさせながら、まっすぐにユウを見上げていた。
「セレス……?」
声をかけた瞬間、蒼い瞳がふっと細まり――次の瞬間、ぴょん、と軽やかに跳ねて膝の上へ。ユウは思わず息を呑んだ。これまでセレスが自分からこんなに近づいてきたことはなかった。
「お、おっと……」
ところが。胸元にはすでにルゥがしがみついている。セレスはちらりと一瞥をくれると、迷うことなく前足を伸ばし――ぺしっ。
「ぴぃ!?」
軽くはたかれたルゥは、不意を突かれてユウの膝上からころんと転がり落ちた。
セレスはそのまま膝の上を占拠し、堂々と腰を下ろす。長い尾がゆらりと揺れ、どこか得意げですらあった。
――まるで「たまには譲れ」と言っているように。
「ぴぃぃぃーー!!」
ルゥは大げさに鳴き声を上げ、尻尾をばたばたと振って抗議する。前足でユウの膝に何度も飛びかかり、必死に元の位置を取り戻そうとする姿は、駄々っ子そのものだった。
「はは……順番な、順番。両方ちゃんと乗せてあげるから」
ユウは笑いながら片手でセレスを撫で、もう片方でルゥの頭を撫でる。
セレスは目を細めて満足げに喉を鳴らし、ルゥはぷくっと頬を膨らませながらも、結局はユウの手に頭をすり寄せてきた。
「……ほんと、仲いいんだか悪いんだか」
二匹の対照的な反応に、ユウは堪えきれず声を立てて笑った。けれど胸の奥では、確かな温もりを感じていた。
――さっきまで“通知”や“表記”に意識を取られていたけれど。
こうして目の前で信頼を行動に示してくれる。そのことのほうが、何倍も大事に思えてならなかった。
「ありがとな。……二人とも」
ルゥは大きく頷くように「ぴぃ!」と鳴き、セレスは短く「コン」と鳴いた。
湖風が照り焼きの香りをさらって、またユウのもとへ戻してくる。ユウは皿の上の肉をさらに切り分け、二匹の前へ置いた。
「さあ、まだあるぞ。ゆっくり食べようか」
ルゥは勢いよく、しかし噛むときは意外と慎重に。セレスはゆっくり、丁寧に。二匹の食べ方は全然違うのに、満足の表し方はどこか似ていた。
食後、ルゥは満腹の幸福に浸ってごろんと横になり、セレスは足元で丸くなって目を細める。――いつもより近い距離で。
「ごちそうさま。……午後は少し、のんびりしようか」
焚き火に新しい薪を一つだけくべると、赤い火は再度立ち上がった。
甘くも香ばしい匂いはまだ薄く残っていて、ときどき湖の風が運んでくる。そのたびにルゥの尻尾が小さく揺れ、セレスの耳がわずかに動く。
ユウはリクライニングを深く倒し、空を見上げた。
青空には淡い雲が流れ、木々の隙間から差し込む光が湖面に反射して揺れている。その光景は、ゲームとは思えないほど自然で、現実と区別がつかないほどの心地よさを与えてくれた。
(ルゥはルゥ、セレスはセレス。表記や数値は、このゲームの説明でしかない。今、ここで一緒に飯をうまいと言い合える――それが全てだな)
「……よし。明日は、依頼をこなしがてらピクニックでもしてみるか」
ユウの独り言に、ルゥが「ぴぃ……」と眠たげに鳴き、セレスも「……こん」と小さく返す。声は弱々しいが、確かに届いている。まぶたが重くなりながらも、最後までユウの言葉に応じようとしているのだろう。
「はいはい、ありがとな」
ユウは笑みを浮かべ、両手を伸ばして二匹の背をそっと撫でた。
ルゥの柔らかな鱗はほんのりと温かく、セレスの毛並みは指先をやさしくすり抜けていく。その小さな反応――尻尾のわずかな揺れや、耳のぴくりとした動き――に、ユウは自然と胸の奥が満たされていくのを感じていた。
「……ふふ。贅沢だなあ」
ユウは深く息を吐き、もう一度空を見上げた。
ヴェルムスの喧騒や、グラナート商会でのやり取りがすでに遠い記憶に思える。ここで過ごす一瞬一瞬が、まるで宝物のように積み重なっていく。
ルゥが寝返りを打ち、ころんと転がってユウの足にくっついた。セレスはその動きに小さく耳を動かしながら、より深く身体を寄せてくる。
「……お前たちがいてくれるなら、それで十分だな」
ユウはそう呟き、両手を伸ばしてふたりの背を撫でる。ルゥは寝言のように「ぴぃ……」と鳴き、セレスは「コン」と短く応じる。
こうして湖畔の空気はさらに柔らかさを増し、午後の時間は静かに流れていった。